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第20話 竜の帰還

巨竜の咆哮に追い立てられるように、ユキは校舎の中を走る。

校舎の中は巨竜襲来という大事件の割には静かで、物見高い客たちはむしろ窓に貼り付いて見物しているぐらいだ。

慌てて逃げ出さないのには理由があった。

教師たちが指揮を執り、生徒らに結界への魔力供出をさせている。つまり、今この瞬間ニオルムの街の中に魔法学校の校舎ほど安全な建物は無いのだ。

そうした教師の一人が、ユキとエルヴィナを見とがめた。

「おい、生徒なら結界強化を手伝え!」

「あいつは別にやる事があります!」

 フォローしてくれたライルに軽く会釈を返し、ユキは螺旋階段を駆け上がった。

 3階まで一気に駆け上がり、最後の段に足を取られて転びそうになったところをエルヴィナが支えてくれる。

「ありがとう」

「大丈夫?」

 あまり大丈夫ではない。だが、その瞬間に窓の外で上がった悲鳴がユキをさらに追い立てる。

 寮部分へつながる通路には、他の人影はない。まっすぐな廊下を駆け抜けながら、ユキは中庭の方に注意を向けた。

3階の高さはちょうど竜の頭と同じぐらいで、巨竜の声が良く聞こえる。

「まだ続けるか? 汝はまだ若い。ロキを差し出し、我が孫の子を返すなら、命は残してやっても良い」

(俺のせいだ)

 もっと早くにクゥちゃんの親を見つけていれば、あるいは檻の中に入れるのではなく、一緒に連れ歩いてれば、こんなことにはならなかった。

 歯ぎしりしたいところだが、息が切れてるのでそうもいかない。

「ロキなんぞ知らんわ!」

 アーベルの声が、さらにユキの胸を締め上げる。

 何も知らないアーベルは、命を張ってクラスメイトのユキを守ってくれている。

本当のことを知ったら、正義感の強い彼女はどう思うだろう。中身はともかく、体は確かにロキのものなのだと知ったら。それを、ユキがずっと隠して彼女に自分を守らせていたことを知ったら。

「ユキっ!」

 もう少しで自分の部屋の前を通り過ぎてしまうところだったが、エルヴィナの声で我に返る。

 鍵を差し込んで回すのももどかしい。

 開いた扉を蹴り開けるように部屋に転がり込む。

 クゥちゃんの檻に目をやると、そこにあったのは金の箱だった。

「何だこれっ!」

 箱を掴むユキ。箱は中からガタガタと揺れている。よく見ると箱の表面には整然と並ぶ筋が残っており、元は檻だったものが変形して隙間を埋めたことがうかがえる。

「クゥちゃんが暴れたから、かな?」

「暴れても壊れないようにしたとは言ってたけど、厳重すぎるでしょ!」

 この場にいないリエル先生にツッコミを入れ、ユキは檻の鍵を取り出す。

 しかし、箱の中のクゥちゃんが暴れるせいで、鍵穴に刺すこともままならない。

「クゥちゃん、落ち着いて、止まって!」

 言ってはみたものの、これで止まってくれるならそもそも檻に入れる必要なんてないのだ。

「ユキ、壊そう」

「でも、それじゃクゥちゃんが」

「一瞬動きを止めるから、ユキはその隙に箱の上の方ギリギリを魔法で切って」

 ユキが魔法の構成を用意したのを確認し、エルヴィナが叫ぶ。

「クゥちゃん、ご飯だよ!」

 効果てきめん。今にも机から飛び出しそうだった箱が、一瞬ピタリと動きを止める。

 その隙に、ユキは魔法を発動した。

「風の刃よ!」

 切れ味鋭い魔法の刃は狙い通り箱の上部を切り裂き、勢い余ってその向こうの窓と結界を割って飛んで行った。

 箱が開いたことに気づいたクゥちゃんが、エルヴィナの腕の中に飛び込んでくる。

「よし、行こう!」

 ユキはエルヴィナの手を引いて窓に向かう。中庭とは逆方向だが、結界が破れている今ならここから出る方が早い。

 魔法で空を飛び、校舎の屋根を飛び越えれば中庭上空だ。

 食べ物がないことに不満そうだったクゥちゃんが、巨竜の姿を認めたとたんに甘えるように鳴く。

「クウゥゥゥ!」

「おお、クウペルト!」

 左目から血を流している巨竜が、首を巡らせてこちらを見る。

エルヴィナが手を離すと赤い子竜は、一直線に巨竜に向かって飛びこんでいった。

「これはまた、ずいぶんと元気そうではないか。大丈夫だったか」

「クゥ、クゥ、クゥゥ!!」

 じゃれつく子竜と、それを何とか抱きとめようとする巨竜。飛来した時の恐ろしげな様子はなく、むしろほほえましいと言える光景であった。

「ドラゴンさん、お子さんはこの通り返したから、帰ってもらえませんか」

「精霊王よ。お前が我が孫の子をよく面倒を見てくれたことは分かった。だが、ロキを放置するわけにはいかぬ」

「ロキじゃなくて、ユキです。ロキだったら、素直にお子さんを返したりしないでしょ」

「フム、まあそれはそうだが……」

 エルヴィナの説得に、少し悩んだ様子を見せる巨竜。

 そこに、もう一人の声が割り込んだ

「赤き竜の代表者イラズアよ。私からもお願いする。退いてはもらえまいか」

 校舎の屋根に立つローブ姿の巨漢。竜は一瞬いぶかしげにその姿を見た後、正体に思い当たったらしい。

「貴様、オーグルか! ずいぶんと老けたものだな。メラズアイアはどうした」

「師匠はとっくに寿命だよ。今はわしが学園の代表者だ」

 学園長オーグル・ブルツカットは右の手のひらで空中のユキを指し示す。

「そこにいるのはロキではなく、我が学園の生徒であるユキだ」

「我がロキを見間違えると?」

「ワシらがロキを見間違えると?」

 他の教師らも続々校舎の屋根に上がってくる。

 双方のメンツのかかったにらみ合いはたっぷり3呼吸続いたが、巨竜の方が先に視線をそらした。

「フン、よかろう。メラズアイアからの借りとクウペルトが無事戻ったことに免じて退いてやる」

 じゃれつく子竜を頭の上に乗せ、巨竜は飛び立つために羽をはばたかせ始める。

「ああ、それと」

 巨竜はユキとエルヴィナの方を向くと、右目だけの視線で中庭の隅を示した。

「そこの小娘が起きたら言っておけ。『分かったのなら、やってみせよ。できたならば我が眼を名乗ることを許す』と。50にも満たぬドワーフが、実に見事であった」

 その時初めて、ユキはその一角を見た。

 いや、きっとその前から見えてはいたのだ。

 しかし、認めたくはなかった。

 モトリが取りすがって泣きじゃくっている黒い塊が、アーベル・ゴールドティンカーの成れの果てだということを。

「さらばだ、ロキよ!」

 巨竜のはばたきが響く中、ユキは目の前が真っ暗になるのを感じた。

さて、いい具合に話が重くなってまいりました。

一応初期のプロットだと、これで2/3ぐらいですね。

長期休みも利用して、早く終わらせたいところです。

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