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第1話 目覚めればファンタジー

「美味しそうな男の子だ!」

 その言葉を聞き、ユキは慌てて目を開けて体を起こした。


 本当は、もう少し前から起きていた。

 でも、もう少しまどろんでいたかったのだ。

 クソ熱い夏の日はどこかに行ってしまったらしく、ポカポカとした温かさと頬をなでる風が心地よい。

 しかし、美味しそうと言われても目を閉じたままでいるわけにはいかない。

 まず目に飛び込んできたのは、一面の草原。晴れ上がった空はどこまでも青く、吹き抜ける風は適度に涼しい。ピクニックにはもってこいのシチュエーションだった。

 しかし、ユキはピクニックに来た覚えは無い。

 さっきまで、ユキは屋根裏の自分の部屋で夏休みの宿題をしていたはずだった。

「ここは・・・?」

「ここは、うーん、ニオルムの街から東に1日ぐらいのところ? エルフの人だと、デウァの森から南西に4日ぐらいって言った方がわかりやすいかな?」

 右から答えが聞こえたのでそちらを向くユキ。

 しかし、誰も居ない。

「首が変なの? 痛い?」

 今度はちょっと左の方。

 しかし、居ない。

「大丈夫? 目は見えてる? これ何本?」

 声のする空間に目を凝らして、ユキはようやくそこに誰かが居ることに気づいた。

 右手をいっぱいに開いて、こっちに突き出している女の子。

 ただし、身長は20センチぐらいで、背中に生えた羽で飛んでいて、なによりほとんど透明だった。

「妖精?」

 昔アニメで見た呼び方がユキの口をつく。

「そうだよー、風の妖精、名前はエルヴィナ!」

 ようやくユキに認識されたことが嬉しいらしく、エルヴィナはその場でくるりと回ってみせる。体と同じように透明なスカートが遠心力でふわりと広がる。

 ユキは自分の状況を理解した。

「……そうか、夢か」

 そうに決まってる。

「夢? まだ眠いの?」

「いや、そうじゃなくて……まあいいや」

 夢の登場人物に、これは夢だと説明しても仕方ない。だろう、多分。

 そんな諦めを、エルヴィナは違うように解釈した。

「あー、そっか。魔法で空飛んでる間に眠くなっちゃったんだね。もうちょっとで地面にぶつかるところだったよ。お兄さん、エルフなのにドジだねー」

「いや、俺は人間だけど」

 ついでに、魔法も使えない。魔法が使えたら、もっと毎日が楽しく過ごせるかなとバカなことを考えたことはあるけれど。

「えー、だって、そんな風に耳が長くてとがってるのはエルフだよ」

「いや、とがってな」

 いし、と続けたかったのだが、伸ばした指にとがった耳の先が当たる。

 その感触で、ユキは直前に見た夢を思い出した。



「やっ」

 軽く手を挙げて挨拶してきたのは、ユキの知らない相手だった。

 妙に馴れ馴れしい相手に戸惑うユキ。

 相手は、そんなユキのリアクションがあまり気に入らないようで、長い耳の先を指でいじり始めた。

「反応悪いなぁ。知らない顔じゃないだろう?」

「そりゃ、顔はね。毎日鏡の中に見るもの」

 ユキは相手が自分と同じ顔をしていることより、自分が答えたことの方に驚いていた。

「何で勝手に口が!?」

 ユキは思わず手をやって、口がぜんぜん動いていないことに気づいた。

「夢か?」

 そういえば、ついさっきまで机に向かって勉強していた記憶がある。

 中学三年ともなると、夏休みとはいえ遊んでいるわけにはいかない。

 親戚夫婦は一応バカンスに誘ってくれたが、

「行かなかったんだ。へー」

 ユキと同じ顔の少年は、ユキが多分一生浮かべないであろう狡賢い笑みを浮かべる。

「来て欲しくないのはわかってたし」

 ユキは考えを隠すのを諦めた。どうやらここは、そういう場所らしい。

「反応は悪いけど、順応は早いね」

「親が死んで親戚をたらい回しにされるうちに慣れたんだよ。あと、君のその笑い方は気に食わない」

「あははっ。いいね、正直で」

