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第30話 嘘と本当

 エコーがかった声に気づき、リエル先生は自身の口を手で覆う。

 でも、口から出た言葉は戻ったりしない。

 そして、ユキは声にエコーがかかる現象に覚えがあった。

「これは、試験の時の……」

「せや。嘘を言うと声にエコーがかかる魔術。みんなも、面接の時に体験してるはずや」

 アーベルに言われ、クラスメイトらにも、校舎の窓からのぞいている教官学生らにもどよめきが広がる。

「つまり、この担任教師はお前のことを心配してなかったって事だ」

『そんなことはっ……』

 ライルへの反論にもエコーがかかるのを聞き、ユキは目頭が熱くなるのを感じた。

「あるわけやね。イラズア襲撃の時から、気になっとったんよ。なんで、あの老竜はロキに子竜をさらわれたと思い込んでたんやろか。到着直後に呼んだ「リー」って誰の事やろかって」

 たしかに、あの時エルヴィナは『リーよ。ロキはいるか』と竜が言ったのを聞き取っていた。最初はクゥちゃんの本当の名前かと思っていたけれど、違っていた。

 それに、クゥちゃんを入れていた檻は変形して、まともに開けられないようになっていた。あの檻を準備したのもリエル先生だ。

 思い当たる節をいくつも見つけて唇をかむユキ。

 それを横目に、アーベルの推測が続く。

「エルヴィナから、リエル先生はユキの事情を良く知ってると聞いた時からかなりの確率でクロやろうとはおもてたんやけど」

「え、あたしそんなこと言ったっけ?」

「カマかけて聞き出したからな。何日か前、カフェで話した時だ」

「うー。カフェで会ったのは覚えてるけど、そんな話したっけ?」

 ライルに言われてなお、エルヴィナは首をひねる。交渉術においては委員長や商人の方が妖精王より上手だ。

「嘘発見の魔術を使ってうまい事聞き出せへんかなて、前からライルと相談しとったんやけどね。ちょうどええ機会が来たから、さっきモトリに書いてもろたんよ」

「この襲撃も、リエル先生が糸を引いてんだろ。まだ、学校の中と外を隔ててる結界は消えてない。この段階でここにいるってのは最初から校内にいたってことだ。なのに手を貸さないってのは。な」

 アーベルとライルの指摘を受け、リエル先生は地面に膝をついた。

 その前まで車いすを滑らせ、アーベルは少し柔らかくした声音で問いかける。

「ただ、うちらにわかるんはここまでや。先生、教えてください。なんでユキをロキやってことにして殺そうなんて思わはったんですか」

「……俺が、話すよ」

 ユキは、滲みかけていた涙を拭って、クラスメイトを見回す。

 これまでは嫌われるのが怖くて隠していたこと。それがずっと、心の中に引っかかっていた。

 でも、今こそ話さないといけない。

「ユキ……」

 名を呼んでくれたエルヴィナに小さくうなずき、ユキは話し始める。

「まず、みんなに謝らなきゃいけない。俺は異世界から来たって言ってたけど、それで全部じゃないんだ。

 元の世界で居眠りした時に、夢の中で俺と同じ顔の耳がとがってるやつと会った。そいつに「今の世界は好きか」って聞かれて好きじゃないって答えたら、この世界に来たんだ。

 元の世界では、俺は人間で耳も丸かったし魔法も使えなかった。でも、この世界では見ての通りだ」

「つまり……、体はロキだけど心はユキくん?」

「異世界の自分ね。まあ、そりゃ顔もそっくりなんだろうな」

 クラスメイトらの目は特に変わらない。だが、校舎からは不平の声も聞こえてくる。

 それに力づけられたか、リエル先生は膝をついたまま顔を上げる。

「どんな理由であれ、ロキがいなくなったことは歓迎するわ。だが魔法で精神が入れ替わったなら、元に戻ることもできるはず。ロキが戻れないようにするにはどうすればいいか。ロキが使った魔法は、精神だけの入れ替え。つまり」

