第6話 面接試験は土下座で始まる
今回は説明回です
飛びかかってきた赤毛の女性は、ユキのほんの少し手前に膝から着地。そのまま両手をそろえて床につけ、頭を深々と下げる。
「じゃ、ジャンピング土下座……」
良い子は真似をしてはいけない動きを繰り出した女性は、頭を上げないままうやうやしく挨拶を始める。
「突然のご来訪、誠に青天の霹靂でございます、ロキ様」
「いや、その」
「事前にお伝えいただければ、しかるべき所作にてお迎えいたしましたところではございますが、この度は私も入学試験の面接官を任じられておりまして」
「あの、俺、ロキって名前じゃないんですけど」
「このような形でのお迎えとなってしまったことを平に平にご容赦くださいませ」
「だから、ロキじゃないんですってば、顔を上げてください」
「え……あれ?」
ようやく女性の挨拶が止まり、恐る恐ると言った感じで顔を上げる。
切れ長の目、先のとがった耳、まさしくエルフと言った顔つきだ。その眼には、恐怖と困惑の色が見える。
「あなたは、ロキ様ではない、と?」
「ユキはユキだよー」
エルヴィナの答えを聞いて、エルフはぼそりと呟く。
『私は男だ』
奇妙にエコーがかかったその呟きで、エルフ試験官は何かを納得したらしい。
「……顔がそっくりなんだけど、本当にロキじゃないのね」
「はい、そうです。俺はアサガ・ユキマサで、受験しに来ただけです」
「変なところを見せちゃったわね。座って」
試験官は立ち上がると、ユキとエルヴィナに椅子を勧めて、自分は机の向こうの椅子に座りなおす。
「私はリエル。この学園の教師の一人です。アサガ・ユキマサ、あなた、部族はどこ?」
『あ、ええと、東方大陸の方の』
ユキは受付の男性が言っていたことを思い出しつつ、それっぽい事を言おうとしたのだが、どうも声に妙なエコーがかかる。
咳払いをしたところで、エルヴィナが服の肘を引っ張った。
「ユキ、ユキ、ここ多分嘘つけないところだから止めた方がいいよ」
「正解。さすが精霊王ね」
「あ、じゃあさっき私は男だって言ってたのは」
どうやら、嘘をつくと声にエコーがかかって分かるという仕組みらしい。
「そう。嘘判別の魔術がちゃんと起動してるかの確認よ。まさか男に見えてた?」
リエル先生が肩をすくめて見せる。パンツスーツだが体の線は出る作りになっている。それほどメリハリが強いわけではないが、どう見ても男性の身体ではない。
「いえ。でも、そういう魔法もあるのかなーって」
「まぁ、無いとは言わないけどね。で、本当はどこの部族?」
「どの部族でもないです。俺、こことは違う世界から来たんです」
どうせ誤魔化せないのなら、と開き直って、ユキは最初から全部をリエル先生に話すことにした。夢の中で同じ顔をした少年と話したこと、夢から覚めるとこの世界に来ていてエルヴィナと会ったことを話すと、リエル先生は深くうなずいた。
「なるほど……状況が見えてきたわ。まさかそんな魔法を開発していただなんて……」
「魔法なの?」
「異世界にはその世界の自分がいるんじゃないかって説は前からあったから、それをヒントに異世界の自分と精神を入れ替える魔法を開発したんだと思う」
「えっと、じゃあ俺が見たのは夢じゃなくてロキの魔法って事ですか?」
「多分ね。ユキ君に自分の世界が嫌いだって言わせるのが魔法完成の鍵だったんでしょう。ああもう、こんな逃げ方されるなんて」
リエル先生はセットが乱れるのも構わず、乱暴に自分の頭をかき回す。
「そのロキって人は何か逃げるようなことをしてたんですか?」
「ロキはねぇ、始祖エルフなんだよ」
先生に向けた疑問だったが、エルヴィナの方が説明を始めた。その後を、リエル先生が引き継ぐ。
