第9話 ふぁーすと・くえすと
「さて、皆さんは今日から魔法学園の生徒になったわけですが」
教壇に立ったリエル先生は、面接の時と同じパンツスーツでクラスの皆に向かって笑いかけた。
(入学式も何もないんだなぁ)
現代日本の感覚だと初日は入学式なのだが、そういう儀礼的なものは全くなく、事前に言われていた教室に集められただけだ。もっとも、他のクラスメイトは特に不思議がってもいないようなので、この世界ではこれが普通なのかもしれない。
「しばらく授業はありません」
入学式だけでなく、授業もないらしい。こっちはさすがにこの世界でも普通じゃないらしく、ちょっと皆がざわついた。
「というのは、まず皆さんにはクエストを与えるからです」
ざわめきを抑えるように、わざと音を立てながら黒板に『金貨2万枚』と書きつける。
「一か月後の学園祭終了時点までに、クラスで協力してこれだけの金額を稼いでください」
ざわめきは一層大きくなった。ユキにはよくわからないが、かなり高額のようだ。
(屋台のご飯が銅貨5枚ぐらいで、銅貨10枚が銀貨1枚、銀貨10枚が金貨1枚だから……)
何とかご飯換算で理解しようとするユキの横で、黒髪で小柄な女生徒がやんわりと口をはさむ。
「先生。うちら、学費は先に納めさせてもろてるはずですけども」
「ええ。これは学費ではなく、教材費。だから、別にこのクエストに失敗しても退学になったりはしないわ。ただちょっと、実習の授業のランクが落ちるぐらい。隣のクラスが一人一つ魔晶石使って実習してるのに、このクラスは皆で一つの魔晶石を共有したり、とかそれぐらいの違いよ」
「それは『ちょっと』で済むレベルじゃないっすよ……」
さっきの女生徒の後ろの、なぜか制服ではなくメイド服を着ている少女がツッコむ。
教室全体の同調雰囲気を感じてか、リエル先生はちょっと慌てたように早口になる。
「もちろん、ただ教材費を稼いでくださいってだけじゃないですよ。このクエストには、3つの教育目的があるんです」
先生は右手の指を3本伸ばし、左手で1本ずつつまんでいく。
「一つ目は、問題解決能力。魔法使いは、魔法を使うだけじゃなくて、魔法も使って何かを成し遂げる人です。『何か』は各自の状況で色々変わってきますが、どうするかを考えるやり方は状況が変わっても応用が利きます。
二つ目は、自主的な学習。教師の方で選んで教え込んだ魔法より、皆が自分に必要だと感じて学んだ魔法の方が良く覚えられるものです。
三つ目はクラスの一体感。一つの目的に向かって協力することでクラスメイトの事を良く知り、親交を深めることができます。課題以上に稼いだクラスは残りのお金でパーティーするのが恒例だしね」
パーティーと聞いてか、少し皆の雰囲気も緩んだ。
「恒例ってことは、成功率はそこそこあるってことですか」
手を上げて質問したのは、糸目の男子生徒。ユキほどではないが耳がとがっているので、多分エルフだ。
「そうね。大体8割ぐらいかな? 不達成クラスでも7割ぐらいは行って実質そんなに不自由ないって事例が多いし」
先輩たちの成功率が悪くないことを知って、ユキの背中におぶさっていたエルヴィナがほっと息を吐く。
「基本ルールとして、私物の消費は不許可。この中には、私有財産で目標金額余裕って人もいるのは分かってるけど、それじゃ課題にならないからね」
教室のどこかでチッと舌打ちする音がしたが、先生は気にせず窓際の椅子に座る。
「というわけで、先生は毎日昼間は教室に来るし、質問されたら答えるし、『こういう魔法を教えてください』って言われたら教えます。でも、あれをしろこれをしろとは言いません。それは皆で決めてください。あとは自由」
先生はそれだけ言って分厚い本を開く。教室は一瞬ざわッとしたあと静まり返った。
だれが最初に発言するかの空気の読み合い、あるいは押し付け合い。
エルヴィナはポンポンとユキの肩をたたくが、ユキは首を振って拒否した。こういう時に前に出られるような性格はしていない。
「おっと、一つだけ例外。ここから先はみんなで話し合って決めてもらうけど、最初の話し合いの司会だけ指名します。アーベル・ゴールドティンカーさん、お願いね」
呼ばれて立ち上がったのは、最初に声をあげていた黒髪の女生徒だった。立ち上がってなおユキの胸ぐらいまでしかない。これまで見たのとはずいぶん印象が違っているが、彼女もドワーフなのかもしれない。
「まあ、司会するのはええんですけど」
「何か問題でも?」
「先生の自己紹介をお願いします。ウチら、まだ先生の名前も聞いてまへん」
先生はそう言えば、と手を打った。
休日だったので、ちょっと短めですが投稿。
一応、1金貨=3000円ぐらいのイメージです。
食品は物価が安い設定なので、食べるだけなら1日銀貨1~2枚で何とかなる。