ブラックロータス
さて、そんな感じで買い物を終えた俺たちが戻ろうとしている途中のこと。ふと一軒の店の前で言い争う人がいるのが見えた。片方が格式高そうな黒いローブを着た男と女、もう一人は異民族と思われる踊り子のような露出の多そうな服を着た女だ。
「私が先にこれを買おうと思っていたんです」
踊り子女が涙目になりながら、目の前の結晶を指さしている。が、黒ローブ男はそれを見下すような目で見る。
「俺たちは黒魔術師だ。お前みたいなよく分からない魔法を使う奴らとは違う」
「そう、黒魔術は今この世界で最も洗練された魔術。黒魔術の研究を進めることこそが魔術全体の発展にもつながるのです」
女の方は男の腰巾着っぽい雰囲気がある。
「だからといってこれは私が先に買おうと思ったの!」
それでも踊り子女が譲らないので、黒ローブ男はぎろりと店主を威圧する。
「おい店主、どっちに売るか分かってるよな?」
そんな光景を見て、ねえ、とイリアが俺の袖を引く。そして目で何かを訴えかける。だが、介入する前に一つだけ確認しておくことがある。
「黒魔術は最も洗練された魔術なのか?」
「……そんなこと言ってるの黒魔術師だけよ。魔術師の中では」
つまり魔術師以外はみんなそれで合意してるのかよ。
「それはさておき行くわよ、黒魔術が一番洗練されているなんて聞き捨てならない」
イリアは相当お冠のようだ。俺はどちらかというと彼らの横暴に対して苛ついているんだが。
「文句言うのそっちかよ。でもイリアが注意を引いてくれるなら助かる」
「何だ? お前たちは」
男は不愉快そうに俺たちを見る。が、イリアは毅然と言い返す。
「何って魔術師で一番洗練されてるのは錬成師よ。他の魔術師はどうしても戦闘することに重きを置いた研究になりがちだけど、錬成師の本分はアイテム作成だから、じっくり自己及び魔術と向き合うことが出来る。だから洗練度合いで言えば他の比ではないわ。それに比べれば他の魔術師はみんな同じ。諦めて先着順で済ませなさい」
イリアは今まで聞いたことのないような早口でまくしたてた。が、それを黒ローブ男は一笑に付す。
「はあ? 錬成師? あんなの魔術師よりも鍛冶師とかに近いじゃねえの?」
「は? 私はちゃんと魔術師から成人の儀で進化したけれど? 大体この私を馬鹿にするっていうことはそれ相応の知識持ってるんでしょうね?」
すると今度は黒ローブ女の方が憤慨する。
「へえ、このブラックロータスの我らよりも魔術に詳しいと? そんなこと言ってただで済むと思っているのでしょうか?」
もはやただのマウントの取り合いになってるんだが。よく分からない揉め方をしているがこれはチャンスではなかろうか。幸い、揉めていると思われる物(何か水晶の結晶みたいなもの)は踊り子風の女性が持っている。
「おい、イリアが奴らの注意を惹きつけているうちにここを離れようぜ」
「あ、ありがとうございます?」
何かブラックロータスとかいう謎の組織名が登場しているがとりあえず無視することにした。俺はイリアと違って変なプライドがある訳でもないしな。
「そっちこそそれだけ啖呵を切ってただの情弱だったらブラックロータスとやらもお里が知れるというものだわ」
「貴様、この私を侮辱するだけでなくブラックロータスまで侮辱するとは生きてこの街を……」
何かやばいことになりそうだけど本当に惹き付けてくれてるだけなんだよな? この後面倒なことになったりしないよな? 俺は不穏な予感を胸に抱きながらも彼女と一緒にその場を離れ、少し離れた喫茶店的な店に入った。
席につくなり彼女は顔を真っ赤にして、恐縮したように何度も頭を下げる。
「ありがとうございます、助けていただいて。ですが悪いことは言いません、私この水晶を渡すので一緒に謝りに行きましょう」
しかし彼女はそう言って俯いてしまう。
「何でだ? 水晶、大事なものなんだろう?」
「はい……でもブラックロータスはこの街で一番実力がある黒魔術師のギルドです。旅人の方ですよね? 知らないのもご存知ありませんがブラックロータスを敵に回してはこの街では生きていけません。あちらの女性の方も生きて街を出られないかも……」
そう言って彼女は肩をぶるぶると震わせる。うおおおお、やっぱり面倒なことになってるじゃねえか! 俺は恐る恐る尋ねる。
「そんなやばいのか?」
「はい、やばいです」
即答で断言される。まじか。とはいえ、“深緑の双葉”を結成してまだ一回しか冒険してないのに、こんなところでよく分からない上にいけ好かない集団に頭を下げる訳にはいかない。
「じゃあ、ちょっと助けに行ってくる」
「え、私のためにそこまでしていただいては……」
「俺とあいつはお互い単体だと何の役にも立たないけど、二人そろえば最強なんだよ」
ごめん、多分イリアは一人でも役に立つ。
「なんと……でしたら是非ブラックロータスに一泡吹かせてください! 多分黒魔術師以外のこの街の魔術師はみんなそう思ってます!」
俺の言葉を聞いた彼女の目に希望の光が宿る。そんな彼女の声援を受けて俺は先ほどの現場に戻る。すると今にも殴り掛かって来そうなぐらいの闘志を顔に出したイリアが俺を見て手を振る。
「あ、ちょうどいいところに来た。明後日あの二人と観衆の前で魔術対決することになったから」
「は?」
何を言っているのかさっぱり分からないんだが。
「私が知識部門でロアンが実技部門ね」
「俺がいない間に段取りするなあああああああああああ」
こうして俺の知らないところで俺は退路を断たれていたのであった。