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Ωneiloss -夢の世界で変身!-  作者: 薪原カナユキ
7章 -悪意が踊る夢の世界-
50/52

50.月下に舞う銀の砂

 ……悪い夢を見た気がする。

 友達がいなくなって、黒いモヤモヤが胸の中で暴れる夢。

 笑えないのに、誰かに無理矢理頬を引っ張られて、笑わされて。

 溜めこんでいた嫌なものを、辺りに撒き散らして。


 全然晴れない暗い心を抱いたまま、自然と開いた目に夜空が広がる。

 優月さんとは違う、冷たくてどこまでも透き通ってる星空。

 砂をこぼす欠けた月も、やんわりと光る星たちも。

 届きそうで届かない眩しい光。


「名無しは何を持って貴様を此処に置いたのか、皆目見当が付かん。プロヴァト=ケールが死したからと何故オレに預ける。死神ならば相見えるのは是非も無し。だが……」


 砂の地面に手を置いて、体を起こす。

 老いた声がする方向を見ると、機嫌の悪い表情を浮かべるザント=アルターがこちらを見ていた。


 棺に座り、腕を組んでずっと眠っているわたしを見ていたのだろうか。

 嫌な感じはしない。

 戦うつもりは無いみたいだから、彼の話しを聞いていよう。


 それ以上のことをする気も起きない。


「光が見えぬと成長を止めた花に興味はない。奪還者であらぬなら、疾く去るが良い惰弱な花よ」

「弱い……。うん、弱くて良いです。その方がよっぽど楽なのに」


 プーケさんの名前を聞いたら、暗い気持ちが強まっていく。

 立ち上がりたくない、もう悪夢なんかと関わりたくない、痛いのも辛いのも嫌なのに。

 少しの間だけ一緒に居た友達を思うと、力が湧いてしまう。


 優月さんに知恵を貸してもらおう、ウートさんには背中を守ってもらおう、メアと一緒に立ち向かおう。

 そして怖い気持ちを乗り越えるために、お姉ちゃんと手を繋ごう。

 そうすればこの気持ちが和らぐかも、そうすれば泣きたい気持ちを抑えられるかも。


「死神と同じ道を辿るか、我が同類。死神の縁者とあらば成る程、そうなるのも道理というもの。――して、如何に奴を滅ぼす?」

「奴を、滅ぼす……?」

「おそらく、いや十中八九プロヴァト=ケールを滅したのはエンプーサ=モロスだろう。名無しは手を出す筈がなく、鍵姫にそんな力は無い。……そして残るは死神か」


 彼の予想はだいたいが当たっている。

 エンプーサを倒そうとして、お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……


 声には出さなかったけれど、顔に出ていたのか彼は目を伏せて一呼吸置く。


「笑わぬよ。オレも幾度となく似た苦汁を味わったものだ。それを否定する言葉はオレは持ち合わせない」

「……どうして」


 どうしてこの人はわたしの話を聞いているのだろうか?

 早くどこかへ行けって言っていたのに、気が付けば淡々と会話を続けている。

 わたしも早くみんなの所へ行きたいのに、彼の言葉に引っ掛かりを覚えてしまう。


「疑問は百も承知。大した意味は無い、老骨の気まぐれをそこまで気に留めるな」

「そう、ですか」

「……全くもって出来過ぎだ。まさに若き日のオレではないか」


 わたしが、若い時の彼に似ている?

 同類と彼が呼ぶときがあったけれど、いったいどこが似ているのだろうか。


「貴様、人が――他人が好きと言えるか?」

「……はい」

「オレもそうだった。いや、そうでありたいと今も願い続けている」


 嫌いなわけがない。

 何も分からず目が覚めて、怯えるわたしを向かい入れてくれた人たちに、口が裂けても言えるわけがない。


「切っ掛けは些細な事だった。生まれたばかりのオレはポベトルとして力を振るい、幾人ものオネロスへ力を貸していた。誰も彼も才溢れる者ばかりで、オレはひたすら彼らに劣らぬよう一層の努力に励んでいた」


 嫌な寒気が背筋を駆け抜ける。

 ザント=アルターが略奪者と言われていたことが、始まったばかりの彼の話しに悪い予感を過ぎらせる。


「折れぬ心しか誇れぬ物が無かったオレは、彼らの技術を彼ら以上の時間をかけ、学び続けた。時には教えを請い、時には共に学び、時には新たな知恵として愚昧(ぐまい)なオレの意見を取り入れていた」


