きっとこれは悪い夢
ミーンミーン
蝉の声が夏の空に響き渡っている。
「みーんみーん」
明るく可愛らしい少女の声もそれに合わせるように響く。
「どう!アオト!似てる?似てる?」
「うん、すごい可愛い。」
彼女は一瞬キョトンとしたあと、ものすごい勢いで顔を真っ赤にした。
「な!!か、可愛いかどうかじゃなくて似てるかどうか聞いたの!!」
照れているのか彼女は手をパタパタと仰ぐ。
「な、なんかすっごい暑い。」
「夏だからね。」
きっと彼女の暑さは夏のものだけじゃない。だがそんなことは口に出さず、ゆっくりと二人で川沿いを歩く。遠くに見える大きな樹を指差して。穏やかで幸せな時間。ずっとこのままでいて欲しい時間。
そんな時間がどのくらい経っただろう。先程までは遠目にしか見えなかった大きな樹がもう目の前にある。とりとめのない会話の中で彼女が言う。
「ねぇ、アオト。ひとつ質問してもいい?」
「いいよ」
「アオトはさ、もし私がいなくなったらどうする?」
「え?」
彼女の質問に返答が遅れる。彼女がこんなことを聞くのは初めてだ。何か嫌なことでもあったのだろうか。僕はそっと彼女の手を包む。小さく、細い、けど確かに熱く生きてる手だ。あの時の冷たい手とは違う生きてる手だ。大きく空まで伸びる樹の下で二人は立ち止まる。
「アオト、私ね、今すっごく怖いの。自分が消えてしまいそうで、暗い闇に飲み込まれそうで・・・。」
彼女の手が震えている。何故だろう、本当に消えてしまいそうだ。
「大丈夫、君は消えない。」
確信を持って僕は言う。
「・・・どうして?」
彼女の問いに答えようとする。が言葉が出ない。言いたいことがたしかにあるのに口からその言葉が出ない。手から彼女が枯れ落ちる。
「いってらっしゃい」
微笑みながら彼女は言った。