訣別
「なるほど、そんな事件が起こっているのか。散らかっているがとりあえず入るがいい」
そう言って案内されたのは先生の研究室と思われる部屋である。室内は実験道具や書籍などで散らかっており、その真ん中にこれまた埋もれそうになっている机といすがある。
先生は無造作に椅子の上のものを床に投げ捨て、場所を空けてくれた。それでいいのかよとも思ったが、イリアが当然のようにその椅子に座るので俺も彼はこういう人物なのだろうと思って椅子に座る。
「とりあえず心当たりがあるのは君も習ったことがある錬成師のモリ―だろう。おそらく王都で一番の錬成師ではないか」
先生はあまり気乗りしない雰囲気ではあったが、名前を挙げる。同じ学園の教師だからその反応も当然だろう。
「能力だけで言えば第一候補ね。あんまり世間のことには興味ないタイプかと思ってはいたけど」
「そうだな。それに学園を離れることはほぼないからそんな壮大な陰謀を巡らせているとは思えない。ただ、それに関しては誰かに魔符だけ渡したという可能性もあるがな」
「そうね」
イリアも少し悲し気に言う。恩師が候補に入っていることを否定出来ないのが悲しいのだろう。
「だが、他にも候補はいる。例えば宮廷魔術師メリア。時々学園にも顔を出してくれるが、普段は王城にいることが多い」
メリアに関しては先生は淡々と述べた。おそらく接点がないのだろう。
「盲点だったわ。錬成師ではないけど、そもそもあの魔符は禁忌魔術が絡んでいる以上、錬成師以外でも作れないとは言えないわ」
錬成師以外の魔術師も全く魔符を作れないという訳ではない。単に錬成師が一番適性がある上に、普通の魔術師は魔符を作る意味がないため作らないだけである。そこに禁忌魔術という未知の要素が絡んでいればなおさらであった。
「まあ、他にも高位の魔術師であれば同じ理由で可能性はゼロとは言えないな。もしかしたら僕かもしれない」
「いや、先生には無理でしょ」
「ひどい」
イリアは辛辣だった。先生はしゅんとしてうつむく。
「とはいえ、どうやって確かめるつもりなんだ?」
「決まってるでしょ。私たちは冒険者よ?」
イリアが不穏なことを言う。それを聞いた先生の顔が曇ったので、俺はやはりろくでもないことなのだろうなと悟った。
「君たち、大人として違法なことは許可出来ないな」
「大丈夫、私はもうこの学園を飛び出してるから。私が何をしてもとばっちりはいかないと思う」
「イリア君、そういう問題ではなくてだね」
「そうだ、第一俺の意志は?」
イリアが何を考えているのかは分からないが、メリアが一人の時を狙って強引に聞き出すとかそういう感じだろう。そんなことに当たり前のように巻き込まないで欲しい。当然ながら冒険者は何をしてもいい職業ということはない。
「何よ、怖気づいたの?」
「いや、そういう訳じゃないが……」
実際に起こっている事件の内容を見れば悠長にしている余裕はない。だから俺もやむをえないという気持ちはあるのだが、一応仲間として順序は踏んで欲しいと思った。
だが、目の前の人物は俺とは違った。彼ははあっとため息をつくと指をぱちんと鳴らす。すると部屋のドアの前にゴーレムが現れた。身長は人間と同じほどであるが、今まで見てきたものとは違い、体はキラキラした金属で出来ている。何となくただの岩よりは強そうな気がする。
「まさか研究室の守備用のゴーレムを、研究室から人を出さないために使う日が来るとはね」
「イリア、この人は倒していい人か?」
「いいわ。大事の前の小事よ」
さらっと悪役みたいな台詞を言うな。これには先生も憤慨する。
「おい、そんな先生をあっさり切り捨てるな! 思いとどまってくれ! 大体君は昔から思い切りが良すぎるんだ!」
「危ないぞ」
俺はイリアを抱き寄せると、一枚の魔符を取り出す。相手の実力が分からないのでせめてSランクのやつを使うことにする。
「ブリザード」
俺が唱えると魔符は消滅し、室内に吹雪が吹き荒れる。散らかっていた書籍や魔道具も跳び回り、いっそう部屋が乱雑になるが知ったことではない。その上ただの吹雪ではない。舞っているのは氷の破片。それもいちいち鋭利な形に凍っている。
「フォースシールド! っうぐ」
先生は慌てて防御魔法を使う。先生の前に堅固な光の壁が展開される。おそらくバリアの上位魔法だろうが意味はなかった。魔力がこもった氷の破片はすさまじい勢いでバリアを破壊し、先生を襲う。手加減はしたが何発かの氷が命中し、傷を負わせてしまった。
一方、謎の強そうな金属で出来たゴーレムも無数の氷の破片が体に突き刺さり、ハリネズミのようになって倒れていた。たった一瞬にして俺たちはこの部屋を制圧してしまった。
「SランクでこれだったらSSSランクの魔符なんて出番ないんじゃねえか?」
「モリ―が犯人ならないかもね。ただ、メリアが犯人なら、分からないわ」
そういうものなのか。何にせよ、こうなってしまった以上ここにいる訳にはいかない。
「ワールウィンド」
突如一筋の突風が巻き起こり、俺の身体を攫う。次の瞬間、俺たちは風に乗って学園の外に吹き飛ばされていた。