陰謀
「さて、向こうは大丈夫かな」
こちらのゴブリンを全滅させた俺は前方に向かう。こちらでもゴブリンを撃退したようで、イリアは剣についた血を嫌そうに布でぬぐっていた。返り血こそ浴びているが特に傷はなさそうだ。それを見て俺はほっとする。もっとも、イリアがしくじるとは思っていなかったが。
「大丈夫か?」
「ええ。しかし出来れば近づきたくない相手ね。服もちゃんと洗わないと」
「剣の腕前もなかなかだな」
ゴブリンとはいえ、なかなかの数がいたはずだ。商隊の護衛もいたとはいえ、無傷というのはすごい。
「錬成師は戦闘中にすることがないからたしなみで剣を覚えたのよ。護身にもなるし」
そう言ってイリアは拭き終わった剣を鞘に戻す。何でもなさそうに言うが、錬成師と二足のわらじでたやすく身につけられる腕ではない。その後俺たちはお礼を言ってくる商隊の皆さんにしばらくの間つかまり、被害の確認などを終えた後に村に帰った。
「そうそう、さっきのゴブリンのリーダーもこれがあったぞ」
そう言って俺は魔符だったと思われるぼろきれを渡す。それを見てイリアの表情がさっと変わる。
「こんなところにゴブリンがいると思ったら……。もしかしたらこれを使ったゴブリンを一匹連れてきて繁殖させたのかもしれないわ」
ゴブリンの繁殖能力は一説によるとゴキブリ並みと言われている。一匹見つけたら三十匹はいると思え、という奴だ。
「繁殖力を強化する魔符とか作れるのか?」
「普通無理だけど、禁忌魔術を使えば可能かもしれないわ」
つまり、ゴブリンを一匹連れてきて繁殖強化の魔符を貼り付けて放置しておけばお手軽テロで出来るかもしれないという訳である。相変わらず恐ろしい魔符だ。
「とはいえ、やはり早くいった方がいいな」
「うん」
村でもお礼をするからもう少し泊っていって欲しいと言われた。俺たちはゴブリンとの戦いを終えた後だったのでもう一日ぐらいゆっくりしたかったが、すぐに村を出た。これ以上被害が各地に広まる前に解決しなければならない。
王都まで一日というところまで来たところである。王都から完全武装した兵士の一団が出立するのに出くわした。俺たちだけでなく、街道を王都に向かう冒険者や商人たちは兵士の動きを妨げないように街道の端によりつつ、その物々しい光景に皆一様に驚いた。
数は百以上いるだろうか、王国内外で戦争があったとは聞かないから魔物関係の出兵だろう。単なる移動の可能性もあるが、それにしては兵士たちから張りつめた緊張感が伝わってくる。
「あの兵士たち、どこに行くか知ってるか?」
俺はたまたま近くにいた馬車を引いた商人の男に声をかけてみる。
「噂によると魔族領との国境沿いに変異種のワイバーンが出現し、守備兵が敗北したらしい」
「また変異種か……最近変異種多くないか?」
「そうだな。恐ろしい世の中になったものだ。しばらくは王都でじっとしているかな」
商人はそう言ってため息をついた。しかし王都から旅立つ兵士を見て嫌な気持ちになる。
「もしかして、他にも変異種が現れて兵士が討伐に向かった事件ってあるか?」
「あったような気がする。どこぞの村で邪教徒が蜂起して魔物で村を占拠したとか」
商人だけあって噂話には詳しい。他にもいくつか変異種が出たという噂を教えてくれた。何でもない魔物の事件に尾ひれがついて変異種にされている可能性はあるが、それにしてもただ事ではない。だが、一つだけ気になることがあった。
「王都周辺では事件はないのか?」
「聞いたことないな。もはや安心できるのは王都だけだな」
商人は恐ろしげにつぶやく。
やはり魔符の製作者は何らかの目的があって王国各地に魔符をばらまいていると思われる。考えられる可能性は三つ。単に王国に恨みがあって行っている、魔族が王国を滅ぼすためにやっている、そして最後が王都から注意をそらし、王都で何かを行おうとしているということである。王都周辺を避けていることから三つ目のような気もする。
そう思った俺は一応イリアに確認する。
「魔族に符術師や錬成師っているのか?」
「いないとは言わないけど、一般的に魔族はもっと分かりやすい魔法を使うわ。ファイアーボールとか。こんな回りくどいことはあまりしないんじゃないかしら。それにイエロー・ロッドがいかに私利私欲にまみれた集団でも魔族から魔符を受け取るとは考えにくいし」
「だよな。そう考えると王都で何か陰謀が起こるのかと勘ぐってしまうな」
「そうね」
「え、王都で陰謀が起こるのか!?」
俺が話を聞いていた商人が仰天する。せっかく王都でじっとしていようと思ったところで変な話を聞かせてしまい申し訳ないと思う。
「あくまでただの推測だから責任は持てないが」
「仕方ない、護衛の冒険者でも雇うか」
そう言って彼はおもむろに俺たちを見る。確かに俺たちは冒険者だ。商人の何かを訴えかけるような目線に俺は困惑する。
「悪い、俺たちはこれからその陰謀を解決するという仕事があるんだ」
「そうか、なら仕方ないな。他を探すか」
そんなやりとりを経て俺たちは王都に到着した。