21.花を奪われたその先に
「やっぱり最近の撫花は変だよ」
「そうは言っても、カナデ自身は何も言わないからね。嘘は下手でも、口は固いから」
自分の部屋で勉強ついでに、スマートフォンのアプリではるに通話をかけている美友は、ここ数週間の撫花の言動へ疑問を口にする。
机に向かいノートと教科書は開かれてはいるが、進んでいる様子は無い。
対して、はるはベッドの上で膝を抱えて本を読んでいる。
スマートフォンは側に置き、視線を本へ落としたまま美友に返事をする。
「特に明日見さんと仲良くなってからだよ。家でバイトとかお泊まりとか。一気に距離が近くなったと思ったら、今度はブルーなんちゃらを見に行きたいとか言い出して」
「ブルーインパルスね。その辺りは明日見さんの人柄とか性格とか、カナデとは気が合いそうだったし」
はるは一枚ページを捲る間に、何か美友言うのを待つが、何も言わなかったので続ける。
「やけに空がらみの事に興味を持ったのは、理由自体はどうでもいいでしょう。あのカナデが、人助け以外の趣味を見つけられそうなんだから」
「その言い方はずるいよ、はる」
「でもまぁ、気になるのは私も同じ。だって……」
言いかけた言葉を、はるは閉じた本の音で無かった事にする。
「明日、本人に聞きましょう」
「結局それしかないか」
改めてはるの言った言葉に、重いため息を吐きながら美友は通話ごしに頷く。
*
アリスとナイトメアとの再会、そしてザント=アルターの襲われた日から数日。
いくら眠ろうとしても、眠りが浅すぎて起きてしまい、わたしは一度も夢の世界に行けていない。
どんなに寝不足でも、眠くなると思い出す。
何もできなかったあの夜を。
食欲も湧かないし、何も思い付かない。
すぐにでもメアとスカイを助けにいくべきなのに、何をやればいいのか分からない。
学校があるから仕方なく歩くけど、本当はずっと部屋にいたい。
「……はぁ」
「本当に見てられないわね、カナデは」
「……美友ちゃん?」
振り替えると、不機嫌な顔の美友ちゃんがいた。
普段の呼び方ではなく、昔に呼んでいたあだ名でわたしを呼ぶときは、大抵が怒っているときだ。
理由はいつも同じ。
また、昔のわたしに戻りそうな時。
「朝っぱらから目に隈つくって、また寝てないんでしょう」
「寝てるよ。よく眠れないだけ」
嘘は言っていない。
でも美友ちゃんは納得するはずも無く、わたしの今の状態を問い詰めてくる。
「ずっと下を見て口を開いたら後ろ向きな事ばかり。歩幅もいつも以上に短くて、歩く度にふらついてる。目が死んでる上に、泣き跡と腫れた目。まだまだある」
どれもこれも、昔から言われているネガティブなわたしの事ばかり。
「今日こそは何があったか言って貰うわよ。さっさと降参してその固い口を開きなさい!」
頬をつまんで伸ばしてくる美友ちゃんだけど、言えるわけがない。
言ってしまったら、巻き込んでしまう。
美友ちゃんも、はるちゃんも。
わたしが何もできないのは知っているから、わたしの後に着いてきてしまう。
だから、絶対に言えない。
「何も、何もないよ。美友ちゃん」
「ちゃんとこっちを見て――」
「はいストップ。そこまでだよ美友。離れて離れて」
遅れてやってきたはるちゃんのお陰で、わたしから美友ちゃんが引きはがされる。
少し痛い頬をさする。
これが何も感じなくなったら、いよいよあの時に逆戻りだろう。
「ちょっとまだ聞けないから、離してよはる」
「美友もそろそろ学んだ方がいいよ。何回そうやって考え無しに突っ込んでいって、カナデと拗れたと思ってるの」
「それは……」
口ごもる美友ちゃん。
そんなことないよ、とわたしははるちゃんに言いたいけれど、そんなのは時間の問題だと思う。
夢の世界のことを話さないわたしに、美友ちゃんは相当イラついているし。
はるちゃんも今はそっとしておいてくれているけど、これ以上続くようなら絶対に関わってくる。
美友ちゃんとは違って、しっかり調べてくるだろうから、優月さんにも聞きに行くだろう。
「カナデも。話したくないのなら、せめて何も問題ないって胸張りなさい。問題あります助けてくださいって顔すれば、そりゃあ美友が来るに決まってるでしょう」
「その言い方だと、あたしが困ってる人全員を助けに行ってるみたいじゃない」
「昔は似たようなものだったでしょう」
(昔……)
入退院を繰り返していたわたしに、声をかけてくれた美友ちゃんとは何度も喧嘩をしたのを覚えている。
大切なことだったり、つまらないことだったり。
ほとんどがわたしが無理とか嫌だとか言って、美友ちゃんがそれを無理にでも引っ張っていこうとする。
その日別れた後は、はるちゃんがわたしたちの話を聞いて、仲を持ってくれた。
何度も別れては繋がって、本当に好きだから教えたくない。
それだけは、伝えたい。
――伝えよう、この想いを。
「美友ちゃん、はるちゃん」
「あー、そのねカナデ。あたしはまたカナデに戻って欲しくないから、少しでも役に立とうと思って」
「美友」
はるちゃんが美友ちゃんの口を塞いでくれる。
今声を出したらかすれてしまいそうだから、無理にでも笑ってお礼を言う。
一番疲れるのははるちゃんのはずなのに、最後は笑ってそういうことかと言ってくれる、大切な友達。
「落ち着いたら、優月さんと一緒にちゃんと話すから。今は、今だけは。今……だけは……」
二人に伝える言葉が見つからない。
信じても、見ていても、安心しても。
どれもこれも空っぽで、重さが無くて、わたしの言いたい言葉じゃない。
「……美友。ここは黙って学校に行くよ」
「ちょっと今度は何!?」
わたしと美友ちゃんの間に割り込むはるちゃんは、わたしたちの背中を押す。
「明日見さん関連なら、もう少し様子を見てあげる。でも長引くようなら、二人共々しっかり吐いて貰うから」
不貞腐れる美友ちゃんをおいて、はるちゃんはわたしに最後の通告をしてくる。
眼鏡ごしに見える目は、冗談ではないことを物語っていた。




