実技対決
「さて、お次は実技対決だ! 今回の種目はこちら!」
「出でよ!」
グレゴールが杖を振ると俺たちの近くに一メートル四方ほどの鉄の籠が現れる。その中には数十個の人の頭ぐらいの大きさの鉄球が入っている。そして俺たちから百メートルほど離れたところに同じような鉄の籠が現れていた。
「今回の種目は“鉄球運び”です! この鉄球を素早く向こうの籠に移し替えた方が勝ちです! なお相手への妨害は不可とします! 特に相手を戦闘不能にして勝とうなどと思わないように! それは反則負けです!」
客席から笑いがもれる。まあ相手を戦闘不能にすればいつかは勝てるからな。おそらく鉄球はかなり重く、人力で運ぶのは鍛え上げられた戦士とかでない限りかなりの時間を要するだろう。魔法で運ぶにしても、ある程度の出力がないと持ち上がらないし、狙った場所まで運ぶにはある程度の制御が必要となる。魔法の力を比べるには悪くない競技かもしれない。
「ではお互い自信のほどは? まずはバリス!」
「こんなの俺にとっては楽勝だ。そっちのお前は速さとかいいから全部運び終えるのを目標に頑張んな」
バリスは俺を挑発して不敵な笑みを浮かべると観客に手を振る。拍手が返ってきた。
「では期待の挑戦者、ロアンは!?」
「超有名人のバリスさんの胸を借りるつもりで頑張ります」
「ちょっと、何かもっといいコメントなかったの!? せめて『その言葉そっくりそのままお前に返すぜ』とか!」
「そんなこと言えるか!」
俺の凡コメントはイリアのお気には召さなかったようだ。しかし何度も言うように、俺の魔術師としての強さが不明なのでそうそう強気にはなれない。
「では第二戦、レディーゴー!」
仮面男が絶叫する。が、バリスは慌てることなく悠然と籠を手で触っている。これが強者の余裕か。
「ふむ、この籠は地面に固定されているから籠ごと運ぶのは無理か。ならば面倒だが鉄球だけ運ぼう、浮かべ」
バリスが唱えると鉄球のうち五つほどが浮き上がる。そしてそのままゴールの籠へと飛んでいった。なるほど、こういう感じか。
「収納」
一方の俺は異空間を開くと、鉄球を投げ入れていく。
「重いっ」
鉄球を持ち上げるたびに肩が外れそうになるんだが。これもう少し重かったら俺の手で異空間に投げ入れることも無理だったぞ。やばい、これ全部とか絶対明日筋肉痛になる。これを五個も持ち上げるバリスはすげえな。
俺はやっとの思いで全ての鉄球を異空間に入れる。隣のバリスはすでに一歩も動くこともなく五つの鉄球をゴールの籠に入れていたが、なぜか目が点になっている。
「さすがブラックロータス、速いな」
「いやお前、その収納魔術すげえな」
バリスを褒めたら素で感心された。
「え? まあイリアが作った魔符だからな」
「いや、どんなすごい魔符があろうとこれだけの体積と重量のものを入れる異空間を作り出すには術者の力量が必要だぞ?」
「そうなのか」
いまいち実感がわかない。ふとイリアの方を見ると何と腰を抜かしていた。
「そんなに俺ってすごいのか?」
「す、すごいなんてものじゃ……でも私の目に狂いはなかったわ。あなたこそ私の魔符を最大限に生かしてくれる人物!」
「よし」
何だか分からないがいい気分になった俺は三百メートルダッシュを開始する(ちなみに後で考えれば風属性魔法とかでもっと速く移動出来た気がする)。俺と同じぐらいのスピードでバリスが操る鉄球が飛んでいくが、向こうの籠にはまだいくつか鉄球が残っている。俺はゴールすると異空間を開いてゴロゴロと鉄球を箱に落としていく。
「おおおおおおおおおおおおお!」
まさかの逆転劇に観客はどよめく。しかし意地なのか、俺に遅れること数分、バリスの鉄球も籠の中にゴールインする。先ほどよりは小さいものの、どよめきが起こる。
そこで俺はふと違和感を覚える。先ほどまであれだけにぎやかにしゃべっていた仮面男の気配がない。おかしくないか。もっと競技中も実況とかしても良さそうだし、第一俺が勝ったんだから何か言えよ。実は俺は一個だけ運び忘れて勝ってないのかなとも思ったが、バリスは悔しそうにしているから多分勝ってはいるはずだ。
「ちょっと、大変なことになったわ!」
困惑している俺の元へイリアが走ってくる。その表情はいつになく青い。こんなイリアは初めて見たかもしれない。
「どうした? 俺の勝ちじゃないのか?」
「違う、あれを見て!」
競技場は客席の下の方に出入口が八つあり、そこから外へと繋がっている。逆に言えば観客はそこからしか出入りできない。その出入口八つに、いつの間にか岩で出来たゴーレムが立っていた。ゴーレムは二メートル以上の身長があり、物理的に出口を塞いでいる。
いつの間に、と思うがさっきまで俺たちも観客も競技に熱中していたからそのタイミングだろう。
「な、何だあれは!」
動揺する俺たちの前に仮面男が現れる。
「レディース&ジェントルマン! 今回は素晴らしいチャレンジャーの活躍でした! しかし皆さん、もう少しだけお付き合いください! 我らイエロー・ロッドのバザール占領劇にもね」
仮面男の仮面がにやり、と笑った気がした。俺たちの背に寒気が走る。