 先生はここで一旦言葉を切り、ピタリとユキの胸を指す。

「体が無くなっていれば戻れない」

 ユキの心臓がドキリと跳ねた。

 理屈は合っている。ユキが死ねば、ロキはユキともう一度精神を交換することは出来ないわけだ。

「心はユキでも、体がロキだから殺すってこと……? そんなのって」

「非道であることは重々承知しているわ。だから、イラズアにも彼らにもユキというのはロキのついた嘘だと言ってある」

「そんな……」

 いつの間にか目を覚ましていた襲撃者たちの一人が騙されていたことに息を飲む。

「俺は、ロキじゃない」

「分かっている。入試の日からずっと。でも……」

「ウチの師匠が言うとったわ。ロキの養子だったエルフが妹弟子に来たことがあるて。誰よりもロキの事を憎み、ロキを殺すためだけの魔術を作り上げて去っていったって」

 アーベルの話は、ユキも聞かされた覚えがあった。

「そう。それが私。今こうしている間にも、ロキが戻ってくるかもしれない。ユキくんには本当に悪いと思ってる。それでもやらなければならない」

 先生はスーツのポケットからペンを取り出す。

 軽く一振りすると、ペンが伸びて杖になった。この杖こそ、ロキを殺す魔術の構成が刻まれた杖なのだろう。

 だが、アーベルが斧でその杖を軽く押さえる。

「ほんまにそやろか? だって、ロキはわざわざユキと話して、世界を嫌いやって言わせたんやろ? 傍若無人のロキがやで? 先生は、ロキに、意見を聞いてもろたことあらはるん?」

 リエル先生の沈黙が、答えが否だと告げていた。

 それを汲んで、アーベルが続ける。

「たぶん、始祖エルフと言えども、世界を超えて精神を交換するのは、決して楽なことや無いんよ。双方がそれを望まないと、できへんぐらいに」

「つまり、元に戻す時にはもう一回俺が今の世界を好きじゃないって言わないといけないってこと? だとすれば……」

 ユキは、エルヴィナを見た。

 アーベルも、ライルも、クラスメイト達も、襲撃者たちも、リエル先生ですら。

「へ、あたしが何?」

「エルヴィナが、正解だってことだよ」

 そうと分かってやっていたわけでは無いにしろ、ユキにこの世界を好きにならせようとしていたエルヴィナこそが、この世界をロキから守っていたのだ。

「ユキにこの世界を好きになってもらうことが、ロキの帰還を防ぐ方法だ、と?

 仮にそうだとしても余りに不安定すぎる! 学園の中で噂された程度で部屋に引きこもった者が、この先この世界を好きでい続けられるなんて思えない!」

 リエル先生は斧をはねのけ、立ち上がって杖を構える。

 杖の先につけられたいくつもの魔晶石が先端の方から砕けていき、その分だけ構成に魔力がたまっていく。

 ライルとモトリが先生に飛びかかるより早く、ユキが言葉を紡いだ。

「いいですよ」

 皆の動きが止まる。ライルもモトリも先生も。魔力のチャージすら一瞬止まったように見えた。

「そのロキを殺す魔術、使いましょう」

「待ちぃや、ユキ!」

「バカかてめぇ!」

「大丈夫。俺はロキじゃないから」

 自棄になったわけじゃない。でも、先生の指摘したことは確かに事実だった。

 だから、その事実を超える覚悟を見せる。

 心配する皆に笑いかけ、ユキは自分の魔力を杖の構成に注いでいく。

「あたしも、一緒に唱えていい?」

 ユキの隣にやってきたエルヴィナがユキの手に触れる。

 ユキは答える代わりにその小さな手を握り返し、呼吸を合わせた。

「「眠らぬ見張りの剣よ。角笛は鳴った。直ちにロキを討ち滅ぼせ!」」

 金属で出来た杖が、その形を剣へと変えていく。

 魔力の光を虹のようにまとい、剣は先生の手を離れて浮き上がった。

 切っ先が円を描くように動き、ピタリとユキを指し示す。

 ユキはその切っ先を、睨み返した。

「俺は、ユキだ」

 切っ先が揺れる。まるで、迷いが生まれたかのように。

「ユキはユキだよ」

 虹の剣はやがて切っ先を天に向けると、さらに高く浮かび上がり始めた。

 最初はゆっくりと。だが徐々に速く。

 まだ残っていた風の結界が剣に切り裂かれて消える。

 夕焼けが赤く染める空に、大きな虹がかかった。


これにてクライマックスは終了。

次回のエピローグで完結です。

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