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Ωneiloss -夢の世界で変身!-  作者: 薪原カナユキ
5章 -金月が煌めき花咲き乱れる-
26/52

26.撫で斬り虫

 背筋に寒気が走り、目が覚める。

 冷や汗を流しながら起き上がったわたしは、またいつものだと抱いた安心感とは別に、止まらない恐怖心を抱く。


「夢の世界だけどこれって……」


 美友ちゃんたちと別れた後に、眠りについてまたいつもの夢の世界へ来たのは分かる。

 優月さんの世界では誰かの夢の世界。

 それは良いのだが、言い様のない身の危険をずっと感じ続ける。

 ウートさんどころか優月さんすらいないのも、前にあったスカイと似た状況だと考えれば納得できる。


 それでも、ここまで嫌な感覚を持ったことは無かった。


「ドッペルが関わっているのは確実。だけどこの世界はひどすぎる」


 お菓子の人の世界以上に、目が慣れることが無い。

 空は朝と昼と夜が混ざり合い、青と赤と黒が同時に浮かんでいる。

 星も月も太陽も、数え切れない程に光を見せている。


 地面も同じ。

 現実世界の環境が全て集まっているのか、緑覆い茂る豊かな大地からコンクリートの舗装された道。

 果てには荒れ果てた砂の大地まで揃っている。

 そこから生える建物たちも、一見都心部のようにビルが立ち昇っていると思ったら、規則性なく古今東西の建物が張り付けられている。


 どこを見ても出来の悪すぎる、世界がパーツになったパズル。

 一つ一つは何かを見いだせるものだとしても、それを何も考えずただ繋ぎ合わせている。

 あれもこれもと手当たり次第に取り付けた、芸術性の欠片もない子供以下の世界(パズル)


