第8話 洞窟にて
ほの暗い洞窟を、少女が歩いていく。
人工ではないが、完全に天然でもない。何者かが自然洞窟を加工して棲家として使っているに違いない。
おかげで、自然洞窟の不快感を増す湿気は抑えられ、床も多少ゴツゴツしているが歩くのに不自由は無い。
少女は左手に魔法の灯りをともし、右手に持った細い棒で床を探りながら進んでいく。ダンジョン探索では一般的に使われる罠に警戒しながら進む探索法だ。
だが、慣れた者が見れば眉をしかめただろう。少女の格好がメイド服なのも理由の一つ。しかし、それよりも少女の視線が問題だ。突き当たりの壁をまっすぐ見ているだけで、周囲への目配りが足りない。
案の定、曲がり角に差し掛かったところで物陰に隠れていた魔物らが少女に躍りかかった。
黒い毛皮の狼が、一頭は足を、一頭は首を、最後の一頭は灯りを持つ左手を狙って飛びかかる。
野生のものをはるかに超えた動きに、少女は反応すらしない。そのまま狼たちの牙が、爪が、少女のメイド服を引き裂き、柔らかな肉体を蹂躙する……ことは無かった。
牙も爪も少女をすり抜け、狼たちは互いに体をぶつけあい、重なり合って地面に落ちる。
少女は魔法で作られた幻影だったのだ。当然、その幻影を囮にした本隊はそのすこし後ろで間抜けな狼たちの姿を見ていた。
「黒狼やねぇ。魔物化としては軽い方やけど」
訛りを含んだ分析をしたのは、小さな鉄塊だった。金属製の全身鎧に、洞窟内で振り回すにはギリギリのサイズの長柄の大斧、かろうじて顔だけが兜から露出していて、女性であることが分かる。
「数が多いのはまずいよぅ」
不安の声をあげたのは、エルヴィナだった。怖がりながらも、灯りの魔法を使って視界を確保する。
「後ろには回さへんから、大丈夫よ。でも、他にもおるから気ぃつけてな」
鉄塊、もとい女ドワーフは、長柄斧を構えて突進する。狙うは黒狼たちが重なったところ。長柄の先に取り付けられた槍の穂先を、上の一頭はかろうじて避けた。しかし、下の一頭は間に合わず肩口から深々と貫かれる。
しかし、残りの一頭は、絶命する仲間の横を駆け、ドワーフの脇をすり抜けようとする。物理的に歯が立たない重装戦士を無視して、後衛を狙うつもりだ。
しかし、その思惑は気の抜けた声に邪魔された。
「触手にょろにょろ~」
洞窟の横の壁がはじけ、そこから生えた緑色の触手が狼の身体を絡めとる。動けなくなった黒狼の喉を短刀が掻き切る。その短刀の持ち主は、さっき黒狼たちをだました幻影と同じメイド服の少女だった。
「ユキさんは、ちょっと強めの術を待機してください。エルヴィナさんは……」
「ブーストスラッシュ!」
メイドの指示より早く、ドワーフの叫びが響く。長柄斧の背が火を噴き、加速された刃が
最後の一頭の頭蓋骨を真っ二つに断ち割った。
しかし、これで終わったわけではない。
爆音、
そして金属を削る嫌な音。
何が起こったのかをユキが理解したのは、相手が動きを止めてからだった。
曲がり角の向こうから出てきた巨漢が飛び蹴りを浴びせたのを、すんでのところでドワーフがブロックしたのだ。
洞窟の天井に頭を擦りそうなほどのその巨漢は、上半身が毛皮に覆われ、顔は狼のそれだった。
「人狼! しかも雷の精霊力で強化されてるよぉ!」
「狼の割にはいい動きでしたから、なんか頭いいのがいるなと思ってたんですよね」
メイドがのんびりと論評する間に、人狼は雷をまとった爪でドワーフにラッシュをかける。何発かは斧で防がれるが、何発かは鎧の表面を削った。
鎧を貫くほどではないが、当たった場所に雷光が残る。その下の肉体は、決して無傷ではないはずだ。
しかし、ドワーフの次の一声には、切羽詰まった様子は全くなかった。
「ユキはん、援護もらえます?」
「あ、うん」
エルヴィナがいるおかげで、洞窟の中だというのに風の精霊力が強い。だから、ユキは風の攻撃魔法の構成を組んだ。
「ウィンドミサイル!」
あらかじめ呪文を考えていたおかげで、構成の組み終わりから発動までがスムーズにつながる。
生み出された風の塊は、ドワーフの背を避けて天井すれすれまで上がり、そこから一直線に人狼の額を狙い撃つ。
狙い撃つ、程度のつもりだった。
人狼の肉体が一瞬動きを止め、ゆっくりと後ろに倒れる。その首から上は、跡形もなく吹き飛んでいた。
「……援護の域を超えてはりますなぁ。さすがは始祖エルフ」
賞賛半分呆れ半分といった呟きをして、ドワーフは構えを解いた。
「増援の気配は無いですけど、気づかれたのは間違いないですね」
「待ち伏せされてたってことは、最初から気づかれてたと思うんだけど……」
メイドの報告にツッコむエルヴィナ。その視線は、ドワーフの方に向いている。
「ウチの鎧がうるさいからなぁ。色々工夫はしてあるんやけど」
ドワーフが短剣を人狼の胸に刺し入れると、チャリチャリと鎧下の鎖かたびらがこすれ合う音がする。気に障るほどではないが、狼の耳にはかなり遠くからでも聞き取られてしまうだろう。
「えっと、何してるの?」
「何してるも何も、これを取りに来たんじゃないですか」
メイドの方も、短刀で黒狼の胸を裂いていた。慣れた手つきで手を差し込み、少しまさぐってから引き抜く。
「やっぱりこの程度の魔物だと、サイズはたかが知れてますねー」
ハンカチで手をぬぐった後に見せてきたのは、1円玉ぐらいの大きさの水晶のような塊だ。
「それが、魔晶石?」
ユキは、メイドから石を受け取って、中を覗き込む。形はともかく、細かいヒビが縦横に走り、明らかに質が良くないのが分かる。
「こっちは、そんなに悪ぅないみたいやわぁ」
ドワーフが取り出した石は、握りこぶしぐらいの大きさで、澄んだ青色をしていた。
「なんか、エルヴィナの翼の色に似てるね」
「そうだよぅ。精霊王の羽は、魔晶石だもん」
エルヴィナはくるりと回ってユキに羽を見せつける。直接くっついているわけではなく、背中の辺りに浮遊しているのだが、それでも体の一部であるらしい。
「それを売れたら、話は早いんすけどねー」
「売ったら、あたし死んじゃうよぉ」
「ははは、冗談っすよ、冗談」
メイドは敵意がないことを示したいのか、短刀をしまって両手を振って見せる。
「全部合わせても金貨100枚ぐらいやろか。もうちょっと気張らんとね」
そういってドワーフは洞窟の奥を見据える。
「じゃあ、学費のためにももうひと頑張りしようか」
そう、ユキがこうしてダンジョン探索に挑むことになったのも、魔法学園の課題の一環なのだ。
説明回が続いちゃったので、気分を変えてアクションシーンです。
ドワーフ&メイドの正体は、次話の回想で。