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Ωneiloss -夢の世界で変身!-  作者: 薪原カナユキ
6章 -αlice in Nightmare-
34/52

34.ネメシア

 黄色い炎で全体を照らされた部屋に、お菓子の甘い香りが広がる。

 わたしの前に出されたのは、ホワイトチョコで作られたケーキ。

 白い生クリームも合わせて、真っ白なケーキになっている。


「今日もスカイはいないんだね」

「以前の事を酷く悔いておられましたから、暫くはお姿を見せないかと」


 もう一人?のわたしと出会った日の夜に、いつも通り優月さんの夢の世界に集まったのは良いものの、ザント=アルターから二人を助けた三日後にはスカイはオネロスを探しに夢を移動している。


 ここにいるのは、わたしとメアに優月さん。

 そして傷が治って変わらずの立ち振舞いをするウートさんだけ。


「オネロスって簡単に会えるものなのメアか?」

「さてどうでしょうか。そこはもう時の運としか言えませんね。何しろ前提が、明晰夢を見た生き物ですから」

「そうなると、動物とかを連れてくるかもしれないのね」

「動物だったら馬はどうかな。スカイの翼が生えた馬とか、カッコいいと思う」


 イメージとしては白いペガサスなんだけど、スカイは機械が混ざってるから、やっぱり変わってくるのだろうか。


 もっと強くなって戻ってくると言っていたから、わたしと同じようにモルフェスが強い人を連れてくるのかな。


「スカイならミリタリー系の知識や経験がある人じゃない? 本人の経験込みでやり易いだろうし」

「アリス様とは違い、本格的な方をですか。成る程一理あります」

「そうよ。あんなトンデモ兵器じゃない奴よ」


 アリスさんの名前を出された途端に不機嫌になる優月さんは、アーモンドクッキーを頬張っていく。

 アリスさんが仲間になるとは思えないけれど、何もなければ一生彼女を恨み続けるんだろうな。


「まぁいいメア。その内スカイも戻ってくるメア」

「なるべく早い方がわたしは嬉しいな。また一緒に空を飛びたいし」

「駄目メア。まーた一夜中空を飛ぶつもりメアか」

「えへへっ……」


 むしろそれを待っているから、笑って頷く。

 全力で空を飛んでいる時は、気持ちが軽くなるから嫌なことも忘れられる。


 そう。

 夜になってもまだ、優月さんには納得して貰えていない事がある。


「それで優月さん。わたしの話を少しは信じて欲しいんだけど」

「またその話? 夢でも見たとしか思えないわよ」

「ナデカ、今度は何したメア」


 メアの何かをする前提も心が痛いけれど、ウートさんの何も言わず期待を寄せる眼差しも中々辛いものがある。


「今日ね、友達と一緒に遊びに行ったんだけど。その時に成長した昔のわたしと会ったんだけど、何回言っても優月さんが信じてくれないの」

「昔の八重咲様ですか。それはまた不可解な。私も夢を見たと考えますが、それで一蹴してしまうには問題ですね」

「ウートは考えすぎメア。基本的にぼおっとしているナデカメアよ? 寝ぼけてただけメア」

「そうよ駄犬。成長した(・・・・)昔の自分なんて、ドッペルの能力とかでも……」


 言葉が濁る優月さんにウートさんは微笑みかける。

 わたしもメアも二人の間に何が伝わったのかが分からないので、黙って結論を待つことにする。


「ええ、そこ何ですよお嬢様。現実に昔の八重咲様が成長したお姿でいる、というのが問題なのです」

「撫花、貴女が見たのは本当に昔の貴女なの?」

「似てると言うかさらに悪化してると言うか、本当に昔のわたしのままだったら、こうなってたかもって言う感じだった」

「ああもう、昔の撫花を直接知らないから軽く考えてた。柳さんや入野さんならこうならないのに」


 苦い顔をして焦る優月さんとウートさんが言うには、わたしが思っているよりも深刻な状況みたいだった。


 まず昔のまま成長した自分の姿を見るなんてことは、並行世界(パラレルワールド)だとかある前提になるので、一旦考えない事にする。

 そうなると残る可能性がいくつか出てくる。


 現実的なのは昔のわたしをコピーしたドッペルが入れ替わらずに、そのまま成長した。

 これはドッペルが夢の世界で歳をとるのなら、わたしが短い時間だけど寝てしまってそこで有った事になる。

 でもこれの問題は、メアすらいない状況で悪意があるかも分からないドッペルと会ってしまっている訳で、最悪の場合は一人でそのドッペルを相手しないといけない。


 他にもそういったドッペルの能力だとか、完全なわたしの妄想だとか。

 色々と考えつくらしいけれども、夢の世界を知っているわたしたちからすると、これが一番現実的。


「また危険な目にナデカが有っているのは分かったメアけど、もし現実にドッペルがいる場合はどうするメア?」

「それを前提に入れるかどうかが難しいんですよ、メア様。何せ悪夢(われわれ)が人間と入れ替わらずに、人となる。そんな話、実際にあるのなら当に入れ替わりの術は廃れている筈です」