「どうすれば、こんな世界になるの」


 今までに出会ったことのあるドッペルは、最低限の統一感はあった。

 優月さんの世界も現実に寄っている分、馴染みやすい。


 だけどここは、バラバラなのがまとまっている事なのだとばかりに、一つ一つを主張してくる。


「どうしよう、優月さんがいないままドッペルに会ったら、やるしかないんだよね」


 今回はしっかり右手首にはめられたリングをさする。

 一応プーケさんから使い方は教えて貰ったけど、実際にできるかはまだ試していない。

 仮にできたとしても、メアのいないわたしがドッペルを相手にどこまでできるかは分からない。


「とにかく。動かないと」

「――それは困るなぁ、オネロスさんよぉ」


 心をはやらせる羽音が空から降りてくる。

 それはわたしよりも数倍大きい、世界と同じ色がバラバラなカミキリムシ。

 体の質感から良く言えば教会とかのステンドグラス。

 あくまで良く言えば(・・・・・)なので、はっきり言ってめまいがする色合いをしている。


 聞こえてくる声は、男の声。

 何故かこれだけは何も混ざらずに、素の物が聞こえている。


「これで五人目。ようやく出会えた上玉だ。相手がオネロスだろうが逃す気はねぇよ」


 元々オネロスだと分かっていてわたしをここに連れて来たのか、それともここまでの動きでそうだと分かったのか。

 どちらにせよ、スカイとは違いドッペルになったばかりの人ではなさそうだ。


「つぅー訳で、いただくぜぇアンタの体」

「――……まさか」


 世界に風が巻き起こる。

 歪の町中から数え切れない虫たちが彼の下に集まっていく。

 この嵐の大群の中に何千何万の種類がいるのだろうか。

 虫たちはやがて黒いうごめく塊になり、どんどん圧縮されていく。


 せめぎ合う音が、気持ち悪く響いている。

 こんな光景、虫が嫌いな人が見たら良くて気絶、最悪の場合ショック死してしまうのではないか。


「どう? 姿を映されるのは初めてかしら、オネロスさん」


 人間大にまで縮んだ黒い塊は、色とりどりの虫の羽を散らして解けていく。

 その中から出てきたのは、わたし自身。

 寸分たがわない、今のわたしの姿。


「――へん」


 勝ち誇った顔をするドッペルの足が地面に着くや否や、わたしは右手を握って力を入れる。

 メアと一緒にいた時の、あの変身をした時の姿をイメージをして桃色の光を放つ。


 はずだったのに、わたしの言葉は聞こえた羽音に掻き消される。

 目の前のドッペルが歯を見せて嬉々としているのが、理解できない。


「させねぇよ、ばーか」


 わたしの見た目で、わたしの口から、わたしが言ったことも無いような言葉が飛び出る。


 いつまでもわたしの姿が変わらない。

 何でと思い右手を見ると、想像を絶する現実が押し寄せてくる。

 痛みは無い。

 だけど、頭が痛いって叫んでくる。


「――きゃぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!」


 叫ぶしかできなかった。

 足に力が入らなくなり、必死に頭が現実を否定しても、視界の端にそれを捉えてしまい嫌でも分かってしまう。


 わたしの右腕の、肘から下が無くなっている。

 はるか後ろの方には、リングがはめられた腕。


「良い声で啼くじゃねぇか。おらぁ!」

「……っぅ! はなっ……ぐぅっ!」


 しゃがみ込んだわたしを、ドッペルが顔を蹴り飛ばして来た。

 それだけじゃ飽き足らずわたしのお腹の上にまたがり、さらに殴ってくる。


 ドッペルだからか、普段のわたしの見た目ではだせない力を出してくる。

 表情も声も、わたしがしたことの無いものばかり。


 必死に違うと思っていた考えが、どんどん近づいてくる。

 ドッペルの目的はわたしだ。

 わたしと入れ替わろうとしている。

 しかもお菓子の人やテンシさんみたく、同意を得ようとするのではなく無理矢理に。


「んじゃぁ、せっかく手に入れた体だ。壊れるまで楽しもうじゃねぇか。なぁ、こんな良い体なんだ。持て余す訳にはいかねぇだろ」

「――ぁっ……かぁっ……」


 左手で首を絞められる。

 ドッペルが何を言っているのか分からないけれど、顔の痛みなんかどうでもよくなるほど寒気がする。

 これから何をされるのか。

 その嫌な顔のまま、わたしの体と心を奪うのか。

 今までのドッペルを相手にしたときは、どうなっても仕方ないかもしれないと思っていた。


 でもこれは、絶対に嫌だ。

 受け入れられない、離して欲しい。

 それだけは駄目だって、わたしの心が泣き叫んでいる。


「これは悪夢なんだぜ、ガキ。せいぜい啼き叫んで俺を楽しませてくれ」

『そうそうこれは悪夢なんだよね。だからお前が哭き喚けよ』

「はぁ?」


 覚えのある声と仮面が突如眼前に現れる。

 どこから来たのか、トランプも暗い炎も無く表れた笑う仮面。


 ナイトメアの仮面がわたしとドッペルの間に割り込んできた。


『こんばんは悪い夢を見ているかい、ふふっ』

「何だこいつっ」

『バァン。何てね何てね』


 立ち上がり後ろへ遠のこうとしたドッペルの左肩を青い光が貫く。

 銃声を真似するナイトメアはそのまま炎に包まれて消えていき、代わりに連続して本物の銃声が何度も聞こえてくる。


「ゴホッ……ゴホッ……」

『危ないねーナデカちゃんはー。夜を一人でうろついて自分のコスプレした人に犯されそうになるとか。気を付けないと駄目だよ駄目だよ』


 銃声混じりに声が近づいてくる。

 残っている左手で痛む喉を押さえながら、視線を声に移すと相も変わらず無言で引き金を引くアリスさんがいた。

 こちらを向く様子はなく、ひたすら彼女の銃弾を避けるドッペルへ青い光を撃ち続けている。


 そんなアリスさんがわたしの隣で立ち止まったかと思うと、空いた左手でポーチからダイヤのトランプを取り出す。

 燃え始めたトランプの柄がわたしの足元に写し出され、すっぽりと収まる大きさへ青いダイヤが広がる。


『死にたいならそこから出ることをオススメするよ。アレはアリスの獲物だからあげないけど』

「いらない。……あと、ありがとう」

『にゃはは、ニャハ。気持ち悪ねぇ駄目だよ、悪魔にお礼は罵倒でなくちゃ』


 お礼を言って損するとか、ナイトメアには本当に悪口が誉め言葉になるんだろうな。


 その間に一旦銃撃を止めてクラブのカードを銃にセットしている。

 どうやらナイトメアが勝手に名前を言っているだけで、その必要はないみたいだ。