 それはお姉ちゃんが言っていた事を同じ方法。

 お姉ちゃんは復讐のため、彼は尊敬している人たちに追い付くため。

 理由は違うものでも、まったく同じことをしていた。


「だがどうしたことか。隣人の努力は、人間という種には堪えれぬものがあったらしい。――切なる願いにはどれもこれも同じ答え。己に才能は無いとな。何故だどうしてだと、輝かしき先達の叡智を求めても、自身をオレ以下だと蔑むばかり」

「みんな、心が折れちゃったんですね」


 自分よりも後から始めた人が、自分の知らない所で自分以上の努力をして、自分と同じ成果を出してくる。

 どちらも同じもの、だけど彼を知っている人は一層の努力が伝わってしまい、才能は関係ないのだと思ってしまう。

 短い時間で何でも出来る人の方がよっぽど凄いのに、血と汗がにじんだ努力の結晶を人はそれ以上に眩しく感じてしまう。


 なら彼はどうすれば良かったのだろう。

 努力する事は良いことで、尊敬する相手を目指すのも当然良いこと。

 でも並び立った途端、憧れの相手は一斉に彼の前から姿を消す。


 何が良くて、何がダメだったのか。


「その中には貴様と同じ事も当然あった。知らず追い詰めてしまい、その者が他者の努力を目の当たりにし嘆き悲しむ事がな」

「……もしかして、慰めてくれているんですか?」

「オレが貴様を? ……かも知れぬ。ならば名無しの考えも読めるというもの」


 ザント=アルターが腰を上げ、おもむろに首を鳴らしてこちらを見る。

 厳しい顔つきだけど、ほんの少しだけ口元が緩んでいる。


「来るがいい、そして(おの)が内を曝け出せ。貴様にその道は似合わぬと、(たが)えた先達が教えてやる」

「わたしは貴方とは戦いません。戦う理由が無いです。それに……」


 もし戦うとして変身しても、メアがいないから本気でぶつかれない。

 勝ち目は元より、勝負にすらならないと思う。


「これは(いくさ)ではない。愚昧な我らの内に秘めし霧を晴らす、謂わば儀式なり。そして――」

「ナデカ! 助けに来たメア!」

「貴様のポベトルも来たようだ」


 夜空から降って来たメアを受け止める。

 メアには無かったはずの硬い感触がちょっとだけ痛くて、聞こうとしたけれどその必要は無かった。


 メアが抱えていたのは、黒くて艶のある羊の角。

 プーケさんの頭についていた物だ。


「ナデカ、メアはここだとすぐに寝ちゃうから、言うだけ言うメア」

「うん」

「アイカを、怒ってないメアか?」

「……わたしがお姉ちゃんを怒る訳ないよ。安心して、メア」

「良かった……メ、ア……」


 腕の中で目を閉じるメア。

 色々と聞きたかったし、言いたかっただろうに。


「してどうする、我が同類。オレとて同意なき語らいは避けたいところだが」

「一つ、聞いて良いですか?」

「何だ」

「貴方は何を抱えているんですか」


 音少なく砂を踏み、彼は拳を握り構えをとる。

 刃物みたいな鋭い視線は無く、困ったように苦笑を浮かべる彼は風が吹けば消えてしまうほど静かに言葉を発する。


「見たいのだよ。一度で良い。奈落にも負けぬ(まこと)の輝きを、オレが超えても折れず飛翔し続ける者を」

「――分かりました」


 彼の頼みを笑顔で受けよう。

 わたし一人なら無理かもしれないけど、今はメアがいる。

 わたしと彼が同じなら、お姉ちゃんの妹であるわたしなら。


 何もできない不器用なわたしでも出来るはず。


「変身――夢想開花」

夜が(The night)来たぞ(is over)(.)眠り(It's time)の刻だ(to sleep)


