27.鍵の掛かったお姫様
黄色の炎で照らされた部屋で、私はポットで沸かされているお湯を眺める。
簡易なキッチンにはコンロが一つと、狭い流しが一つ。
ちょっとした作業をするくらいなら、これぐらいで十分だ。
この世界では火器類は全て私の力由来であるため、火の温度がいくら上がろうとも、黄色のまま。
お湯を沸かすコンロの火も、照明に使っている蝋燭の火も、薪を燃やす暖炉の火も。
「申し訳ありません、お嬢様。本来なら私がすべき事なのに」
「怪我人にやらせる訳無いでしょう。大人しくしてなさい駄犬」
椅子に座り私の作業を眺めているウートが、突然謝ってくる。
アリスとの戦闘の時に深手を負った上に、ザント=アルターの出現で意識を失ったせいで、より深刻になり傷の治りが悪くなっているらしい。
その為、普段とは違い執事服を緩く来ているウートは、体の各所に包帯を巻いている。
ドッペルである彼に意味があるのかは不明だが、気休めにはなっている。
「懐かしいですね。こうしてお嬢様のお茶を頂くのは。何時ぶりでしょうか」
「そうね。アンタが執事物にどっぷり漬かったのが、会って二ヶ月目ぐらいだから四ヶ月ぶりじゃない?」
「もうですか。早いものですね」
アリスに初めて痛い目を会わされた後、主を守れない駄犬に知恵を下さいと言われたので、現実世界の本やら何やらを持ち込んだのが、事の発端。
元々は自然発生のドッペルだったウートは、特に現実の娯楽に没頭し、その中でも主従の関係を築いた執事という概念を痛く気に入ったのだ。
主に仕えるというのが良かったのか、それとも私の変身時の姿からこれが良いと思ったのか。
やたらと主のお世話を執事に成り済まし、幾度の経験を得て今に至る。
世話をしてばかりの私に尽くしてくれるから、ついそれに甘えてしまったのが拍車をかけて、今となってはお嬢様扱いはやぶさかでは無い。
「私は、もうてっきりこの世界には来ないと、思っていたのですが。再び会う事が出来て嬉しく存じます」
「撫花のせいよ。あの子が無茶をするから見てられないの」
「八重咲様ですか。確かに、不安の多い方です」
沸いたお湯を茶葉の入ったティーポットへ移していく。
ウートの言う通り、もう来ることは無いと思っていたのに、今こうして彼と会話している。
心が折れなかった訳ではない。
幾つもの欠片になった物を、撫花という刀匠が一度溶かして打ち直した。
そんな感覚で、以前とは違う思いが胸の中で泳いでいる。
頼まれたからやる訳じゃない。
アイツへの反発でもない。
私が、あの子の側にいて転ばないように支えてあげたい。
たったそれだけなのに、ここにいる。
「ですが、あの前向きさは目を見張る物があります。諸刃の剣であるのに無我夢中で振るう、蛮勇の使徒。従者としては、実に支えがいがあります」
アンタは私の従者でしょうが、とは言わない。
思っても、これを言うのは私ではない気がした。
お湯を満たしたティーポットを持って、彼の隣へ座る。
パンタスで月の意匠が彫られた懐中時計を作り出して、紅茶が蒸れるのを待つ。
隣で顔が緩むのを我慢しているウートに、腹が立つ。
「何よ」
「いえ。こうしてお嬢様と並んで座るのも久し振りなもので、つい」
「あっそう、そうだったかしら」
少しずつ時が刻まれる。
やけに時間が経つのが長く感じ、いつもはしない前に持ってきている束ねた髪を弄ってしまう。
覚えていないけど、友達から貰った大切なヘアゴム。
触っているとウートと初めて会った時に、解けたヘアゴムを結んでくれた事を思い出す。
あの時は落としたゴムを拾ってくれたウートと契約して、私を襲ったドッペルを倒したんだっけ。
(……馬鹿じゃないの)
このヘアゴムが、皆と繋げてくれる。
そう思えるほど大切な人には会っているけど、あまりにもメルヘンチックで夢見る少女の考えで。
(それなら、あの子に会えないのはおかしいじゃない)
涙を拭って髪を結ってくれた、顔すら朧気なあの子。
残っている印象が、どうしても撫花と面影が被ってしまう。
それでも、似ていると思うだけ。
「本当、馬鹿みたい」
「そんなに酷い顔をしていますか。今の私は」
「ええ、それはもう」
ウートの顔より私の思いが馬鹿馬鹿しい。
これではまるで、名前も知らない王子を待つ、箱入りのお姫様ではないか。
そう思い耽っていると時間が経ち、澄んだ色の紅茶を用意したティーカップへ注いでいく。
湯気と共に茶葉の香りが沸き立ち、部屋の空気が一変する。
「ねぇ、ウート」
「何でしょうお嬢様。お嬢様の紅茶の感想ならば不肖ウプウアウト、一夜では足りぬ程語らせて頂きます」
「私のこのヘアゴム、友達から貰ったって言ったわよね」
「ええ、存じております。それに込められた想いが、変身のお姿であるとまで私は考えております」
彼の視点から見ても、王子を待つお姫様に見えるらしい。
なら彼の立ち位置は姫に付き添う執事、か。
随分と美味しいところね。
「これを貰ったときの記憶って、オネロスの力で何とか思い出せないかしら。もしくはアンタが私を一時的にコピーするとか」
「中々に恐ろしいことを思い付きますね。でしたらモルフェスを高めるのが一番かと」
「どうしてよ」
「意思の力は不可能を超えるものです。八重咲様が良い例ですね。ですので、思い出したいと強く願えば或いは」
待っているだけでは駄目、か。
会いたいのなら、靴を脱ぎ捨ててでも王子を探せと。
「ならそれを試すのは、目の前の事を終わらせてからにしましょうか。撫花も思い出せないことがあるみたいだし、丁度良いわ」
「御心のままに」
そうなれば、確認することが一つある。
私自身は彼の容態を詳しくは知らない。
どこまでも傷が癒えているのか、どの程度動けるのか。
「怪我、治っていないのなら無理しないでよね」
「お嬢様の命あらば、これしきのこと無傷同然です」
澄ました顔で言ってくるので、軽く体をつついてみる。
怪我人にこれはご法度だが、嘘を吐かれても困る。
「本当に?」
「……流石はお嬢様。変わらず絶品です」
脂汗を流しながら紅茶を口に含み、感想を述べてくる。
どうやらまだ無理なようだ。




