8.明ける悪夢。そして
「お菓子の町に、紙に埋もれる夢、ねぇ……」
学校のチャイムが鳴る。
まだまだ日は高く、授業が終わりとは思えない明るさだが、終わりは終わり。
わたしは帰る身支度をしながら、友達と話していた。
話題は、わたしが見た夢の話。
この前の土曜日には、お菓子でできた町の夢。
そして今朝はいっぱいの紙に埋もれる夢。
「お菓子の町は撫花らしいけど、紙に埋もれる……? 夏休みの宿題そんなに大変だった?」
「大変だったのは美友のせいでしょう」
「ごもっとも。大変お世話になりました」
朗らかに笑って謝罪するのは、柳美友。
面倒だからと髪を短く整え、ご飯と運動が大好きなわたしの親友。
彼女がいなかったら、わたしはずっとあの頃のまま塞ぎ込んでいたに違いない。
そして美友ちゃんに呆れ顔で話しかけているのは、入野はる。
肩まで伸びた髪をシュシュで簡単に一つに纏め、乱視だからと深緑の眼鏡をかけた、もう一人の親友。
「夢見が悪いなら、アロマとかハーブティーとかでも試す? 気休め程度だけど」
「うーん、どうなんだろう……。今朝も起きたら右手首と左肩が痛かったし」
「撫花はお世辞にも寝相は良いとは言えないからね」
激しい動悸と関節の痛みって、寝相のせいなのかな。
はるちゃんなら、何か思い当たるかなと思ったんだけど。
「寝相、か。あながち否定できないかも。うん、カナデなら有り得る」
「ええぇー。はるちゃんもー……?」
勝手に納得するはるちゃんに、わたしは頬を膨らませる。
撫花を逆にして花撫というあだ名で呼ぶのは、出会ったばかりの時にナデカは言いづらいということで、美友ちゃんが呼び始めたものだ。
今はそう呼ぶのは、だいたいはるちゃんばかり。
「でもこの前はビックリしたね。夢を見たらお店に行きたくなったって言って、穴場の洋菓子店見つけるし」
「そう思ってたら今度は変に関節が痛い、と」
二人の視線がわたしに集まる。
「……昔よりはマシか」
「美友の影響のお陰でね。本当によくここまで明るくなれたよ」
「そうかな。二人は昔から変わらないね」
事あるごとに二人には昔の事を持ち出されるので、苦笑いしてしまう。
でも過去を笑いあえるだけ、前には進めている。
何もかも嫌いだったあの時よりは、ずっと。
「そうでもないよ。どこかのお人好しのお陰で、色んな事できるようになったしね」
「そうそう。今や笑顔の眩しい相談役の誰かのお陰でね」
「うん、二人ともいつもありがとう」
美友ちゃんは困ったように笑い、はるちゃんは肩を竦める。
高校に入ってから、何度もやって来たお馴染みの会話。
美友ちゃんは困った振りをして、はるちゃんはわたしたちを楽しそうに笑う。
そして当然わたしはお礼を言う。
この二人がいたから、今のわたしはいるんだ。
「八重咲さん、今良いかな。聞いて欲しいことがあるんだけど」
「うん、良いよ。何をすれば良いの?」
「いやだからいつも言ってるでしょう。せめて内容を聞いてから受けなさいって」
声をかけてきた男子生徒に間髪入れずに返事をする。
ため息をつく美友ちゃんに、わたしは笑って誤魔化す。
忘れている訳じゃないんだけど、結局は受けてしまうのだから、ついやってしまう。
「今日も変わらず学校のためにカナデと慈善活動、か。本当飽きる暇もないね」
「しょーがいよ。撫花だから」
「わたし一人で平気なのに、無理に付き合わなくても大丈夫だよ」
「何言ってるの。撫花だけじゃ、問題が悪化するか停滞するだけでしょう」
「私は面白いから参加してるだけ。所謂趣味だよ」
はるちゃんの言い分はともかく、美友ちゃんには何も言い返すことは出来なかった。
体が気持ちに追い付いていない、というべきなのか。
人の役に立ちたい、そんな気持ちが心に溢れているのに、現実は失敗ばかり。
勉強は特別できる訳でもなく、体は動いても勘が悪いのかスポーツとかの競技は中々身に付かなかった。
ただ諦めず前を向く。
それしか出来ないわたしを、二人は昔から手助けしてくれている。
「それじゃあ行きましょうか。今日の仕事に」
「仕事か……。じゃあ私たちはカナデの指示で動く、部下と言ったところか」
「はる。その表現は止めて」
「実際はわたしマスコットみたいなものだよ。わたし指示とかできないし」
「「確かに」」
「ええっ! 二人ともそれは無いよー!」
荷物を持って三人で歩き出す。
今日は何が起こるのだろう。
何が見れるのだろう。
そんな期待を胸に前に進む。
何気無く笑いあえる、この夢見心地の生活を何時までも続けられれば良いのに。
夢が続けば――
夢?
わたしの、夢。
(……メア、ナイトメア、悪夢)
連鎖的に単語が彷彿する。
お菓子、紙、夢、悪夢。
(――アリス)
「撫花? どうかした?」
「カナデ?」
「――ううん。何でもない、行こうか」
たぶん、何かあったことは二人にはバレている。
でも、何があったのかわたし自身がうまく思い出せないので、言うに言えない。
この場は流してくれる二人に、心の中でお礼を言いながら、わたしは今日も人を助けに歩き出す。