 耳から手を離して、相手は笑う。その妙にとがった耳だけが、相手とユキの違いだった。

「今の話を聞く限り、両親は居なくて親戚夫婦に養われてると。関係は? まあ、打ち解けてる感じじゃないね」

「可能な限り不干渉。で、俺の事を聞いてどうしたいんだ? ここはどこだ? 君は誰だ?」

 いくつも投げた質問を無視して、相手は聞きたい事だけ聞いてくる。

「うん、単純な話さ。キミは、今の世界を好きかい?」

「いいや」

 反射的に結論が出てから、その理由がいくつも思い浮かぶ。


 両親が死んで、初めにユキを引き取ったのは祖父と伯父だった。

 従姉がユキを本当の弟のように可愛がってくれたこともあり、それなりに幸せだった。

 しかし、その従姉が失踪し、祖父はボケはじめ、伯父の妻が音をあげた。

 実子の捜索、祖父の介護、甥の面倒。

 彼らは三つ目をあきらめた。


 次に引き取ってくれた伯母は良い人だった。しかし、伯母の娘たちはユキをいじめた。

 娘たちがユキに性的な悪戯をされたと訴えたとき、伯母はそれがウソである事を見抜き、娘たちをしかった。

 しかし、最後には伯母の夫がユキを他所に預けるよう伯母を説得した。


 三番目の叔父の家を出たのは、叔父が逮捕されたからだった。

 叔父を逮捕した警察は、もらわれ子の処理に困った挙句、最近帰国した親戚夫婦に押し付けた。


 親戚夫婦はユキを拒絶はしなかったが、二人の間に入れようともしなかった。 

 自立を促すためと屋根裏部屋に押し込め、三者面談のときだけ愛想笑いを浮かべて保護者の顔をした。

 年に一度は二人が出会った思い出の国に遊びに行っていたが、ユキは一度もその国に行ったことが無い。


「俺はこの世界に生まれたくなんか無かった」

 その答えを待っていたかのように、相手は胸の前で両手を打ち合わせた。

「じゃあ、別の世界なら良いってことだよね。きまりっ♪」

 その手の音と身勝手な結論に押しだされ、ユキと相手の距離が急に広がる。

 昇りながら落ちるような奇妙な感覚がユキを襲った。



 ヒュルルと風の鳴く音が、ユキの回想を断ち切った。

「エルフのお兄さん、お腹空いたよぅ」

 お腹を抱えてユキを見上げるエルヴィナ。

 さっきの風の音は、空腹のサインだったらしい。

「なんでお腹空いてるんだと思う? お兄さんが空から落ちてくるのを、魔法で受け止めてあげたからだよ」

 透明で細部ははっきりしないが、可愛らしい顔で上目づかいに見られると、思わず鼓動が高鳴るのを感じる。

 ポケットに飴玉でも入ってないかとまさぐろうとして、ユキは自分の衣服もずいぶん様変わりしていることに気づいた。

 Tシャツは黒地に金糸の刺繍が入った豪華な前合わせのシャツに変わっているし、短パンも刺繍こそ無いが黒い長ズボンになっている。服飾の知識がないユキにも、結構な高級素材である事はわかる。

 だが、ポケットには何も入っていない。

「妖精もお腹が空くんだ?」

「魔法を使うと魔力が減るでしょ。エルフは魔力がゼロになっても体があるから平気だけど、妖精は魔力がなくなると消えちゃうんだよ」

なぜか誇らしげに無い胸を張るエルヴィナ。しかし、また風の音が可愛く鳴ると、お腹を抱えて前かがみになる。

「だから、魔力ちょうだい。あと、名前も教えて。ずっとお兄さんだと呼びにくい」

「名前は、ユキでいいよ。魔力は・・・そもそも俺に魔力があるの?」

 魔法なんてのはゲームとか漫画の中のもの、というのがごく普通の中学生であるユキの認識である。

「魔力が無いエルフなんていないよ。とぼけないでよぅ」

「とぼけてるわけじゃないんだけど。じゃあ、魔力をあげるから、使い方を教えてよ」

 夢なんだし、と浮かれて格好つけて呪文を唱えても何も起きなかったらヘコむ。いくら夢でも恥ずかしすぎる。

「仕方ないなぁ、ユキは。じゃあエルヴィナお姉さんが教え」

 エルヴィナが途中で言葉を切り、風がユキを押し倒した。

週1,2回ペースでの更新が目標です。

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