 メアの体とプーケさんの角が一緒に光へと溶けていく。

 夜の砂漠に桃色の蕾ができ、赤と桃の花びらを世界へ散りばめながら花を開く。

 いつもの変身の姿とは、少し違う。


 左手首には黒い羊のブレスレット。

 一緒にいようって、プーケさんのお願いをこんな形でしか叶えられないのが悔しくて仕方がない。


 目の前には銀色の西洋鎧。

 不思議な事に前に感じていた怖さは無く、かと言ってスカイの時みたいに楽しい訳でも無い。

 あるのは、たった一つだけ。


「ザント=アルター、参る」


 彼のお願いを、わたしなりに叶える努力をしよう。


 両手を大きく広げて、彼を笑顔で向かい入れる。

 避けない、防がない、彼の全てを受け入れよう。

 全身全霊全力の想いを受け止めないで、超えるなんてあり得ない。


『……アイツと戦う理由は後で聞くメア。それ以上に気になるのは変身して早々、何をやってるメアか』

ザントさん(・・・・・)には前に一回だけ多く殴ってるから、それの埋め合わせ。一回は一回。――ダメかな?」

『ダメと言っても聞く気は無いメアよね』

「……まぁね」


 わたしとメアの会話に笑っているのか、銀の鎧は少し揺れる。

 握りしめた彼の拳には砂が集まり、銀に輝く。

 擦れる金属の音を鳴らし、身を低く構える。


意思の力(モルフェス)をそう捉えるか、面白い。ならばオレも宣誓しよう。――我が同類、八重咲撫花の意思を受けきると」


 言い終わるや否や、彼は銀の閃光になって砂上を蹴る。

 音を軽々と超え、わたしのお腹に叩き込まれる拳からは冷たい月明かりが放たれる。


 漏れそうになる痛い声。

 奥歯を噛みしめ、意地でも前を見て全身に力を込める。

 足場にするには都合の悪い砂に着地をして、痛くなんて無いと笑ってみせる。


 痛いとか苦しいとか、言っていられない。

 そう漏らした時には彼を超える事なんてできないから。


「見事。これにて我らは対等となる。――さぁ魅せてみろ天上花。奈落の誘いに目もくれず、滾らせた心火(しんか)をこのオレに」

「――行きます」


 世界に銀の砂と桃の花が吹き荒れる。

 赤と白の光は何度も何度もぶつかり、その度にまだ足りないと速度を上げていく。

 お互いにやることは単純で、相手より早く想いを伝えて、伝わった想いよりも強く速く想いをぶつける。

 ずっとずっと、これの繰り返し。

 傷ついて傷つけて、それでも伝わり切っていないのだとまた続ける。


 かつてスカイの時と同じように。

 ううん、それ以上に。

 この薄暗い夜空で光を求め続ける。

 星明かりでも月明りでも足りない。


 真っ直ぐに明確に、これ以上にないくらいの絶対的な光を。


「水を差すのは興が削がれるが、言わぬのはそれもまた興ざめ。見届けた真実を貴様に一つ教えてやろう」

「見届ける……?」

「スカイ、と言ったかあの鳥は。アレは貴様がここへ来る前に殺された。エンプーサ=モロスの手によってな」


 沸き上がる黒い想いが一瞬にして胸の中を満たしていく。

 それすらも握りしめて、足に込める。

 靴に飾られた蝶の羽は大きく光を放ち、爆発的に速度を高める。


「――有り難うございます、教えてくれて」

「礼は要らぬ。この場において教えぬ方が不徳というもの。抱く心境はその拳でオレに語れ」


 前を見て、相手の攻撃は避けず、拳を振るう。

 胸にある想いは違うのに、伝え方はまったく同じ。


 既に足場にしていた砂の地面からは離れて、光を目指して宙を蹴る。

 一歩、また一歩と音から遠ざかり光に近づく。

 もう何度ぶつかり合ったのか、数えることも出来ない。


「足りぬ、満たされぬ、どうしたその程度が同類よ」

「……まだっ!」


 何をとってもザントさんがわたしを上回る。

 才能(パンタス)は当然、想いの力(モルフェス)すらも。

 追いかけても追いかけても背中ばかりで、手が届かない。


「謳わせてくれ、人は前へ進めるのだと。愛させてくれ、彼らの笑顔を。輝かしき夢を無尽(むじん)砂礫(されき)轢殺(れきさつ)しただけだと、オレの口から言わせないでくれ」


 彼らを心の底から敬愛し、夢を今でも応援しているのだと伝わってくる。

 月浮かぶ夜の世界に、(すな)を敷き詰めていくのはもう嫌だって、拳が交差する度に流れ込む。


 砂時計に埋もれる彼らの夢を、無駄にしたくないって――


「無駄に、なってないですよ。ザントさん。……自分勝手で都合の良い想いですけど、貴方がこうして彼らを忘れず、夢を抱えていることが。せめてもの救いになっているはずです」

