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Ωneiloss -夢の世界で変身!-  作者: 薪原カナユキ
7章 -悪意が踊る夢の世界-
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48.嗤う悪夢と青銅

 混沌とした世界で一人と一匹が殺し合う。


 鈍い青緑の空に赤い三日月が昇り、青銅でできた迷宮で、揺らめく暗色の炎の体を走らせる巨大な猫。

 対する人物は、闘牛師の如く猫の巨躯を避けては手に持つ細剣で体を刻んでいく。


「ネームレスじゃないけれど、ちょっとは相手を考えた方がいいよ、ナイトメア。ボクは前々から言ってたよ、君も食べてみたいって」

「私が手伝ったら速攻でカタが着くのに、ホントにホントに頭悪いなクソが」

「ボクは()君を食べたいんだ。その後でナデカを食べて、悪夢になった人間たちを食べて。最後には……。分かるかい、ナイトメア。君は前菜(オードブル)なんだよ」

「それならこっちも同じだよ。遊びに付き合えないなら不幸にするまで。お前の余裕はいつまでだい? 早くしないと同族食らい(カニバリズム)最大の不幸がこっちに来てるよ。」


 同族を食べたい、他人を不幸にしたい。

 悪夢の欲求を抑えられない二人が、相手へ思い思いの言葉を紡いでいく。


 二人の考えはある点においては一緒で。

 昔からそれだけは変わらない。


 どちらも最終地点は同じ場所。

 そこへ向かって走り続けて、道中の障害物を排除する順番を前後させているだけ。


「君はネームレスが不幸になれば良いんだろう? ならここで死んでも問題はない」

「アイツの不幸をこの目で見たいって、何度も何度も言ってるだろう。いい加減覚えろクソ野郎。――お前はここで死んでいいのか? 大人しく雑魚悪夢を食べてた方が身のためだぞ」

