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Ωneiloss -夢の世界で変身!-  作者: 薪原カナユキ
2章 -αlice in I-
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6.天紙と撫子

 抱き抱えたメアが、赤と桃色の光を放ち始める。

 その姿は粒子に変わり、わたしの体を包み込む。


「変身!」


 つぼみとなった粒子は、わたしのかけ声と共に開花する。


 前回と同じく薄桃色の衣装を身に纏ったわたしは、紙のドッペルに向かって足に力を入れる。

 足場にヒビが入る。

 握りしめた拳に、赤と桃色の花びらが集まっていく。


 光となったわたしは、イイダと呼ばれた彼を通り過ぎて、紙のドッペルに一撃を加える。

 形がよく分からなかったので、とりあえず体積が大きかった部分を殴り付ける。


 輝く桃色の光。

 光が撃ち込まれた表面から、文字が世界に噴き出す。

 血を思わせるそれは不気味だったが、イイダさんを離さないため、効いていないようだ。


 落ち着いて距離を取り、イイダさんの様子を見る。

 細長い紙の中で、もがいているのが見える。


『見た目通り、厄介そうな相手メアね』

『誉め言葉として受け取ろう、ポベトル。君のオネロス程度では話にならないので、お引き取り願おうか。いつでも大手を振って見送るよ』


 喜びを表す文字が至る所から出現する。

 興味があるのは、彼の体だけ。

 それ以外はどうでもいい。

 わたし程度の力では、相手をする価値もないと。


 その意図もあるのか、わたしの周りにはやたらと煽る文が流れてくる。


『邪魔をするのなら仕方がない。排除させて貰うよ』

「うん、邪魔をするから。はい、どうぞ!」


 わたしは両腕を広げて、受け入れる体勢になる。

 それを見た全員が、一斉に口を結んだ。

 痛いほどの沈黙。

 漂っていた文字すら、欠片も見当たらなくなっていた。


 イイダさんも唖然としていて、わたしの後頭部からはため息声が聞こえる。


『ナデカ。もしかしてメア』

「もちろん。一回殴ったから、一回わたしを攻撃して」


 さらに続く沈黙。

 紙のドッペルも理解が及んでいないのか、伸ばそうとしていた紙の集合体を持て余している。


 変なことは言ったつもりはない。

 これは、わたしが誓ったことなのだから。


「あの子、バカなのか?」

『これは素晴らしい! 名乗る名を忘れてしまったこの私に、どうか貴女のお名前を教えていただきたい、Mrs.』

八重咲(やえざき)撫花(なでか)です」

『残念です、Mrs.ヤエザキ。私はもう自分の名を忘れてしまった。この掛け合いにて、名乗れない。故に好きにお呼びください。貴女の馬鹿馬鹿しさへの敬意です』

「じゃあ――」


 息が止まる。

 考えようとした途端に、顔へ大量の紙が押し寄せてきた。

 凝縮された紙の表面は異常に固く、痛みよりは体を弾いた速度に驚かされた。

 瞬く間に進路上の紙の山に叩き込まれ、紙の洪水に飲み込まれる。

 全身に付きまとう紙の重さは想像以上に重く、高速で流れる紙の側面に、身体中が切られていく。


 苦しい。

 息ができない、身体中が痛い。


『ナデカ。パンタスで対抗するメア!』


 メアの叫びが微かに聞き取れる。

 飛んでいく紙の足場を、無理矢理にでも力を込めて踏み締める。


 紙の暴力から、紙のドッペルがどれだけわたしを拒絶しているのかが分かる。

 痛い。

 苦しい。

 それなら早く向こうに行けと。


「テンシさんで、良いですか?」


 維持を張って前を向く。

 途端にわたしを襲っていた紙たちは、次々と赤桃(せきとう)の花びらに変わっていく。


 紙吹雪から、花吹雪へ。


『紙の使い手、それでテンシと。成る程。面白いですね、Mrs.ヤエザキ』


 別にそういう意図があった訳じゃないけど、納得しているのなら構わない。


 イイダさんの様子は、少し落ち着いてきているようだ。

 彼を気にしながら相手をするには、無理のある相手だ。

 まず正面というものが無い。

 スライム染みているテンシさんは、下手な攻撃は全て受け流すことができるだろう。


『どうするメア、ナデカ。あのイイダとか言う奴、メアはあまり助けたくないメア。ここは一度逃げに徹して、機会を伺うのが良いと思うメア』

「ごめんね、メア。イイダさんは助けるよ。あと、逃げるなんてとんでもない」


