第19話 決闘
4日の休みもあっという間ですね……
「ここはアーベル様に任せて、早く行けっす」
「待って、一つだけ」
急かすモトリに首を振って、エルヴィナは大きく息を吸い、翼を震わせながら呼びかける。
「この地にある火の精霊たちよ。ひと時の間、誰にも力を貸すことなかれ」
アーベルは、兜の奥で小さく眉をしかめてから巨竜イラズアを見やった。
1対1の決闘を申し込んだ以上、他者からの助太刀は許されない。
「構わぬ。戦場全体を抑えるのであれば、助太刀とはみなさぬ」
イラズアは鷹揚にも物言いの権利を放棄した。確かに、この状態ではアーベルも火の魔法を使えないので公平と言えば公平だ。しかし、そもそも火竜相手に火の魔法を使うことなどほぼあり得ないのだが。
「行こう、ユキ」
「ちょ、ちょっと。アーベルさん一人に任せるなんて」
慌ててユキとエルヴィナを制止しようとするリエル先生。
しかし、1対1の決闘に持ち込んだ以上は観客が残っていても何の意味もない。
むしろ、ユキが少しでも早くクゥちゃんを連れてくることだけが、この場を全員生きて切り抜ける唯一の手段だ。
それぐらいの判断はむしろ教師が率先して行ってほしいところだが――
「早う行き、ユキ。先生は皆の避難の方をお願いします」
それだけ指示して、アーベルは愛用の戦斧を構えて突っ込む。
イラズアは、尾を振ることで迎撃してきた。
単に『尾を振る』といっても、体長が人間10人分にも達しようかという巨竜である。
アーベルの腰までの太さがある巨大な尾が、広場にわずかに残っていた椅子や屋台の残骸を掃き集めながらアーベルに迫る。
アーベルはタイミングと高さを測り、両足をそろえて飛び上がった。
その瞬間、膝の飾りに埋め込まれた魔晶石が光り、足元の石畳が弾む。
ジャンプの魔術によってゴムのようになった地面を蹴り、アーベルはギリギリの高さで尾を飛び越えた。椅子の残骸が飛び散ったが、彼女の勢いを止めるほどではない。
「中々身の軽い!」
巨竜の賞賛と共に、着地点めがけて爪が降ってくる。
もう少し高く飛んでいたら、空中で爪に引き裂かれていただろう。
しかし、一瞬早く着地を終えたアーベルは、斧でその爪を受け止めた。
鍛え上げられた鋼が、年経た爪を削る。
硬さだけで言えば、鋼の方が硬い。しかし、爪の表面に少し食い込むのが精一杯であり、徐々に上からの力に押され始める。
「力の方は然程でもないか」
竜のコメントには明らかに余裕があった。初めから全力を出すのではなく、アーベルの膂力の限界を測る様に少しずつ力をのせているのだ。
(舐めよってからに!)
そんな罵声の代わりに吐き出すのは、魔術のコマンドワード。
「ブーストスラッシュ!」
戦斧の中央につけられた魔晶石が輝き、発された魔力は三つの転換回路で火の元素力に転換される。火の精霊はエルヴィナの命令で抑えられたままだが、魔力から直接元素力を得られる魔術には関係ないのだ。
斧の後方から吹き出す炎が、アーベルの腕力の補助となり、巨竜の爪を一瞬押し戻す。
「なるほど、足りぬ力は魔術で補うか。ドワーフらしい」
竜が感心している隙に、アーベルは体を回転させて爪をかわし、巨竜の足元に踏み込む。
ドワーフという種族は小さい。エルフにしろ、人間にしろ、竜にしろ、強敵は皆ドワーフより背が高いのだ。
だからこそ強敵に対したドワーフたちは恐れることなく敵の足元に踏み込む。
だが、年経た巨竜にとってその動きは予想済みだったのだろう。
アーベルが前を向いたとき、竜は少し飛び上がっていた。巨竜にとって少しであっても、ドワーフの背丈よりは高い。
「だあぁぁぁ!」
回転の勢いのまま、横なぎに振るうつもりだった攻撃を、アーベルは無理やり縦に捻じ曲げる。さらには鎧に仕込まれたジャンプの魔術を再発動。
斧の刃が竜の脛の鱗を断ち割り、血をしぶかせる。
だが、腱に食い込むより早く、アーベルの背を暴風が襲った。
「くぅっ」
空中では避けることもできず、風に押されて転がるアーベル。イラズアの方は空中で軽く一回転して着地する。
「ふん、精霊封じが無ければ、汝は今ので丸焦げよ」
「ブレスを……火の精霊が封じられとるから、風の精霊を使うて吐いたと?」
竜のブレスはその竜の属性に依存する。火竜は火のブレスを、雷竜は雷のブレスを吐く。それが当たり前で、それしか出来ないものだと思われていた。