「他人に入れ替わるのは自分を捨てると同義。自分のまま人に成れるのなら、そっちが良いに決まっているわ」

「皆でもう一回あの人と会えば、これって解決するよね」


 純粋に思った疑問を口にすると、他の皆が頭を抱える。


 そうだよね。

 わたししか会ったと言う人がいないから、難しい話をしているんだよね。


「……今日はもう止めましょう、この話は」

「そうですね。これ以上話しても得る物は無さそうです」

「混乱するメア。有り得なくは無い、でも有り得ないと思いたい。どっちつかずで寒気がするメア」


 テーブルの上で大の字に伸びるメア。

 ウートさんは肩をすくめ、優月さんは頭を振って話題を切り替える。


 正直わたしが分かったのは、あの人がドッペルかもぐらいしか理解できなかった。


「では今日の本題に入りましょうか、お嬢様」

「ええ。これで撫花の謎も解ければ上々ね」


 優月さんは鍵を手にして立ち上がると、瞬く間に変身する。

 ドッペルを見つけたみたいでも無いし、いったい何をするんだろう。


「撫花も変身して。今から記憶を思い出す実験をするの」

「記憶を? 何で?」

「何でも良いでしょう。何か無いの、思い出したい事」


 そう言われて思いつくのは、過去の事ばかり。

 病院で、お義父さんとお義母さんに会う前の事。


 病院の先生の考えで、何か強いショックを受けて無意識的に思い出せなくなっていると言われていた。

 昔のわたしの思い出。

 思い出してみたい、でも思い出したらわたしがわたしで無くなるような、そんな予感が体を、心を鈍らせる。


「うまく行くかは保証できませんので、八重咲様の判断にお任せ致します」

「……メア。こっちに来て」


 両手を広げてメアを腕の中に向かい入れる。

 そのまま小さく変身と口にして、部屋の中に桃色の花びらが舞い散る。


 本当なら一人でも変身できる。

 でも、メアと二人で変身したかった。

 二人なら、例え何を思い出しても怖くないと思うから。


「やってみます。何をすればいいですか」

「私もそこを知りたいから、手短に話しなさい」


 優月さんも方法は知らなかったみたいで、わたしたちの視線が集まるウートさんは人差し指を立てて説明を始める。


「やることは単純ですよ。記憶を思い出したいと強く願う、それだけです。モルフェスを使った荒療治なのでショック療法と何ら変わりはありません」


 あまりにもざっくりしすぎていて、やり方がいまいち分からなかった。

 メアの反応も無く、優月さんはウートさんの前まで歩いてくと笑顔でウートさんの足を踏み始める。

 一番痛い部分である踵では無いからか、彼も爽やかな顔で尻尾を振っている。


「ふざけんじゃないわよ」

「ふざけておりませんよ、お嬢様。夢の世界ですから、意思の力で全てを成すのは当然でしょう」

「ナデカなら余裕メアね。この中で一番モルフェスが強いメアから」

「それでもやり方がピンと来ないから、どうだろう」


 頭を撫でる感覚で、髪留めになっているメアに触れる。

 前とは違う感覚で、顔ではなく形に変わっていた。


 指でなぞっていくと浮かんでくるのは、ハートの形。

 どうやら猫が全身でハート型になっているみたいだった。

 それに加えてリボンも付いている。


「あれ、いつの間にこれ変わったの?」

「この前のドッペルと戦った時にはもうなってたメア。その腕輪の影響だと思うメア」


 ザント=アルターが作り出した変身用の腕輪。

 あまり気にしていなかったけれど、敵から貰った物を簡単に使うべきではないよね。

 悪影響は無いみたいだけど、ナイトメアみたいに発信機とかを取り付けられていたら、とても困る。


「ではお二人とも、ご自身の席へ。万が一にも気を失ってしまったら、私一人では手が回りません」

「はぁ……こんな適当な事で出来るのかしら」

「とにかくやってみよう、優月さん」


 自分のやりやすい方法で良いと言われたので、わたしは座ったまま胸元で両手を合わせる。

 教会で神様に祈るイメージで目を閉じ、ゆっくりと深く息をする。

 優月さんも腕を軽く組んでは、目を閉じたまま力を抜いている。


 ウートさんが見守る中、わたしたちはパンタスを使う感覚で意識を集中する。

 胸の奥底にある光の当たらない場所を、自分の光で照らしていく。


 赤をまとう桃色の花びらが、暗闇へと落ちては明かりを灯す。

 思い出したいのは、中学の時よりももっと前。

 美友ちゃんとはるちゃんに出会うよりも、お義父さんお義母さんに出会うよりも、もっともっと前。

 病院で目が覚めるよりも、遥か遠く――


 ――遠く彼方まで広がる、青い空が見え始める。

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