 一歩を踏み出す。

 一歩二歩と歩みを進めて、走り出す。

 両腕を大きく振り、今の気持ちを右拳に集める。


 テンシさんは文字を増やして、紙の体積を膨れ上がらせる。

 伸ばされた紙の先端には、大量の文字が敷き詰められた黒い球体。

 紙を束ね、文字に満たされた鉄球。


 文字通り、押し潰すつもりだ。


『まずいメア。避けるメア。ナデカ、早くメア』

「まずくない。避けない。行くよ、メア!」

『メアああああああああああ!』


 泣き出すメアを余所に、わたしは鉄球めがけて大地を蹴る。

 吸い込まれるように、振り下ろされる鉄球に向かい、光る拳を叩き込む。


 視界に広がる桃色の光。

 右手には確かな感触があり、さらに気合いを入れる。


「いっけえええええええええっ!」


 振り抜いた拳の先から、桃色の光がレーザーとして空へ放たれる。

 鉄球は黒のインクと、黒染みのできた薄汚れた紙となって、辺り一面に散らばる。


 下を見ると、理解が追い付かずただ見ているしかないイイダさんと、感情の読めないテンシさんが降り注ぐ紙を眺めている。


 テンシさんからの次の攻撃もなく、無事に着地できたわたしは、もう一度拳を握り直す。

 花弁が集まりうっすらと光が灯された拳を、そっと開いてテンシさんに差し伸べる。


「テンシさん。わたしの(はな)、受け取ってくれますか?」

『Mrs.ヤエザキ。想像以上の馬鹿馬鹿しさですね。攻撃を避けず、正面から馬鹿正直に突っ込んでくるとは。……良いでしょう。貴女の(はな)、散らしてみるのも一興です』


 その答えにわたしはつい笑ってしまう。

 右半身を引き、左半身を一歩前に出す。

 格闘技とかよく分からないから、直感で構えをとる。

 とにかく、右手を振りやすい姿勢にする。


『では……。さて、どちら様でしょうか』


 テンシさんの体が動き出す。

 それとは別に、疑問を投げ掛ける声がわたしにではなく、別の誰かに向けられる。

 わたしでも、メアでも。

 イイダさんでもない誰かが、この世界に来たのだろうか。


 その答えは、すぐに現れた。


 空とは言えない謎の天井にヒビが入る。

 その奥からは灰色の雲空が顔を出す。

 灰色の空からは二種類の物が、まかれた紙の間に落ちてくる。


『これはトランプに、チェスの駒メア』

「あれ、そういえば床も変わってきてる」


 ゆったりと木の葉と同様に落ちてくるのは、現実でもよく見るトランプのカード。

 そして勢いよく落ちてくる雹と勘違いしそうな固まりは、白と黒のチェスの駒。


 足元も気が付けば灰色の無機質な地面が、赤と白の市松模様のタイルに変わってきている。


『こんばんは悪い夢を見ているかい、紳士淑女の皆々様。今晩見るのはとってもとーっても、とてつもなく酷く呆れた夢。愉しそうだろう?』


 頭にくる笑い声が世界に響き渡る。

 ケタケタと笑い、何も想っていない悪夢の笑い声。


 それとは別に、一人分の足音が聞こえてくる。

 悪夢を食らう悪夢の中、確実に迫ってくる不気味な足音。


『見つけた見つけた見つけたよアリス。どうする、ねぇアレどうする。煮る焼く斬る潰す、それともああ! もっともっと愉しくイく?』


 一点に集まり始めるトランプのカード。

 よく見ると、中央には白の女王(クイーン)の駒。

 トランプは駒を中心に繭を作り出す。

 とても色鮮やかで、その色の多さに気味の悪さを感じると、今度は石油のようにどす黒く塗り潰される。


「ねぇ、メア。あれって――」

『たぶん、オネロスメア。でもあそこまでいくと――』


 悪夢そのもの。


 そう思ってしまった途端、側に落ちてきたチェスの駒に驚き、心臓の鼓動が早まる。

 足が動かない。

 喉が渇く。

 握っていた拳も今やスカートを握りしめている。


 少しでも気を抜いたら、後ろを向いて逃げ出したくなる。


『これは些か不味いですね』


 テンシさんも似たことを感じたのか、全身に文字を敷き詰めていく。

 雰囲気からして、逃げようとしているのだろう。


 だけど、何も起こらない。


『やられましたね。用意周到なことです』

『お前が弱いだけ。それだけ。ねぇアリスー』


 猫なで声で名前を呼ぶ声に、もう苛立つとかそういう感情は湧いてこなかった。


 黒の繭が解かれる。

 トランプたちは黒の蝶として辺りに羽ばたき、主人のための道を作っていく。

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