51.終わりは消失と同義にあらず
「終わりとは何か、私は常々考えている」
黒しか存在しない無の世界で、一筋の光が顔の無い男を唯一の存在であると言わんばかりに照らしている。
照明機器のように姿を明かされた彼は、身振り手振りで誰に聞かせる訳でもなく淡々と話を進める。
「いつも辿り着く答えは在り来たりで、消失――これが唯一無二の固定概念であると結論付けるが、何故か心に浸透していかない。……何故だろうか。森羅万象存在という物は観測されて初めて"有る"事が分かる。よってその逆、観測されなくなったその時が真の終わりだと、考えに考えているのだが」
ネームレスは顎に手を当て、首を傾げる。
心底自身の出した結論に納得がいかないのか、声は冷たさを増していく。
「それで良い訳が無いと、出した答えに心が燻る。終わりは消失と同義では無いと、私の心は言っている訳だ。消失の先に何であれ、新たな答えがあるのだと夢見ている。――そう、夢を見ているのだ。私がいなくなった先を」
また一つ、明かりが足される。
照らされるのは一人の少女。
辛く光を灯された目でネームレスを見る彼女は、薄っすらと笑顔を浮かべているのに、笑えていなかった。
「今の君なら、きっと私を殺せるだろう。だけど私は君に何かを勧める気は一切無い。未来ある若人に老人の我が儘を聞かせるのは、惨い仕打ちだ。だから好きに死なさい、撫花」
「……好きに、ですか」
「勿論。ここまで来て提案する事も無いよ」
「だったら――」
ネームレスの胸元を、軽く柔らかい拳が何度も叩いていく。
力なく衝撃すらまともに無い弱々しい拳を、撫花は伏せられた笑顔を歪ませながら叩きつけていく。
「皆を生き返らせてください。悪夢なんていない世界で、皆が幸せに暮らせる世界にして下さい」
「……死者の復活に、世界の楽園化。良いね。私もそれは一度は考えた事がある。失ったのなら取り戻せばいいと、ザントも良く口にしていたね」
撫花の頬を伝う雫は虚空へと消えていく。
神様でも何でも良いから、叶うのならお願いしますと想いを込める彼女にネームレスは変わらない口調で話を続ける。
「人も時代もあの時とは変わった。今なら或いは……うん、良いよ撫花。私はやってみよう」
おそるおそる顔を上げる撫花は、何を言っているのか分からないと瞳に恐怖を浮かべる。
否定されると思っていた、涙を呑んで別の道を歩けばいいと諭されると思っていた。
だからこそ、真っ向からの肯定に戸惑いを見せる。
「さっきも言った通り、君が何をするのかは私は関わらない。これからすることは私が君の言葉に影響を受けただけで、私から君には何もしない」
あくまで君には関わらないことを念に押すネームレスを見る撫花の目は、依然変わらない。
前向き過ぎるどころか、夢を見すぎて現実が見えていないとしか思えない。
霞を掴むような事を平然と挑戦していくその姿は、狂気に満ちた悪夢と言って差し支えない。
「私に関わると言うのならいつでも歓迎しよう。君を拒む理由なんて無いからね。――それじゃあ、いつかまた逢う日まで、お休み撫花」
最後に触れようとした右手が届くことは無かった。
虚空に残された一人の男は変わらず、考えを巡らせていく。
盟友とかけた集団が無くなろうと、実験体が道に迷ったとしても、どれだけの時間が流れようとも。
彼は終わりの先を目指していく。




