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第17話 晴れのち暗雲

「この彫像には値が付いていないようだが?」

 そうユキを呼び止めたのは、パンツスーツの女性だった。そこだけ切り取るとリエル先生にちょっと似ていると言えなくもない。しかし、フリルで装飾されたシャツや上着の刺繍をみれば、彼女が動きやすさなどの実利ではなく見栄えで衣装を選んでいるのがわかる。そして、そういう服をあつらえられるだけの資産があることも。

 この1週間ほどでライルに押し込まれた『金持ち客の見分け方』を思い出しつつ、ユキはお仕着せのセリフを復唱する。

「はい。こちらはティンカー氏族の次期氏族長が新進気鋭の彫刻家らと今日のために作り上げた逸品となります。そのため、こちらで値をつけるのではなく――」

「なるほど、オークションか」

「ようお分かりですなぁ」

 いつもの4割増しにやんわりとした口調で、アーベルが助け舟に入ってくれる。

 教室という空間には明らかに似合わない豪奢なドレスのドワーフを見て、女性も流石に一瞬眉をはね上げた。

 しかし、次の瞬間はとっておきの笑顔を作り、床に片膝をついて目線をアーベルに合せる。

「貴女が、この素晴らしい芸術作品をお作りになった次期氏族長様という事でよろしいでしょうか?」

「気にいってくれはったんやったら嬉しいわぁ。詳しいことはそちらで座ってお話しましょか」

「願ってもない申し出です」

 アーベルに促され、女性は立ち上がって商談用のテーブルへと歩いていく。

 その途中、女性はユキの肩に手を当てて耳元に囁いた。

「お茶の給仕を頼むよ、エルフくん」


 ユキがカーテンの奥に入ろうとすると、危うくライルにぶつかるところだった。

「なんで隠れてるのさ」

 商人の家系であるライルは商談の要だ。というか、金貨千枚単位の商談をまとめる度胸があるのはライルとアーベルぐらいしかいない。

 そのライルが奥で待機しているのは、その分だけ売り上げが落ちる行為と言っていい。

「ユキが話してたおばさんが来たとたんに、あたしを連れて奥に引っ込んできたんだよぅ」

 エルヴィナも首をかしげているが、ライルは説明というより独り言のようにつぶやくだけだ。

「来るとは思ってなかったからな。ちょっと精神集中を」

「まあ、いいや。お茶の準備お願い。一番上のランクの黄茶でいいよね?」

 裏方の生徒にそう注文すると、ライルがユキの手首をつかんだ。

「お前が行くのか?」

「まあ、頼まれたし」

 ライルが行きたいなら代わるよ、というつもりを込めて答えるユキ。

 ライルはしばらくしかめ面をしてから口を開いた。

「……さすがに言っておいた方がいいか。いや、お前が良いなら良いんだけどな」

「なに?」

「あれは俺の母親で、若い男のつまみ食いが趣味だ」

 流石に意味が分かったのか、エルヴィナがユキを守るように抱きしめる。

「ついでに言えば珍しいもんも大好きでな。エルヴィナが捕まれば、まあ日が暮れるまで放してもらえないと思っていい」

 それでも行きたいなら行っていいぞ、という顔のライルに、ユキは首を横に振った。

「ええと、じゃあどうすれば?」

「俺が出るから、お前らは先に休憩入れ。そろそろ昼時だしな。戻ってくる時に、あれがいない事だけは確認しろよ」

 出来上がったお茶のポットを盆にのせ、覚悟を決めたライルがバックヤードから出陣していく。

 数呼吸後、けたたましい笑い声が響いている間に、ユキとエルヴィナは教室から抜け出した。


「ライルも、なんか色々大変なんだねぇ」

 なかなか強烈な母親のようだが、あまり触れたい話題でもなかったので軽く流して中庭を見回す。

 普段は植木を除けば空っぽに近いのだが、今はたくさんの露店でごった返している。

 普段外で営業している屋台もいるし、学生がやっている屋台もある。ほとんどは食べ物だが、中には手作りの小物を商っているところもある。

「ユキは、飾り飴とカチャ麺と肉串とテリエンスープのどれが食べたい?」

「つまり、エルヴィナは全部食べたいんだね」

「えへへー」

 素直な笑みで肯定するエルヴィナを見て、ユキは仕方がないなと笑う。

「せっかくのお祭りだもん。楽しまなきゃね」

「そうだね。肉串はクゥちゃんにも買って行こうか」

 ユキが肉串3本分のお金――ちなみに、いつもなら5本分の額だ――を学生店員に渡したところで、急に太陽が陰る。

「雨になるのかな?」

 ふと顔を上げたユキの目に飛び込んできたのは、巨大な翼をもつ影だった。

 誰かが叫ぶ声が聞こえる。

「ドラゴンだ! 大人のレッドドラゴンだ!」


所によりドラゴンが降るでしょう。

ここから急展開、のつもりですよ、ええ。

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