「生憎と欲に素直が美徳と思っててね。主菜(メインディッシュ)が間近と思うといても立ってもいられないんだ! ……それにほら、君が死ねば不幸なんて一切ない」


 鼻息を荒くし、下半身を膨らませる男装の麗人(エンプーサ)にナイトメアは舌打ちする。


 藍花たちが来る前に、一番面白そうな話に乗ろうとしたが相手は自分以上に欲に正直。

 利点を考えず衝動に身を任せた行動が、少しずつナイトメアを追い込んでいく。


 二人の力はさほど離れてはいない。

 ナイトメアが巨体で追い込んでいるように見えて、実際は身軽なエンプーサが剣を振るう度に有利になっていく。


 お互いに支配下の悪夢は使えず、拮抗した力は世界にも現れている。


 力量は同じ、目的も同じ。

 ならばそのバランスを崩すのは意思の力。


 頬掠めた細剣を目で追うナイトメアは、周囲に作られた多数のナイフに気付かず、滅多刺しにされていく。


「――不幸不幸と、そういう君が一番哀れじゃないかな。中身がない。そんなんじゃネームレスには傷一つ付けられないよ」

「にゃは、にゅはは。ならならお前の攻撃(コレ)は無駄の無駄。何せ中身(こころ)がないから響かない。意思? 感情? 何それ馬鹿じゃないの」


 炎の体が溶けていく。

 真っ赤に笑う三日月だけを残して、ナイトメアは嘲笑う。


 振るわれる細剣は虚しく宙を切り、絶えることの無い笑い声が、エンプーサの周りを彷徨いていく。


「あの時も私を殺すとか言ってたけど、実際殺り合ったらこの様か。お前の言葉(モルフェス)じゃ私を殺せない。足りないんだよ熱量が」


 何もしない、何もできない。

 ただ笑うだけの顔を攻撃しても、エンプーサの力は伝わらない。


 崩れる事の無い笑顔に、エンプーサは次第に顔を引きつらせていく。


「あー段々詰まらなくなってきた。この程度でアイツを食べようとしてたのか。ならならここは一つ、下らない俗物同士で喜劇を見ようか」


 眼前に現れた猫の仮面を、エンプーサは叩き割る。

 ふと見覚えのある物だと思った矢先に、エンプーサの背筋へ悪寒が走る。


 金色と藍色の光が世界に亀裂を生み出していく。

 空は曇天となり、赤い月すら覆って灰色に染める。

 地面は綻び、白と赤の市松模様を浮かび上がらせる。


 何かにぶつかったエンプーサが見上げると、降り注ぐのはカードとチェスの駒。


「復讐劇は好きかな、エンプーサ。復讐者(あわれなしょうじょ)が今来たよ。大切なもの(あい)を失えば終わりではないと、悪夢の先を夢見てね」

「うるさいよ、ナイトメア」


 ゆっくりと向かってくる足音に、大きな金属を引きずり削る音。

 浮かぶ仮面に集まる、藍色の花びらとトランプたち。

 白の女王である駒を囲んでは、どす黒い繭を作り出して閉じ込めていく。


 繭から飛び出るのは鋭利な刃。

 開けられた隙間からは、満面の笑みを浮かべる真紅の三日月。

 不思議の国へと堕ち、鏡写しとなった笑いの無い少女は握る大鎌に力をこめる。


 血に染まり、嘘を吐いて、大切なもの(こころ)を無くしてしまった自分は笑えない。

 全てを奪った相手と同じ、そんな資格はどこにも無い。


 それでも笑っても良いと言うのなら。

 黒の世界(あくむ)が無くなったその先で――


『それは失礼、飼い主よ。ならば早速始めようか、悪夢の花を摘み取る為』

「お前を殺す、"捕食者(エンプーサ)"!」


 愛しい花と優しい月。

 二人の前で、不器用ながら笑う練習から始めよう。


*


「良いのですか、お嬢様。藍花様はともかくメア様に着いていかなくて」

「世界を繋げるときに見た光景、あそこへ行く資格は私にはないわ。当然メアも一人だけじゃ無理ね」

「かと言って私だけが同行しても大差がなく、お嬢様を一人にする訳にも行きませんから。……これが順当、ということですか」

「……私だって、力になれないのは歯がゆいわよ」


 壊れた街が黄金の輝きで直っていく様を見ながら、私とウートは見送った二人の話をしていく。


 四人で話し合った結果、ナイトメアの後を追うのは藍花。

 撫花の下へはメアだけが行くことになった。

 とにかく場所を突き止めようと、藍花のモルフェスを起点に私のパンタスで世界を繋げてみた結果、それまで考えていた作戦が呆気なく一つにまで絞られた。


 夜空に空いた穴から見えたのは、対になる二つの世界。

 赤と青緑が目まぐるしく入り混じる混濁とした世界と、一面砂しか存在しない静かな世界。


 砂の世界は、否応も無く誰の下にいるのか分かってしまう。

 自分ではあそこには行けない、だから藍花と一緒にナイトメアの所へ行こうとしたのに。


 下手な笑顔で拒否されてしまった。


「……姉妹揃って、馬鹿なんだから」


 ウートにも聞こえない声を漏らす。

 体が、唇が、アイツの暖かさ(ほんしん)を今でも覚えている。


 どれだけ見た目が変わっても、あの二人の根底は変わっていない。

 自分よりも他人が大好きで、その為になら自己犠牲を厭わない。

 自分がどれだけ傷付いても、苦しくても、隣にいる大切な人が笑えるのなら構わない。


 藍花も、撫花も、ずっとずっとそうして来たんだって。

 期せずして二人の隣にいてしまった私は分かってしまった。


「責任、取んなさいよ藍花」


 空に昇る月へ、二人に想いが届けと祈りを込める。

 私を帰る場所と言ったんだから。

 撫花(いもうと)と一緒に手を繋いで、下手になった笑顔で――

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