「驚くほどの事ではない……とはいえ、魔法だ魔術だと縛られておる汝らでは分からぬか」
「竜魔法ゆうやつか」
(そういや洞窟の髑髏蜘蛛も、雷精霊封じの後に魔術に切り替えて攻撃してきおったなぁ)
魔物の中には、しばしば魔法や魔術と同様の、しかし少し違う力を使う物がいる。そうした力を竜魔法、あるいは竜魔術と呼ぶのだ。
屋台の残骸を払って立ち上がったアーベルにイラズアが問う。
「まだ続けるか? 汝はまだ若い。ロキを差し出し、我が孫の子を返すなら、命は残してやっても良い」
「ロキなんぞ知らんわ」
イラズアがユキをロキと認識していることは分かったうえで、アーベルは拒絶する。
アーベルはもちろん、伝説の大悪党ロキに会ったことなど無い。
しかし、ユキと一か月ほど行動を共にして、ユキが悪党ではないことは分かっている。
力の割には弱気でお人好しなクラスメイトを生贄にして生き延びるなど、ゴールドティンカーの誇りが許さない。
「それに、あんたがこれまで死合ったドワーフで、素直に下った奴がおったか?」
「ならば汝も、我がこれまで死合ったドワーフらと同じ末路をたどるのみ」
イラズアの瞳は、最初に見た時と比べるとずいぶん赤みが引いている。
怒りは確かに減じているのだ。
だが、闘争心は減じていない。
「末路?」
「一人残らず黒焦げよ!」
竜が、嵐と化した。
振り下ろされる右爪は前に踏み込んでかわす。
それを読んだ位置に突き込まれる左爪に、カウンターで魔術を叩きつける。
「アイスジャベリン!」
金属製のカードにつけられた魔晶石が砕け、そこから生み出された氷の槍は狙いたがわず爪の一部を氷漬けにした。
しかし、竜は構わず身をひねる。
回転力をのせて叩きつけてくるのは翼。飛んでいないときは、これも立派な武器なのだ。爪の鋭さこそないが、巨体を持ち上げる力で直接打撃されてはひとたまりもない。
右の翼は身を屈め、左の翼はジャンプの魔術でかわす。
跳ばされた、と気づいたのは眼前に尾が迫った時だった。
とっさに戦斧で顔だけは庇うが、上方から地面に叩きつけられた。
そして、地面にバウンドした身体を掬い上げるような噛みつき。
氏族長が精魂込めて鍛えた鎧も、千年の時を経た牙にあっさりと貫かれる。
(足と、腹やね……)
頭や首をかみ砕かれなかったのは、幸運なのか不幸なのか。
いや、不幸だったと断じて良いだろう。
牙に噛みつかれたままのアーベルには、竜の喉奥が見えていた。
竜の喉の内側をびっしりと覆う文様、そこを走る魔力の光。
ブレスを吐くための魔術構成に間違いなかった。
そして、その構成が形を変えていく。
竜が喉に少し力を込めると、その筋肉のうねりによって少し形が変わる。そういう風にできているのだ。
そして、変わった後の形に、アーベルは少し見覚えがあった。
(あの部分は転換回路、属性は火……)
アーベル自身の斧にも刻まれている、魔力を火の元素力に転換する回路。
わずかな魔力が既存のブレスの構成と転換回路を繋ぎ、そこに竜の魔力が注がれていく。
変換された元素力が、構成に満たされていく。
(構成に元素力入れるのは魔法と同じなんだね)
ふと、以前ユキが行った言葉がアーベルの脳裏に浮かんだ。
「わかった……」
音になったのが不思議なぐらいかすれた声で、アーベルはつぶやく。
イラズアが火の精霊封じを気にしなかったのは、彼の竜魔法によるブレスは、いざというときには精霊から力を借りずとも使えるからだ。
「わかった……」
イラズアは、言葉通りアーベルもこれまでのドワーフ同様黒焦げにするつもりだ。きっと、彼なりのこだわりなのだろう。
「わかった……」
魔術と魔法と竜魔法の境目が。そして、この状態からイラズアに一矢報いるために何ができるかが。
愛用の戦斧は手の中に無かった。地面に叩きつけられたときに落としたのだろう。
だが、さっきアイスジャベリンを使ったカードが左手に引っかかっている。
つけていた魔晶石が砕け散っており、もはやただのゴミに過ぎない――ドワーフの、普通の魔術の常識では。
もう、竜の喉の奥には炎が見え始めていた。
アーベルは残された魔力を編み、カードにつなげる。
こんな状態だが、正しさには自信があった。
彼女が最後に見た竜の瞳は、怒りでも闘争心でもない、驚きに見開かれていたのだから。
ドラゴン乱舞からの牙組み付きブレス。年齢段階高いドラゴンはおっかないっすなぁ。