「死者は語らず、愚かな妄言だ」


 宇宙みたいに真っ黒な想いに顔を殴られて、砂の海に墜落する。

 彼らを馬鹿にするなって、自分に思われるほど弱い人たちでは無いって。

 銀に光る刃が胸を切り裂いてくる。


「言葉を持たぬのなら終幕だ、同類。やはり貴様ではオレの夢を魅せられぬ」


 砂時計の月から銀の光が落ちてくる。

 わたしも砂の海に溶け込めと、輝く右手を握りしめている。


 このままだとわたしはきっと死んでしまうだろう。

 何もできず、悲しい思いだけをみんなに残して、笑うことも泣くことも無く、彼の(すな)の一部になるだろう。

 それは嫌だと思っても、何もしなければそれしかない。


 だから(・・・)不器用なりにやってみよう。

 駆け抜けていく記憶を探って、握りしめた右手に想いを集めていく。

 嬉しいことも悲しいことも苦しいことも痛いことも。

 忘れていた記憶も、新しいわたしの記憶も、これから作ろうと思っていた思い出も。


 死にたくない、みんなと居たい、好きになりたい。

 全部余さず、わたしという花を咲かせる養分に。


 人間を止めて悪夢になっても良いから、彼から生き残って彼の願いを叶えたい。

 そんな都合の良い想いを、血がにじむほど拳に込める。


「眠りの(とき)だ、天上へ捧げる砂塵と成れ」

「――■■(むじん)■■(かいか)


 わたしの口から、わたしの知らない言葉が呟かれる。

 ザントさんの拳はわたしに届かず体が宙に止まっている。


 ……ううん、違う。

 止まっているんじゃなくて、限りなく遅くなっている。

 その上、世界の色すら白と黒の区別が付きにくく、怪しいものになっている。

 はっきり見えるのは、眩しい銀色と淡い赤と桃色だけ。


 自然と握った拳を解いていく。

 砂の海を踏みしめて、迫る彼を抱きしめると世界の色は戻っていく。

 砂が落ちる音さえ聞こえる、静かな夜の世界に。


『……今、何が起こったメアか?』

「――どういう、つもりだ」

「都合が良いのは分かっています。でもわたしはもう、拳を握りません」

「戯言を。いったい何をほざいて……」


 彼の言葉に苦笑いする。

 思い出した記憶の中に、さっきから異様に胸に突き刺さる言葉が残っている。


 わたしがお姉ちゃんのドッペルになる前のこと。

 ネームレスがわたしをこう呼んでいた。

 楽園に咲く花のように、みんなを笑顔にする悪夢の花。

 "お花畑(つごうのいい)"の悪夢って。


「貴方は好きにしてください、ザントさん。わたしを殺しても良いです。無視しても良いです」

『ナデカ、スカイの時みたいにまた!』


 何も言わずザントさんは拳を振るう。

 けれど顔に迫る拳は目前で止まり、風がわたしの髪を揺らしていく。


「ああ、その目(・・・)。その目をオレは知っている。その目にオレは魅せられ……。なぜ今更アイツを想う必要が――」


 ザントさんが膝をついて崩れ落ちる。

 さらさらと体から銀色の粒が空へと舞う。


「……下らぬな。真に望むは隣人の笑みとは。叶わぬ筈だ、元より手段だったのだから。ならば是非も無し。我が身が天上を穢す不浄の奈落であるのなら、翼を()いで砂と果てよう」

「……そんなこと、しなくても良かったのに」


 銀の砂になった鎧から覗く顔は、驚くもため息を吐く。

 またやってしまったと、後悔の色に染まっていくけどわたしの目をしっかりと見つめてくる。


 いなくなって欲しくない。

 敵とか味方とか関係なく、命が無くなるのは辛いことだから。


「止めてくれるなよ、我が同類――八重咲。貴様でもきっとこうするであろう?」


 考えてみる。

 美友ちゃんとはるちゃんが、お義父さんお義母さんが、お姉ちゃんに優月さんが。

 みんなみんな、いなくなったら。


「不器用な男が旅立つのだ、嘘で良い。――笑ってくれ」


 風と共に銀の砂が月明りに照らされる。

 笑う暇なんて無かった。

 笑えない、そして自分を殴りたいくらいに涙も湧いてこない。


 心の中にぽっかりと穴が開いて、彼の名前を噛みしめている自分だけがいる。

 一輪ずつ砂漠に咲き始める蓮華草は、悲しいほどに砂漠へ色を与えられていなかった。

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