表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ωneiloss -夢の世界で変身!-  作者: 薪原カナユキ
1章 -八重に咲く花、撫でるは夢の少女-
4/52

4.可憐な花と甘いお菓子

 誰かが意識を投げ出したわたしの体を前から支える。

 ゆっくりとわたしの体は横たわり、失いかけていた意識は不思議とはっきりしたまま。

 まるでお菓子屋の前に来たような甘い香りが、気分を落ち着かせてくれる。


『おヤおヤ、限界(げんカい)ですか。(いタ)(カタ)アりマせん。丁度いいので昔話(むカしバナし)にでも付き()って(もラ)いマすよ』


 誰かが横になるわたしの隣に座りこむ。

 薄っすらと目を開き見えるのは、右足だけを立てて左足を伸ばす細い足。

 何とか見える右膝に乗せられた腕も、同じく細く頼りない。

 どうやらメアではなさそうだ。

 あの子は猫のぬいぐるみで、人の姿はしていない。


 いったい、誰なのだろう。

 意識ははっきりしてるのに、頭が回らない。


『そう、(むカし)(ハナし)です。もう何時ダっタカハ(ワす)れてしマっタ、遠い過去(カこ)


 視界に入ってくる小さな焼き菓子の欠片。

 ブルーベリーとかなのかな。

 紫のジャムも付いている。

 欠片が地面にぶつかると、赤く光る桃色の花びらに変わって空に昇り、粒子となって消えていく。


 声は、男の子なのかな。

 女の子と間違えそうだけど、芯があってきっと真面目で優しい人。


『ワタしはアる日、とアる洋菓子店(ようガしてん)の店員に見惚れてしマいマしてね。(ガら)にもナく店に(ハい)り、彼女(カのじょ)との接点を持とうとしタのです』


 力を振り絞って顔をあげようとする。

 せめて目線だけでも上にと踏ん張るが、体が言う事を聞いてくれない。


 何でだろう。

 声の印象よりも年齢が上に感じる。


『ですガ、いざ店に(ハい)っタ(ワタし)ハ、アろう事カ彼女(カのじょ)よりも(ナラ)べラれタ菓子を|優先しタのです』


 声を掛けようと必死に喉を鳴らす。

 だけどわたしの口からは、声にならない声のみ。

 聞いていられない音に、次第に自分自身に怒りを覚える。


 お菓子が優先とか、彼女を優先とか。

 そんな話じゃなくて、それは――


『照れ(カく)し。人ハそう言うでしょうガ、事実菓子(カし)に心惹カれタのハ否定できぬ真実。(ハじ)めハ彼女(カのじょ)の微笑みに(アせ)り注文をしていタのガ、いつしカ(ワタし)の瞳に映るのハアの宝石タち』


 両腕に力をこめる。

 お腹にも足にも力を入れているのに、何度も何度も息が切れてばかりで、体を起こせない。

 ただ見ているしか出来ない。

 視線を交わすことも、声をかけることも出来ない。

 今のわたしは夢を語る彼の終わりを見届けるだけの、ただの観客に過ぎない。

 ……本当に聞き届けるしか、わたしには出来ないの?


『そんナ最中(サナカ)(ワタし)悪夢(アくむ)に堕ちタのです。(いマ)思うと素晴(すバ)ラしいタイミングでしタ。(ねラ)いすマしタように永遠の菓子(カし)を提示してきタのですカラ』


 苦笑しているのが、分かる。

 そんな悲しいことを言わないで。

 その人への想いも、お菓子への想いも。

 どちらも本物だと思うから。


『言いマしタよね、(ハナ)より団子(ダんご)と。アれハ(ワタし)自身の事ですよ。――そして少年ハ、どうヤラ(ハナ)を手に取っタラしい。お(カげ)(カれ)と同調していタ(ワタし)(カラダ)ハ、お嬢サんの一撃目でこれですよ』


 右手が見える。

 ピントがあったそれは、ひどい位にヒビ割れていて、欠けた部分から花びらに変わる。

 流れるのは赤い液体ではなく、薄い赤の光。


 ヒガン花。

 自然と頭に浮かんだ赤い花が、背筋を凍らせる。


『良カっタですね。お嬢サんの想いハ、(カれ)に……勿論、(ワタし)にも届きマしタよ。ついつい貴女(アナタ)(カガヤ)きを、もう一度見タいと思うほどにね』


 崩れる右手が、わたしの頭を撫でる。

 ああ、この手。

 うん、そうだよ。

 忘れちゃだめだよ、彼を。


『そうダ。良カっタラ是非、彼女(カのじょ)(ハタラ)く店を(タず)ねてくれマせんか。アの店の菓子(カし)は絶品で、特に()菓子(ガし)と……』

『――言いたいことは全部言うメア。そうでないと、また悪い夢を見るメアよ』


 言葉に詰まる彼を、メアが後押しする。

 そうだよ。

 メアの言う通り。

 どちらかを下げる必要なんてない。

 どっちも取って良いんだよ。

 それが、夢っていうものなんだから。


『……。――彼女の笑顔で渡される菓子は、とても。ええ、とても美味しいですよ。お嬢さん』


 ほんのり顔を赤めらせて、目線を下にずらした青年の顔が見えた気がする。

 それから、お店の名前と場所を教えて貰った。

 例の店員さんの名前は知らないらしいので、容姿だけを教えて貰う。


 それから、あと教えて貰いたいものがある。


『名前。アンタの名前はなにメア』


 ありがとう、メア。

 わたしの聞きたい事、よく分かったね。


『おヤ。それハですね。――内緒(ナいしょ)です、申し(ワけ)ナいお嬢サん。(ワタし)(ハナ)より団子(ダんご)悪夢(アくむ)可憐(カれん)()(じょせい)よりも、(アマ)菓子(ゆめ)(えラ)ぶ男ナのです』


 そう言って彼の名前を耳打ちしてくれる。

 わたしの空いた手にお菓子を握らせながらそれを言うのは、ずるいよ。

 なんでそれを彼女にしなかったのかな。


『それでハ今後も良い夢を、お嬢サん。どうカ、彼女(カのじょ)に宜しくお(つタ)えくダサい』


 今度こそ、意識が離れていく。

 甘く切ないお菓子の彼に、甘い甘い花が届かんことを。



 カーテンの引かれた窓から朝陽が差し込み、まぶしくて目を開く。

 ぼんやりとする意識の中、目をこすり握られた右手を開いて、中を見る。

 何故か痛いほど握られていた右手の中には、当然何もない。


 甘い悪夢を見た気がする。

 自分でも何を言っているのか分からない。

 だけど、しっかりと洋菓子のお店と、知らない女性の見た目が浮かんでくる。

 欠伸をしていないのに、目から涙が零れてくる。


「お店に行かないと……」


 幸いにも今日は土曜日。

 学校がある日でないし、部活とかの特別な用事とかも無い。

 身支度をして、お店の場所をインターネットで調べる。

 同じ町の中ではあったので、正確な住所を調べるだけで済んだ。


 道中、行ったことも無いのにそこのお菓子は美味しいと、謎の自信に満ちていた。

 自然と足取りが速くなり、どうしても急がなくてならないと思った。

 何でそんなに期待?

 ううん、焦らなくちゃいけないんだろう。

 何で。

 何でだろう。

 何でって、それは――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