収納魔術
さて、宿に戻ったイリアは買ってきた材料を抱きかかえるようにして部屋にこもってしまった。
「せっかくだしうまいものでも食べに行こうぜ」
「ごめん、私早くこの材料で魔符を作りたくて作りたくてたまらないから」
「まじかよ」
やっぱりこいつ魔術バカだな。頭はいいけど。
とはいえ、俺は俺で個人的に確認したいことがあったので強くは言わなかった。俺はガチで何も符術師について何も知らないが、符術師という職業がある以上、強い符術師と弱い符術師がいるはずである。全ての符術師が同じ魔符を使って同じ魔法が発動するなんてことはないはずだ。
では、強い符術師と弱い符術師はどのように差別化されるのか。言い換えると、俺が修行すると何が強くなるのか。そもそも俺は符術師として強いのか弱いのか。その辺りのことが全く分からない。
俺はイリアからもらった魔符のうち“キャントリップ”の魔符を取り出す。これらの魔符は特殊な魔符で、使っても使ってもなくならないとのことだ。
「キャントリップの魔符が作れるのは高度な技術を持った錬成師だけだから」byイリア
とのことだ。代わりに、そんなに強い魔法は使えないらしいが。俺はまず白色の魔符を取り出す。そして出来るだけ魔力をセーブしながら魔法を使おうと思ってみる。例えるならフォームだけは正しく保ち、力を可能な限り抜いて剣を振る感覚だろうか。
「マジックバリア」
目の前には小さい光の壁が現れる。魔力はどことなく弱々しく、おそらく威力も弱い。そこで今度は思いっきり魔力を込める感じで発動してみる。
「マジックバリア!」
目の前に現れた光の壁は俺の全身を覆うぐらいの大きさで、光り輝いている。明らかに先ほどと威力が違う。
他にも俺は色々試してみた。その結果、いくつかのことが分かった。
・魔法の発動場所はあまり遠すぎなければある程度選ぶことが出来る
・複数の魔符を同時に使うことは出来ない(強くなれば出来るのか?)
・俺の魔力が持つ範囲であれば魔法を持続させることが出来る(“バリア”で試したからかもしれない。例えばファイアーボールなどで持続出来るのかは不明。あと、多分キャントリップの魔符のみ)
・バリアの形状はある程度俺のイメージで変えられる。どこまで細かくイメージを反映させられるか頑張ってみたところ、いくつかの文字の形にしたところで魔力が尽きた。
結構色々分かったし、魔力が尽きたので俺は寝た。ちなみに隣の部屋からはぶつぶつと呪文を唱えるような声がずっと聞こえてきていた。
翌朝。
「おはよう!」
目を血走らせ、下に隈が出来ているイリアが謎のハイテンションで俺の部屋にやってきた。
「お、おはよう」
俺はその異様なテンションと形相に思わず気圧されてしまう。さてはお前一睡もしてないな。
「ついに出来たわ……完全な収納魔符が」
そう言ってイリアが一枚の魔符をこちらに差し出す。その魔符からは今まで見たことがないほど濃厚な魔力が感じられた。だが、今回は魔力の色が無色なので肉眼では見えない。気配として感じられるのみである。
俺は魔符を受け取ると広大な異空間のイメージが浮かぶ。そしてその魔符が“キャントリップ”であることに気づく。確かに一回きりの魔符だったら何かを収納して終わりで、二度と取り出すことが出来ない。……ん? 逆にそれやばくないか?
という疑問はさておき、俺は試しに異空間を開いてみる。
「収納」
すると魔符の上に直径一メートルほどの円形の穴が空いた。空間に穴が出来るというのはなかなか変な光景である。
「ね、早速何か入れてみようよ」
「そうだな」
俺は試しに宿にあった椅子を入れてみる。いきなり自分の荷物を入れるのは怖いからな。
「完了」
するときれいに異空間の穴は消滅した。当然魔符を持ち上げても椅子の重さはない。
「収納」
再び空間に穴が空く。俺がそこに手を突っ込もうとすると空間に拒絶された。
「痛っ」
「残念ながら私の力では生物が入れられる収納は不可能だったわ……」
「まあ冷静に考えると生物が入れられたらやべえからな」
ぱっと思いつくだけでかなりの悪用が出来そうだ。ちなみに、俺が椅子のイメージを思い浮かべると椅子は勝手に入口まで出てきた。外に出てきた部分を掴んで引っ張り出せばいいということだ。
「でも、もし何かを収納してそれを入れたこと自体を忘れたら永遠に出てこないのか?」
イリアからの返答はなかった。気が付くと、イリアはその場で立ったまま寝ていた。
「こいつ……」
仕方ないので俺は彼女の部屋のベッドにまで連れてって寝かせてやる。無事収納の魔符を作れたからだろう、その寝顔は満足げだった。
「昼間だし、どっか広いところで今度は攻撃魔法の練習するか」
こうして俺はまた一人で練習するはめになった。
収納魔法の使い手は時々見かけますが、思った以上にやばい魔法ですね。
キャントリップって用語異世界にある訳ないだろ、というツッコミはご勘弁を。