36.再会を呪う悪い猫
――復讐。
その言葉、行為に対して良識ある人間からすると、大概同じ言葉が返ってくる。
復讐は何も生まない、失った人はそんな事を望んでいない、仮に成し遂げても虚しくなるだけだ。
そんな如何にも貴女の為に言葉を尽くし、貴女が幸せになる方法を考えましょうと言ってくる、偽善にもならない人たちが嫌いだ。
言われなくても分かっている事を一々言葉にして、幸せになっているのはお前たちだろうと、隣人に話した時はとても愉しそうに私以上の罵倒を重ねていた。
私の幸せは二の次で、大切な人以外の幸不幸何て知った事ではない。
あの子にはずっと何時までも、笑っていて欲しいから。
復讐の引き金も、復讐をする私も、それに連なるもの全て。
大罪を犯した悪なのだから、夢から覚めた時に跡形も無く消えれば良いと、ずっと胸に抱いて悪夢を狩り続けている。
蟲毒の様に悪夢を喰らい続けて、最後に残ったアイツと私がどちらも消えれば、全てが真っ白になる。
それが私の幸せで、都合の良い我がままで、大切な家族を奪われ……奪わさせられた復讐者の望み。
だから当たり前の言葉にこう言わせて貰おう。
復讐で生み出したものなんて要らない、失った人は何も望めないし何も言わない、虚しさよりもあの子が苦しむ方がよっぽど辛い。
そう、だから。
あの子の笑顔を歪ませてしまった私は大罪人で、消えるべき悪夢で。
それなのに――
「あの……待ってください!」
先週の夢での話し合いから始まった、わたしのそっくりさん探し。
優月さんに責め立てられて思い出した、アルコールの臭いというヒント。
病弱な印象や昔のわたしも病院暮らしだったという事から、休みの日に近場の病院を回ることになったわたしと優月さん。
わたしは自分の顔を目印に、優月さんはわたしの顔写真を撮って二手に分かれて行動することになった。
わたしに似ている人がこの病院にいませんかと、職員の方に聞くのは物凄く恥ずかしかった。
事情を説明し終わるまでほとんどの人が、何を言っているんだろうこの子はという顔で見つめてくるし、終わっても空振りばかり。
そして大きな病院ではなく、個人経営の小さな病院へ足を運んだところで見覚えのあるフード姿を見つけ、慌てて両手を使って引き留めたのが今の状況。
ひんやりと冷たい片手につられて立ち止まった相手が、恐る恐るこちらに振り向く。
「……なんでここにいるの」
「もう一度会いたいと思ったから、頑張って探しました! 友達の手を借りた上でですけれど」
平日の内に優月さんがわたしたちの遊びに行った複合アミューズメント施設を中心に、病院を規模関係なく調べてくれたのが一番だろう。
駅やバスのルートとか、徒歩でのある程度の時間だとか、わたしが何を調べれば良いのか唸っている内にやってくれた。
運もあるけれど効率よく回れていたので、後でメモ代わりの地図にこっそり記されていた、小物屋へ一緒に行こうと思う。
「私は、会う気は無かった」
精一杯目線を合わせようと顔を見るけれど、目線を逸らされた上に細い声で拒絶される。
冷たい手も、視線の逸らし方も、か細い声も、どこを見ても昔のわたしに似ていて。
だからこそ、あの時の美友ちゃんのようにしたいと、熱を持つ心の言葉を口にする。
「それでもわたしはお姉ちゃんに会いたかったの!」
フードを目深にかぶって顔を隠されてしまう。
沈黙が周りのざわめきを強調し、わたしは思わず周囲を見渡す。
ここはまだ病院の中ではなく、入り口前の駐車場を兼ねた通路。
少ないが歩道を歩く人たちがこちらを一瞥し、病院から出てきた人の視線も集まってくる。
あっという間に耳まで熱くなり、わたしもうつむいてしまう。
「……はぁ」
「あの、違うんです。会いたかったのはそうなんですけれど、その」
「……こっちに来て」
弱い力で引っ張られて向かった先は、病院の中。
人の少ない待合室を通り抜けて、入院用の個室へと連れられて行く。
個室の中は長期的な入院で見られる、その人の私物の多さが見られた。
とは言っても昔のわたしみたいに限られた物ではなく、そのほとんどが本棚で、女の子といった印象よりも書庫という印象が強かった。
用意された簡易な椅子を勧められて、ベッドへ腰かけた彼女と対面で座る。
フードを降ろした彼女の印象は、やっぱり昔のわたしと瓜二つ。
成長している分、大人びている印象が強いけれども根っこは同じ。
「それで、話って言うのは?」
「えっと……」
まずどこから話せばいいんだろう。
いきなり貴女はドッペルですかっていうのも失礼だし、さっきお姉ちゃんって言ったのもやっぱりまずいよね。
だからまずは。
「わたしの名前は八重咲撫花です。その、お話というには何でわたしと似てるんだろうなー、みたいな事なんですけど」
優月さんならカマかけとかするんだろうけど、そんな器用な事はできないので直接聞くことにする。
表情に感情が出ていないけれど、首を少しひねっているのでどう言うか考えているのだろうか。
「ナデカ、ていう字はどう書くの?」
「撫でる花って書いて、撫花です」
「撫でる、花……」
少しだけ口元が緩んだ気がする。
でもそれは一瞬で、伏せた目と共にまた固く結ばれる。
「私は――」
『はいそこまでにしようか、アーリースー』
神経を逆なでる笑い声が現実だというに聞こえてくる。
猫のいない笑い声が、病院を、空間を、世界を歪ませていく。
不気味なヘドロとなって溶けては混ざり、こねくり回しては無理矢理に形を作っていく。
夢の世界で初めて見た空よりもひどく、人間の色彩感覚を狂わせに来る色合いは、悪魔的でもはや色何て見えていないのではと思うほど、暗い色から明るい色まで乱雑に、しかし決して重ならないよう塗っていく。
たった数秒で収まった気持ち悪い現象は、いつの間にか尻餅を付いていたわたしの感覚をさらにおかしくさせてくる。
それは不気味で気味の悪い、永遠と続いている廃れた立体迷宮。