 対して銃撃が止んだわずかな隙に、ドッペルは全身から青い光を漏らしながらアリスさんに叫ぶ。


「ふざけんなよこの野郎! てめぇアレか。"死神"って奴か!」


 世界が羽音を鳴らしてざわめく。

 ドッペルの背中から身長を超える羽が生え、全身には羽根と同じ模様が浮かび上がっていく。

 わたしの姿はいとも容易く引き裂かれ、またしても巨大な昆虫が姿を現す。


 始めに見たものとは違い、歪な容姿の昆虫がアゴを鳴らす。

 頭はカミキリ虫のままだけれど、お腹は毒液の垂れる蜂の物。

 前足辺りからは別でカマキリの前足が生え、後ろ足はバッタの物なのかやけに大きい。

 残りの足もカブトムシとかと同じ物でがっしりしていてる。


『正真正銘の悪夢狩りがお出ましとは。おもしれぇ、その面ぁ拝んでやるよ!』


 アリスさんがいる。

 それだけなのだが、さっきまで胸の中にあった不安感が一気に消え去った。

 わたしにしたこと、優月さんにしたこと。

 忘れてはいないけど、あの力を目にしているからこそ、彼女に守られている時の安心感がとてつもない。


 砂の魔人(ザント=アルター)とは違う。

 こんな凸凹な世界を作るドッペルに、アリスさんが負けるわけがない。


 そんな期待はわたしに余裕を与えて、考えていなかった右腕に意識が向く。

 痛くないけど、違和感しかない。

 絶対に断面は見れないし、無いところ自体も見たくない。


『治癒は自分で勝手にねー、アリスにそんなもの無いからー』

「無いって、どういうこと」


 トランプのカードが能力に対応しているのなら、見たことが無いのは後はハートだけ。

 スペードが武器を出して、クラブが炎とか氷を出す。

 ダイヤが防御なら、残りのハートはイメージだけど回復な気がする。

 それを使わないではなく、そもそも無いというのはどういうことだろう。


『そーれーはー――』


 羽を広げて高速で鎌を振るってくるドッペルへ、銃声が鳴る。

 青いスペードのマズルフラッシュを出し、伸びていく光は当たる直前で避けられ、右の鎌が胴体へ迫る。

 ナイトメアの声が銃声でかき消されたけれど、そんなことを考えている場合ではない。

 アリスさんが上に避ける前提で、慌ててしゃがみこむ。


 けれどもそれは徒労に終わる。

 揺れる尻尾が炎を噴き出して鎌を切断する。

 向かってくるドッペルの口も手間が省けたとばかりに、わざわざ噛まれた上で左手を使い地面へ叩き付ける。

 動くこと自体が無駄だとばかりに、一方的な暴力を振るう。


 噛みついていた歯が離れて自由になったアリスさんは、彼の頭を踏みつける。

 地面へさらにめり込んだ所を見ると、相当な力で踏んでいる。

 今度はスペードのカードを銃にセットすると、空へ向けて引き金を引く。


 歪な空から青い雫が数滴、落ちてくる。

 それは雨なんて優しいものではなく、彼女の持っている銃同様に青い意匠の剣たち。

 それもドッペルに合わせてか巨大で、次々と突き刺さっては地面へ固定していく。


『グァァァァァアアアアアアアア!』

『五月蝿いな奴だなまったく。アリスぐらいには静かになれよ塵が』


 ナイトメアの考えとは違うのだろうけれど、クラブのカードをセットするアリスさんは、そのまま頭に銃口を向ける。

 ためらいも、ましてや言葉をかけることなく銃口が光る。

 全身が暗色の炎に包まれて、ドッペルの声も次第に途切れていった。


『俺はただ……理想の……美しさに……』

『それは良かったねー全然知った事じゃない。消えろ害虫』


 どこまでも口が悪いナイトメアに、アリスさんは何も言わない。

 興味がないのか、それとも思う部分があるのか。


『さてさてさて、ナデカはいったい何故ここにいる? あのお姫さんはどうしたのかなー?』

「言わない。助けてくれたのはアリスさんだから、貴女には言わない」

『まぁどうでも良いけどね。アリスは何かあるー? 無いならさっさと帰しちゃえばこの子』

「えっ……帰してくれるの?」


 意外な言葉に声が漏れる。

 二回会ってどちらもひどい目に会わされているから、今回もそうなると思ったのに、嬉しい誤算だ。


『私はまだまだやった方が良いって言ったのに、アリスが怒るんだよ。なぇナデカ、酷いと思わない?』

「ひどいのは貴女だから」


 理由が分からない。

 確実に味方ではないと思っていたのに、アリスさんの印象が余計に分からなくなる。


 敵でもなく、味方でもなく。

 無口で強くて、わたしたちに何もしなければ安心感すら覚える人。


「アリスさんは、いったい何なの?」


 返事は帰ってこない。

 銃は仕舞われ、足元にあるダイヤも消えている。

 彼女はずっと燃えているドッペルの体を見つめて、こっちを向こうとしない。


 疑問が沸き上がる。

 こうして何もなく声をかける機会がなかったのもあり、止めどなく言葉が漏れ出してくる。


「本当の名前は? どうして話してくれないの、何で仮面を外さないの。わたしと優月さんひどい事をしたのは、ドッペルを倒すのは何で」


 まとまりなんて知らない。

 わたしが求めている答えが返ってくるとは思っていないし、そもそも答えてくれるとも思っていない。

 それでも聞きたい。


 彼女はどうしてオネロスをやっているのかを。


「いったい、何がしたいの」


 死神と呼ばれている時点で、多くのドッペルを倒しているのが分かる。

 その実、わたしが見たことあるのは戦いでは無く淡々とした作業。

 現れた時にはドッペルたちの終わりが決まっている。

 さっきもそう。

 彼女はドッペルの攻撃を一度も避けず、その上で無傷だった。


 それは想いの力であるモルフェスが強い証拠であり、それほど強い意思を持ってドッペルを倒しているのだ。

 けれど彼女の戦いからは熱を感じない。

 感じるのは、冷たくて鋭い刃のように純粋な敵意。


 語らない、早く消えて欲しい、相手の想いなんて知った事じゃない。

 いることが、ただただ許せない。


 そんな彼女がようやくこっちを向く。

 体は向けず、顔だけ。

 三つの赤い三日月が、無理をして笑っているみたい。


「復讐」


 ぶっきらぼうに吐き捨てるアリスさんは、クラブのカードを取り出す。

 青い炎に焼かれるカードが灰に還るほど、わたしの意識が重くなっていく。


 復讐。

 その一言は、彼女の冷たさの中に隠せないぐらいに、熱く燃え盛っていた。

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