「始祖エルフは、最初に肉体を持った精霊たちのことよ。今のエルフの先祖にして王族。ほとんどは既に亡くなったけど、まだ存命の方のほとんどは聖なる森の奥に住んでおられるわ」
「で、その例外のロキはとんでもない悪戯者なの。しかも、酷い悪戯ばっかりで、それで滅んじゃった国もあるんだよぉ」
「エルヴィナはロキを知ってるの?」
ユキの疑問に、エルヴィナは首を左右に振った。
「会ったことは無いよ」
「ロキが悪戯するときは大体魔法で顔を変えてたから。悪名は知らぬ者が無いぐらいだけど、顔を知ってるのはこの世界全体で30人ぐらいかな」
「先生もその一人ってことですね」
「そうね」
相当深い因縁があるようだったが、そこには触れずに話題をそらす。
「俺の元居た世界にも、ロキっていう名前の悪戯者の神様の話があったんだけど」
「うげぇ、異世界にまで? でも、あいつなら昔っから異世界のことを知ってて、そっちで悪戯してても驚かないわ」
露骨に嫌な顔をして、リエル先生はそう吐き捨てた。
「でも、これであたしが精霊王になっちゃったのも納得だね。体は始祖エルフなんだから、そりゃ魔力いっぱいに決まってるよ」
「え、精霊王になった?」
「そうなの。あたしがお腹減ってて、クゥちゃんがケガしてたから、ユキが回復魔法使うことにして」
「え、ちょっと待って、クゥちゃんって誰?」
言葉で説明するよりは見せた方が早いだろうと思い、ユキは下げていたカバンを机に乗せる。
カバンを開けると、クゥちゃんは食堂のおばちゃんが作ってくれたサンドイッチの包みに抱きついて眠っていた。いったん薄く目を開けるが、またそのまま閉じてしまう。
「この子です」
「ファイアドラゴンの子供か……」
「この子のけがを治すのに、ユキが魔法を使ったんだけど、多すぎたからあたしが余分を食べることにしたの。そしたら、精霊王になっちゃった」
「なっちゃった、で済むような魔力量じゃないはずなんだけど……」
エルヴィナの適当な説明に、リエル先生は困ったような顔をした。
そこで、ユキは元々街に来た理由を思い出す。
「そういえば、元々この子の親を探そうと思ってたんですけど」
「ドラゴンには知り合いが居るから、聞いてみるわ。でも、いつ連絡取れるかは分からないから気長に学生しながら待ってちょうだい。1年はかからないけど、数か月はかかるだろうから」
「えっと、それは合格って事でいいんでしょうか」
そう、ロキのことを話しこんでいてつい忘れてしまっていたが、そもそもここは試験会場なのだ。
しかし、リエル先生は気軽な調子で手をパタパタさせる。
「始祖エルフを落とす理由がなんて無いし。あ、でも一応実技試験しなきゃダメか。この部屋の中なら、精霊力を抑えてあるから、そんなひどい事にはならないはずよ。何でもいいから、得意な魔法を使ってみて」
「えっと、得意と言われても……魔法の使い方をほとんど知らないんですけど」
ちょっと恥ずかしく思いつつ、正直に言うと、目を丸くされた。
「え、元の世界で何してたの?」
「いや、俺のいた世界では魔法って物語の中だけのもので、実在しなかったので」
「あたしが教えた風の回復魔法しか使えないよね」
エルヴィナのいう通りで、丸覚えした風の回復魔法の構成以外はユキはなにも魔法を知らないままだった。
「魔法がない異世界ってのもあるのね……分かったわ、次の受験生が来るまで、初歩から魔法を教えていくし、それで力加減ってものを覚えていきましょう」
結局、お昼の時間に解散するまで次の受験生は来ることがなく、ユキはリエル先生とエルヴィナにじっくりと魔法を教わることができた。
最初に書いてある通り、今作のプロットのベースは他の方からいただいてます。
ただし、かなりざっくり改変していて、ロキやら異世界精神交換やらは私が付け加えた要素になります。