試合
その日の夕方。練習が終わった俺と、ようやく目を覚ましたイリアが食事をしていると、コーネリアが現れた。
「試合の詳細が大体分かりました」
「おお、助かったありがとう」
このままでは何も知らずに試合に臨んでしまうところだった。まあ、そもそも全く自分で調べる気がなかったのも問題だが。
「いえ、これくらい当然です。まず行われるのは街の中心にある競技場です。ちなみに入場料は銅貨五枚、全部競技場の持ち主である領主の懐に入るらしいです。そのため、領主は盛んに宣伝しているので当日はおそらくかなりの観客が来るでしょう。さらに試合は賭博の対象ともなり、観客の多くはどちらかに大なり小なりお金を賭けるらしいです」
何か気が付いたらどんどん大事になっていってるのだが大丈夫なのだろうか。俺は練習なんかするより符術師を探して自分が強いのか弱いのかを知った方が良かったんじゃないだろうか。まあ、分かったところで今更どうしようもないが。
「じゃあここで奴らをぼこぼこにしたら私たちは一躍人気者って訳だ」
一方のイリアは自信満々だった。
「その自信は一体どこから湧いてくるんだ?」
「私、王立魔法学園の卒業筆記試験、同期で一番だったから」
「確かにすげえな」
俺が知る限り王立魔法学園はこの国で最高の魔術師教育機関である。もしイリアが勝って俺が負けたらどうするんだ? だんだん不安になってくる。俺の不安をよそにコーネリアは説明を続ける。
「立ち合いをしていただくのは賢者グレゴール様です」
ちなみに賢者も魔術師の専門職の一つである。数は多くないが、“魔法の使える学者“”学者の上位互換“とも呼ばれている。
「グレゴール様はこれまでも数々の魔術試合の立ち合いに呼ばれており、公平な立ち合いをしていると評判です」
誰だか知らないが、まあ公平ならいいか。
「試合形式ですが、一戦目はイリアさんとブラックロータスのユーリ。グレゴール様が作った筆記試験を解き、解いた問題数が多い方が勝ち、とのことです」
「グレゴールも大変だな。試合のたびにそんなことさせられて」
「二戦目はロアンさんとあっちのバリス。グレゴール様が課題を出し、魔法を使っていかに素早く美しく課題を解決するかで競うとのことです」
「何かふわっとした種目だな」
いまいちイメージが湧かないが、魔法あり運動会みたいなものだろうか。
「だってきちんと決まってたら対策出来てしまうでしょ」
「そうです、グレゴール様は公明正大なので」
コーネリアはグレゴールに全幅の信頼を置いているようである。正直相手が全員知らない人なので不正を疑ってもきりがないし、そもそも実力で勝っているのかも全く自信がない。俺は諦めて当日を迎えることにした。
翌日。俺とイリアはバザール中心にある競技場に向かった。円形のコロシアムで、周囲には客席はすでに大勢の観客が詰めかけていた。お金がないのか満員なのか、周囲にもすでに野次馬がちらほらいる。中にはすでに賭けを始めている者たちまでいた。
「そろそろブラックロータスも負けるだろう。名も知らぬ挑戦者に銀貨一枚!」
「いや、さすがにブラックロータスが勝つでしょ」
「悪いけど金かかってるからこればかりは勝つ方を選んじまうな」
そんな会話がここかしこで繰り広げられている。内容を聞く限り本気で賭けているというよりは余興という雰囲気だ。俺たちはそんな観客の間を縫ってコロシアムの関係者入口みたいなところへたどり着く。
「よく来たな。逃げずに来たことだけは評価してやろう」
見ると先日の黒ローブの男バリスがタキシード姿で待っていた。隣には先日の女であるユーリも黒いドレスを着て立っている。それを見てイリアがため息をつく。
「あ、私もおしゃれしてこれば良かった……こんなに観客がいるのにこれじゃ恥ずかしい……」
イリアが自分の胸を手で隠すようなポーズをする。確かに俺たちは普通に旅の恰好で来てしまっているし、イリアに至ってはマントに制服である。今更だが、そう思うなら制服で学園を飛び出してこなければよかったのではないか。
「いいじゃん、魔法学校の制服なら一応フォーマルな恰好だし、まあまあおしゃれだし。俺なんてただのぼろい服だぞ」
俺は全く服にこだわりはなかったので、金貨を百枚もらおうが昔のぼろい服を着ていた。むしろ制服があるほど上等なところにいたのであれば、どこに行くのでも制服で済むから楽でいいなとすら思っている。
「そういうことじゃないの。女の子は晴れ舞台ではおしゃれをしたいものなの。それが制服とマントなんて……」
「イリアにもそういう年頃の女子っぽい気持ちがあったんだな」
(ぶち殺すぞ)
今何か不穏な音声が聞こえた気がしたが気のせいだろうか。これだけ大量の観客がいるからテロリストなんかが潜んでいないといいが。
「ふん、試合前にイチャイチャして余裕を見せてくれちゃって」
敵の女の方もこちらに敵意を向けてくる。
「どこをどう見たらそう見えるんだ」
何を呆れたことを言ってるのだろうか。全く、イリアといいこの女といい、女子の言うことはよく分からない。