52.花をなくした手
あの夜を過ぎてから何日も経った。
辛いことも悲しいことも有ったのに、不思議と心は落ち着いていた。
距離が遠いようで近くなったお姉ちゃんと優月さんには、有りのままを話したらそっと抱きしめてくれた。
美友ちゃんはわたしの顔を見るたびに、頭を撫でてくれる。
はるちゃんは変わらず……ううん、今まで以上に心配を表に出してきている。
お義父さんとお義母さんも、わたしに分からないようにしているだけで、皆と同じだと思う。
「撫花、これあげる」
お姉ちゃんの声がして、頭の上に何かが載せられる。
それは軽くて意外と丈夫な花輪だった。
「昔より早いね、お姉ちゃん」
「コツさえ掴めば、撫花でも出来るよ」
そう言って渡されるいっぱいの花輪を、目の前にある沢山のお墓に飾っていく。
青くて澄んだ空の下。
赤と桃色の花びらが舞う、蓮華草の花畑。
作られたお墓たちはそれぞれの形で主張し合い、奇抜な物もあれば、質素な物もある。
焼き菓子で出来た物、大量の紙で出来た物、空が映る水晶玉、色んな素材のつぎはぎ――
黒い黒曜石で出来たお墓に、砂場に置かれた月の砂時計。
一つ一つ丁寧に、撫でるように置いていく。
「……やっぱり、エンプーサさんのも作った方が良いかな」
「作らなくて良いよ。少なくともここには」
お姉ちゃんの棘のある言い方は、仕方のないものだ。
わたしも許せないけど、それ以上にお墓はどんな人でも必要だと思う。
どれだけの人に憎まれても、悲しむ人がいないって言い切れないから。
「それは、ちょっと寂しいね」
「必要と思ったらネームレスが作るよ、きっと」
人も悪夢も生き返った幸せな世界を作る。
そんな夢みたいな事を言っていた彼は、お墓は作らずとも一生冥幽夜会を忘れることは無いだろう。
「うん、そうだね。――それじゃあ、そろそろ行こうか、お姉ちゃん。優月さんが待ってる」
「待ってるのは優月よりメアだと思うけど。アイツ、ナデカと一緒じゃないと落ち着かないんだから」
「そうかも」
わたしの両目が赤と桃色に変わってから、ずっとメアはわたしの心配をしてくれる。
ちょっと悪夢に寄っただけだから、大丈夫だって言っているのに。
握るお姉ちゃんの左手からも、色んな想いが伝わってくる。
不安と安心と、喪失感。
これからどうすれば良いのか、どこに行けば幸せという曖昧な物を手に入れられるのか、何を信じて前に進めば良いのか。
都合の良い事しか目を向けられないわたしたちは、いつまでもいつまでも。
寝ても覚めても悪夢に囚われ続ける。
だから今夜も悪夢狩りとして。
終わらない悪夢を止めに行こう――




