第15話 エルヴィナの忍耐
エルヴィナは穏やかな微笑みを浮かべ、腕を広げていた。抱きつきに行こうとするように。あるいは、すべてを迎え入れるかのように。
しかし、現実はどちらでもない。
微笑みは引きつりが混じり始めているし、腕も小刻みに震えている。
「ねえ、もういーい?」
「ごめんなさい、もうちょっと」
ティカが申し訳なさそうに、でもきっぱりとエルヴィナの3回目の要請を却下してスケッチを再開する。
別角度からのスケッチを担当しているもう一人の女生徒も
「表情変えないで」
と素っ気ない。
「ユ~キ~」
微笑みを作りながら、エルヴィナはユキに助けを求める。
しかし、これも学園祭で売るための家魔製品づくりの一環。止めさせることはできないので、ユキにできるのは励ますことだけだ。
「がんばれ、エルヴィナ。写真があれば楽なのにね」
「シャシンもカデンの一種か?」
聞きとがめたのはライルだった。こちらはモトリに淹れさせたお茶を飲んでいる。優雅に見えるが、これも学園祭のお客をもてなすための準備である。
「んー、ちょっと違うけど。景色をそのまま紙に写し取るんだ」
「それ、画家がいらんくなりそうやなぁ」
「そ、そうなの?」
魔晶石をカットしながらアーベルが呟き、ティカはユキを振り返る。
「いや、そんなことはないよ。俺の世界にも画家はいるし」
ユキになだめられ、ティカは泣きそうな目をしながらスケッチに戻る。
「魔法でどう再現するかだな……テレビの時にも思ったけど画像認識ってハードル高いぞ」
「んー、魔術やとエンチャント氏族で検討はしとるよ。手振りトリガーでの静音発動。まだうっかり発動してまう事が多いから、ほとんど使えへんけど。魔法やとどうなんですか、先生」
アーベルがリエル先生に話を振るが、返答がない。
「リエル先生?」
「え、あ、ごめん、ちゃんと聞いてなかったわ」
ユキに名前を呼ばれ、ようやくエルフの女教師は反応を示した。
分厚い本を開いてはいるが、さっきまで目の焦点がそこになかったことは明白だ。さすがに目を開けたまま居眠りしていたわけでは無いようだが。
「画像を送ったり、紙に写し取ったりするような魔法ってあるんですか?」
「うーん、始祖エルフだと他人が見たものを自分も見られる魔法を使う方もいたようだけど」
そういうと、リエル先生はちらりと視線をユキに投げる。
「でも、記憶を読み取る形だから、元々見た人が覚えていない事とかは分からない、ってものだったらしいわ」
伝聞の形で言ってはいるが経験がありそうな口ぶり。
(ロキがそういう魔法を使ってたって事かな……?)
「見たものを魔法で描くってことは色々な方法で出来るけど、画家と同レベルの絵は難しい……というか手で描くほうが楽だと思うわ」
そういうと、リエル先生は指先に魔法の構成を浮かべて見せる。
ユキの読み取るところでは、火の元素力をつかって、小さな火を生み出して動かす魔法だ。紙の上で使えば、焦げ跡がスマイルマークを描くだろう。
「焼き印作る方が楽やなぁ」
「そう思うのはアーベル様だけです」
そうツッコむモトリは、さっそく真似た構成を作っている。こちらは、ダンジョンでも使っていた触手の魔法で描く形だ。
必要な元素力が3つになるせいでさらに複雑さが増しており、ライルとティカは顔をしかめている。多分、複雑すぎて読み解けていない。
「あのさ、描かないならポーズ止めていい?」
構成に見入っていた生徒らに向けてエルヴィナの泣きが入る。涙目になっていても震える腕を下げていないあたりが律儀だ。
しかし、流石にユキとしてもここは止めるしかない。
「休憩にしよう。そんな腕ガクガクじゃそもそも描けないでしょ」
「ごめんね、エルヴィナちゃん」
ライルが譲ってくれたユキの隣の椅子に座り、エルヴィナはようやく一息つく。
「ユキ、食べさせて」
エルヴィナのわがままに応えて、ユキはクッキーを一つエルヴィナの口に放り込んでやる。
「使い魔の世話をしてあげるなんて、ユキくんは優しいんだねぇ」
「エルヴィナは使い魔じゃないよ」
ユキが否定すると、ティカはテーブルの上でクッキーをかじるクゥちゃんの方に目をやる。
「あ、そうなの? じゃあそのドラゴンが使い魔?」
「いや、これも違うらしい」
「「えっ!?」」
ライルの言葉に、ティカともう一人の女生徒がそろって一歩引く。
「使い魔にしておいた方がいいんじゃない? やり方教えるよ」
「えっと、でも……」
二人の反応に戸惑いつつ、ユキは助けを求める視線をリエル先生に向ける。
「この子は親とはぐれたから預かってるだけなのよ。いつ帰ることになるか分からないから、使い魔にするには向かないわね」
事情を知る女教師はそう説明した後、ユキの方を見る。
「でも、放し飼いは危ないかもね」
「ウチも焼かれてもうたしなぁ」
アーベルの恨み言に、ユキは何とも答えられない。
笑いを含んでいるから本気で怒っていないのは分かるが、クゥちゃんを自由にさせておくことにリスクがあるのは間違いない。
「特製の檻を手配中だから、せめて学園祭期間中は入れておくようにしたらいいと思うわ。外部から人が来るから、何が起こるかわからないし」
「そうですね。そうします」
手回しのいいリエル先生に感謝するユキ。
クゥちゃんは自分を閉じ込める算段が進んでいることなど気づきもせず、次のクッキーに手を伸ばした。




