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第4話 ニオルムの街で

ニオルムの街は確かに栄えているようだった。

もう日も暮れているが、通りにはいくつも明りがついていて、人々が行きかっている。

「いらっしゃい、なんにするね」

 食堂の、通りが見えるテーブルに座ると、ウェイトレスがすぐに寄ってきた。

「ええと、メニューとかは?」

「そんな高尚なもんはウチにはないよ」

 服装はウェイトレスだが、食堂のおばちゃんと言った方がしっくりくる口調だ。年齢的にはまだ若そうだが。

 しかし、メニューが無いと言われてユキは困ってしまった。当たり前だが、異世界にどんな料理があるのかなんて知らない。視線でエルヴィナに助けを求める。

「じゃあ、あっちの人とおんなじの」

 エルヴィナが隣のテーブルを指さす。そこでは、ボサボサ頭で妙に背の低いガッチリした男が器に入った麺をすすり上げていた。

「はいよ。あんたそれ何味?」

「太麺の辛タレ。卵乗せると旨いぞ。俺は金がないから乗せないけど」

「ほい、じゃあ太麺の辛タレと串焼き……二つずつでいいの?」

 おばちゃんの視線はクゥちゃん――とりあえず本名が分かるまではこう呼ぶことにした子竜――に注がれている。

 飛ぶのに疲れたのか、テーブルの上で丸くなって目をシパシパさせている。

「うん。あと卵もね。ありがと、ドワーフのお兄さん」

 再び麺を口にしていた男は、箸を振ってエルヴィナに答えた。

「あんまり気にされないんだね」

 ユキはまあ、耳がとがっている程度だが、エルヴィナの背中には水晶の翼があるし、クゥちゃんはドラゴンだ。もうちょっと目立って色々されるんじゃないかという心配もあったのだが、街中でも食堂の中でも特に驚かれた様子は無い。

「ニオルムはね、魔法使いの学校があるんだよ。それで、いろんな人とか使い魔とかいっぱいだから」

「学校か……」

 ユキとしては、学校は別に嫌いではなかった。勉強が好きというわけではないが、家にいるよりは気を使う必要がない。

「ユキの世界にも学校ってあるの?」

「うん、普通に通ってる」

「ほい、おまちどう」

 どんぶり二つと皿、さらには木のマグ2つを器用に持ったおばちゃんが戻ってきて、テーブルに並べる。

 どんぶりの中にはうっすら黄色がかった麺が鎮座し、ほとんど黒色に見えるソースがかかって茹でた葉物野菜が添えられている。皿には焼き鳥のような串が2本。ただ、肉は鶏ではなく豚っぽい。

 ユキはトングのように後ろがくっついている箸を使って麺を一本だけつまみ上げて口に含む。ソースは麺の表面を滑り落ち、なんとも素っ気ない味がした。

「カチャ麺はよくかき混ぜてから食うんだ。麺だけだと味しないぞ」

 食べ終わったドワーフはそう言い残してカウンターの方に向かって歩いて行った。

 言われたとおりにしっかり麺とソースを混ぜてから食べると、濃厚な味のソースと淡白な麺がちゃんと絡んで良い味になる。

 エルヴィナも、ユキの見よう見まねで箸を使い、カチャ麺を食べ始める。

「んー、おー、これって美味しい?」

「ちょっと辛いけど、美味しいと思うよ」

「そっか。あたし、モノ食べるの初めてだからさ。これが『美味しい』なんだね」

 感慨深げに頷くエルヴィナ。

 たしかに、ユキの魔力で精霊王になるまでは風でできた透明な姿だったから、普通の食事などできようはずがない。

「妖精は何も食べないの?」

 聞きながら、ユキは肉串に手を付けた。まだ熱い肉を一切れ頬張ると、塩と脂の味が口の中に広がる。

「んー、強いて言うと、魔力を食べる? 時々できる魔力溜りから魔力を吸い取るの。でも、味がするものではないし」

 エルヴィナも肉串を頬張る。にっこり笑った所を見ると、こちらもお気に召したらしい。

「クゥちゃんも食べるかな?」

「食べるんじゃないかな。でも、熱いから冷ましてからの方がいいかも」

 当の子竜は、今は食欲より睡眠欲らしく、目を完全に閉じてしまっている。

 ユキは箸を使って肉を串から外して皿に置いた。

「魔法使いは物知りだから、ドラゴンの棲家も知ってると思うよ」

「いきなり行って教えてくれるもんなのかな?」

「さあ、知らない。でもさ、まず行って頼んでみようよ」

エルヴィナの提案には全然根拠はなかったが、ユキにはなんだか頼もしい。自分ひとりだったら、どうしていいか分からなかっただろう。

「そうだね。ところでさ」

お腹が空いていたこともあってずっと気づかないふりをしていたのだが、流石にそろそろ問題に向き合わなければいけない時間だ。

「エルヴィナはお金って持ってる?」

なお、ユキのポケットが空っぽなのは事前に確認済みである。

「そういえば、人間とかドワーフとかはご飯を食べるにもお金を払わないといけないという噂を聞いたことがあったりなかったり……」

「俺のところでもそうだったよ。さっきのドワーフも、カウンターで支払してたし」

「……ほら、あたし、さっきまでコインとかそういうのは持てない妖精だったから」

「聞き捨てならないねぇ」

 いつの間にかユキの後ろに食堂のおばちゃんが立っていた。

「いや、あの」

「ウチみたいな安食堂でも、食い逃げを許すわけにはいかないのよ。学生さん相手ならツケもやってるけどね」

(こういう時の定番は皿洗い? それとも、この服けっこう高級そうだから売ればいいのかな? でもそれだと着るものが無くなっちゃうし……)

 ユキは頭をフル回転させるが、特に名案は出てこない。そんなとき、エルヴィナが立ち上がった。

「じゃあ学生になります! ユキが」

「へ!?」

「だから、ツケにしてください!」

「ん、あんたら受験生だったの? まあ、明日が試験だからいっぱいいるけどさ」

 かなり厳しい申し出だと思ったが、意外なことにおばちゃんは結構食いついてきた。

「なにかい、魔法学園に入りたくて田舎から無理して出てきたけど、路銀が尽きちゃったとかそういうの?」

「あー、はい、そんな感じです」

 実際には全然違うけれど、とりあえず話を合わせておく。

 おばちゃんはあまり気にせず、ちょっと遠い目でどこかを見つめた。

「わかるわかる。若いなー。わたしも生まれは南部のド田舎でさ、魔法使いになって一山あててやるって家出してこの街に来たもんよ。まあ、全然魔法の素質がなくって、今じゃ食堂のお姉さんだけど」

 ひとしきり語り終えると、おばちゃん、もといお姉さんは制服の胸をドンと叩いて見せた。

「しょうがないな。そんな状況じゃ、宿もないんでしょ。ちょいと手伝いしてくれれば、空いてる部屋に泊めてあげるよ」

「ありがとう、お姉さん!」

 エルヴィナのお礼に、お姉さんは顔をほころばせて二人の頭を撫でた。

「なぁに、店もかき入れ時でね。わたし一人じゃ給仕の手も足りないから。ほら、着いてきて」

次から学校編です。

シリアス気味の話ですが、ここからしばらくは明るめになるはず。

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