禁忌魔術
翌朝。俺が宿の食堂で豪華な朝食(領主からのサービスなのか、朝からローストビーフや肉がごろごろ入ったスープが並んでいる)を食べていると、ふらふらとした足取りでイリアが階段を降りてきた。また徹夜して寝不足になったのかよ。
「ふう……やっと分かったわ」
「大丈夫か?……て危ない!」
不意にイリアの足が段差を踏み外す。俺はせっかく食べている途中だったローストビーフを放り出して駆け寄る。
「きゃあっ」
そして階段から転げ落ちそうになったイリアの体を支える。腕の中から人間の体温の温もりが伝わってくる。
「ちょ、どこ触ってるのよ」
「すまん、変なところ触ってしまってたのなら謝る」
別に変な感触もないが……と思っていたら確かに俺の指はイリアの胸元をまさぐっていた。言われてみれば少し柔らかい。確かに胸だ。
「ああ、足がっ」
「痛えっ!」
よろけた風を装ったイリアの膝蹴りが俺の顎に直撃する。いや、どうよろけたらそうなるんだよ。本気だったのか加減が効かなかったのか、必殺の一撃を喰らった俺は頭がくらくらしてその場に倒れ込む。
「悪かったのは悪かった」
「英雄さん方は強いだけでなく仲睦まじいのう」
側で宿の主人が感心している。イリアの目が恐ろしいことになったので俺は無言で主人にコーヒーのおかわりを頼む。主人はしぶしぶ奥へ下がっていった。
「……まあいいわ。眠いから簡潔に話す」
そう言ってイリアは昨日の魔符を取り出す。それ食堂でしても大丈夫な話なのか? と思いつつ俺は聞きに入る。
「結論から言うとこの魔符は禁忌魔術により制作されている」
「やっぱ食堂で話す話題じゃない!」
禁忌魔術とは何か。それくらいは俺でも知っている。そもそも人間は生き物の中では魔力保有率が高い生物である。妖精とかドラゴンのように、かなり数が少ない種は除くが。人間に多くの魔力が含まれているということは、人間の体はマジックアイテムのいい素材になるということである。当然まともな国は人間の体を材料にマジックアイテムを作ったり魔法を発動したりすることを“禁忌魔術”に指定して禁じている。状況によっては調べるだけで首が飛ぶことすらある。
俺は慌てて残りの朝食をお腹の中に詰め込むと主人に淹れてもらったコーヒーを持って部屋に戻った。イリアは今にも寝そうだったので無理やりコーヒーを飲ませる。
「待たせたな、話してくれ」
「この魔符はおそらく人間の脳を使用して作られている。主な効果は魔力の強化、知能の高度化。それに通常の魔術で肉体強化などの魔法も仕込まれている」
「複数の魔法を同時に仕込むことは可能なのか?」
少なくとも俺がイリアからもらった魔符は一枚一魔法だった。
「出来なくはないけど。大体の場合魔符自体が耐え切れずに自壊する。超高度な魔術ならそれも出来るかもしれないけど、私には悔しいけど出来ないわ」
「つまりこれの製作者は超高度で禁忌を冒した魔術師ということか?」
「いえ、これは上質な素材が使われているから例外的に使い物になっただけよ。きっと金持ちか地位のある人間に違いないわ」
心なしか、少しだけイリアはムキになっているようだった。相変わらず負けず嫌いだな。相手もそんなに大したことないというのは救いだったが。
「じゃあ俺たちも上質な素材買って作ろうぜ!」
「そうね、領主様からも報酬はもらえるし。何か作りたいものを考えておくわ。……それから話を戻すと。おそらく、トロールに貼られた魔符も似たようなもの。魔術の完成度は数段落ちるけど」
「製作者は一緒か?」
「ええ、こんなの作れる人が複数いたら卒倒するわ」
そう言ってイリアはあくびをする。可愛い。
「他に何か手がかりとかあるか?」
「分からないわ。王都で学校の先生にでも聞いてみようかしら。そしたら心当たりがあるかもしれない……もう寝る」
そう言ってイリアは目を閉じて寝始めた……俺の部屋なのに。仕方がないので俺はイリアに布団をかけて領主の館へ向かう。とりあえず今の内容は報告した方がいいだろう。それから報酬だが、そんな魔符があるのならば高価なものがいいだろう。
ふと街を歩いていると、“王都にはない味”と書かれた香辛料が売っていた。せっかく収納魔法があるんだし行商人みたいなことをしてみるか、と俺は決めた。領主からは「こんなにたくさん持ちきれまい」と大量の香辛料の袋を渡された(もしかしたら持ちきれない分は返してもらう心づもりだったのかもしれない)が、俺はそれを全部収納した。