庶民派王子
「という訳でこれから宮廷魔術師メリアを調べに行くわ」
「おい、まさかそのメリアっていう奴を倒すのか?」
「え? そんなことしないけど」
イリアがドン引き、という表情で俺を見つめる。俺もメリアを倒すと言われたらそんな顔になるけどなんか納得いかない。先生が身を挺してまで阻止しようとしたのだからてっきりそのくらいするつもりなのかと思っていた。
「でも何か問題ある手段を使うんだろ? そうじゃなかったらわざわざ先生を倒す必要もなかった訳だし」
「ただ家に侵入して禁忌魔術を使用した痕跡がないか調べるだけよ。禁忌魔術の証拠があれば一発逮捕だし。とりあえず捕まりさえすれば陰謀は止まるから」
確かに単純明快な解決法ではある。まあ、宮廷魔術師ほどの人物をぼこぼこにして吐かせるよりはその方が気楽か。あれ? 宮廷魔術師ほどの人物の家に侵入して禁忌魔術の証拠を掴むのは可能なのか? とはいえ、とりあえず家に行ってみるのはただか。そう思って俺はイリアについて歩いていく。
魔法学園から離れて王都の喧噪の中に戻っていくと、途端に往来が増えて息苦しい。さびれた村で育ったこともあって人混みは苦手だ。歩いていくと、そんな人混みの中でもさらに人だかりが出来ているのが見える。
「何だ?」
よく分からないがとりあえず歩いていってみる。冒険者に一番大事なのは好奇心である、という言葉もある。見ると人だかりの真ん中では一人の平民と思われる少年と、貴族と見られる男及びその取り巻き二名がにらみ合っていた。
「なぜ世の中がよくならないのか分かっているのか? お前たちのような金持ちがずっと権力を握って自分たちだけがいい思いをするような政治をしているからだ!」
少年は貴族たちを指さすと唾が飛び散らんばかりの勢いでまくしたてる。
「おいおい、俺たちは生まれた時から権力を持つべく教育を受けてるんだ。お前たち平民とは違うんだよ」
「そうだそうだ!」
貴族男の言葉に頭の悪そうな取り巻きも同調する。貴族男はともかく、あいつらは教育受けてなさそうだな。俺は隣の野次馬に何があったか聞いてみる。
「あの少年が街中で貴族批判の演説をしてたんだよ。そしたらあいつらが出てきたって訳さ。いいぞ、頑張れ!」
当然ながら庶民の野次馬は少年の肩を持っていた。他の野次馬たちもおおむねそんな感じの雰囲気である。
「残念だが、この国では貴族を侮辱することは犯罪だ。これ以上演説を続けると言うのであれば法にのっとって逮捕しないといけないな」
「そんな脅しには屈しないぞ! 皆も聞いて欲しい! こいつらは自分たちが都合のいいように法律を作り、ずっと権力と富を独占している!」
「そうだそうだ!」「死ね貴族!」「金をよこせ!」
盛んに野次が飛ぶが貴族は動じる気配はない。これが生まれながらの貴族の余裕とでもいうのか。
やがて数人の武装して槍を構えた兵士たちがぞろぞろと歩いてきた。意気軒高な野次馬たちもさすがにひるんで道を開ける。
「そこの者! お前を貴種侮辱罪で逮捕する! 大人しく手を挙げて膝まづけ!」
「何だと!? ふざけるな貴族の犬め!」
が、少年はひるまなかった。そればかりか群衆の方を指さして絶叫する。
「お前たちもそう思うだろ? こんな世の中は間違っている!」
が、野次馬は静かに兵士たちから距離をとる。所詮野次馬は野次馬であり、何かを期待してはいけないということだ。少年はそこのところを勘違いしていたのだろう、やってくる兵士たちを見て青ざめている。
そんな光景を見て俺は思わずポケットに手を突っ込む。
「ちょっと、今はこんなことに首を突っ込んでる暇はないでしょう」
すると俺の意図を察したイリアが俺の手を抑える。もしごたごたになれば事情聴取やら何やらで時間を浪費することは避けられないし、捕まってしまう可能性も十分にある。得策ではないのは分かっていた。
「だけど……」
「私たちは冒険者。魔物や事件を解決するのが仕事よ。それに冒険者がそれぞれの心情で政治に介入し始めたら大変なことになるわ」
「そうだよ、ここは僕に任せてくれ」
不意に謎の男が俺たちの横を通り過ぎていく。誰だ、という間もなく男は俺を制して前に歩いていき、野次馬が割れてそいつは兵士たちの前に出た。服装こそ平民風だが、その目には鋭い光があり、存在するだけで場を圧するような貫禄がある。金髪碧眼に整った顔立ちで肌も俺のような平民と違ってきれいである。
「まあ待て。その少年は僕が直々に教育してやろう」
男はこんな状況だったが一切慌てず、むしろなだめるように言った。彼の言い方や立ち居振る舞いにはそこはかなとなく上から目線の雰囲気がある。
「だ、誰だ」
兵士の一人が槍を向けるが先ほどまでイキっていた貴族はその人物を見て顔面蒼白になっている。貴族の彼が恐れるということはよほどの人物なのだろうか。
「おいおい、王族に槍を向けるのは貴種侮辱罪に当たるんじゃないのか? もっとも僕はこんな法律なくなればいいと思っているけどね」
「な、お、王族!?」
「そう。僕は第三王子ウィリアムだけど。逮捕されたくなかったら帰った方がいいよ」
「ひぃっ、大変失礼いたしました!」
兵士たちは蜘蛛の子を散らすように帰っていった。最初の貴族も野次馬に紛れて姿を消す。最初の少年はウィリアムを見ると感謝と悔しさが混ざった表情で彼を見つめる。そんな少年をウィリアムは鋭い眼光で見つめる。
「君の気持ちは痛いほど分かる。でもこの国の政治は僕が変える。だから待っていて欲しい」
「は、はい」
とはいえ王族に任せるということに忸怩たる思いがあるのだろう、少年の目は複雑だった。一方俺は。
(ところでウィリアムって誰?)
(は? 知らないの? 第三王子だけど陛下が町娘に恋をして産ませた王子だから継承権も低いの。でも庶民派として人気はあるけど……知らないってことは思ったよりなかったみたいね)
(そうだったのか……)
「ふう、君たちも助けようとしてくれたみたいでありがとう」
さて、ウィリアムは次は俺たちに話しかけてきた。
「正直感心したよ。ここだけの話、野次馬みたいに口で言うだけなら誰にでも出来るからね」
ウィリアムは一瞬だけ非常に剣呑な顔つきになる。何かあったのだろうか。
「そ、それはどうも」
俺は何て反応していいか分からずに微妙な反応になってしまう。
「という訳で僕は忙しいから行くよ、それじゃ」
「ありがとうございます?」
俺はとりあえずお礼を言うと、ウィリアムは急いで歩いていった。俺たちが向かっていた宮廷魔術師メリアの家に。
大人気メリアさん