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ご主人様のことが好きすぎる猫と駆け出し冒険者たちの伝説  作者: 夏候シロー
第3章 必殺とか言いたくないんだけどね。大人の事情でさ
20/50

路地裏の激闘

 角刈りの男は自分の左腕に突き刺さった矢を見て、しばしの間動きを止めた。そして矢を引き抜くと、


「痛えじゃねえか! この野郎!!」


 そのまま左腕をだらりと下げ、右手のみでモールを掴んで憤怒の形相でテッドに向かって走り出した。


「あ……当たった……」


 弓を構えたまま呆然とそれを見ていたテッドは、男が突進してくるや慌てて弓を放り出し、背中に背負う短槍の紐を解こうとする。

 

「ぐあっ!」


 そこへ、上空からの衝撃が襲いかかった。屋根の上から黒マントの男が放ったマジックミサイルだ。よろめき、足をふらつかせる。同時に角刈りのモールの一撃が見舞われる。テッドはかろうじてそれをかわしてみせた。

 ここへ赴く直前にフェイランのかけてくれたタテナシがなかったら、ダメージが重すぎて回避行動に移れなかった。右手だけで振り下されたモールの攻撃が単調だったのも幸いしていた。

 テッドは即座に角刈りと距離を空けつつ、胸前で結んだ紐を解き短槍を手に取った。穂先を男に向け対峙する。


「僕はこんとなとこで命を落とすわけにはいかないんですよ」


 その目に闘気がみなぎる。彼は愛する妻と娘の顔を思い出していた。



 テッドの矢が角刈りに命中した瞬間、フェイランも同時に行動を起こしていた。彼女はチャンスを伺っていたのだ。モヒカン男に抱きつかれ、必死にもがいてみせたのも半分は演技だ。

 彼女は奥の手を使った。

 その尻尾の先端部には小さく丸い鋭利な刃物を装備していた。革製の止め具でしっかり固定されたそれは、対人戦で尻尾を掴まれないようにするため有尾種族の間では広く普及しているものだ。尻尾への負担及び自身の体への危険があるので、普段は装備しておらず、対人が想定される局面でのみ使われる。


 フェイランは虫を叩き落す要領で尻尾をしならせ、モヒカンの太ももを浅く切り裂いた。

 

「いてっ!」


 相棒の角刈りが矢を受けて驚いていた所だ。両腕の力がさらに弱まった。素早く男の腕を振りほどき、振り向きざま体を大きく仰け反らせる。前のめりになったモヒカンの顔面に、その鋭い二本の角を伴ったフェイランの凶悪な頭突きが炸裂した。


「ぎゃあああ!!」


 モヒカンは顔から血を流し、それを押さえて後ろによろめいた。フェイランは相手から目を離すことなくすぐに自分も後ろに下がり、離れた場所に落ちていた自身の長巻を手に取った。それを左脇腹に構え、この千歳一隅のチャンスを生かすべく男に向かってダッシュする。後ろから抱きつかれたことへの怒りで若干冷静さも欠いていた。


 そんな彼女へも上空からマジックミサイルの洗礼が降り注いだ。


「くっ!」


 タテナシの加護があってさえ、その突進を止めさせるほどの破壊力があった。

 モヒカンは顔面を左手で押さえながら、その隙に背中の鞘から愛剣のバスタードソードを抜き放った。両目はなんとか無事で済んだようだ。


「やってくれるじゃねえか、この女!」


 柄の長い両者の武器が激突して火花を散らした。

 


 建物の上から二発目のマジックミサイルを撃ち終えた黒マントの男は、苛立ちを隠せず眼下の茶装束の男へ叫んだ。


「何をしている!?  さっさとその小娘から猫を奪え!」


 それまでおとなしく状況を見守っていた茶装束は、そう言われマチュアに再びにじり寄った。倒れたカイムの傍らで彼女は茶装束に背を向け、麻痺したこかげを抱いて座り込んでいる。


「猫をこちらへ渡せ!」


 茶装束が右手に鎖鎌を持ち替え、マチュアの肩に左手をかける。


 テッドとフェイランどちらに次のマジックミサイルを浴びせようか、眼下の戦況を観察していた黒マント。マチュアがしゃがんだままシンボルを描いている姿が目に止まる。茶装束はそれに気づいていない様子。


「おい、気をつけろ! その小娘、何かの魔法を……」


 その警告を発すると同時に、マチュアの肩にかけられた男の手が彼女に掴まれた。茶装束は慌ててマチュアの手を振りほどき後ろに飛び退った。

 着地しようとして、その足が虚しく空を蹴る。地面に足が届かない。地を踏みしめようとして、それが叶わない。そんな当たり前の事が出来ない異様な感覚に男は混乱した。両足をバタつかせ、視界がゆっくり上に移動していく。分銅付きの鎖鎌から思わず手を離す。


「うわああああ!」


 男の体は縦に回転しながら、その後方でテッドの攻撃を避けた角刈り男の背中から後頭部辺りにぶつかった。その反動で今度は逆方向へ。回転しながら斜め上へと上昇していく。マチュアやフェイランたちの頭上を通り過ぎ、その高度はついに二階建ての建物の高さすら超えていく。


「死にたくなければ、体を大きく広げなさい! もうじき落下するわ! 空気抵抗を利用するのよ!」


 男にウェイト・エリミネートの魔法をかけたマチュアが、飛んで行くその姿を目で追いながら叫んだ。

 なんとかその声が届いたのか、男は言われた通りの体勢を取る。さらに上昇を続けた後、突然ぷつりと糸が切れたように男の体は急速に降下し始めた。放物線を描いてはいるが、突如取り戻した重さによりその軌道は降下するにつれ垂直に近づいて行く。体を広げていたため体の回転も緩やかになる。

 路地を抜けた先の通りに男は落下し、石畳に全身を叩きつけた。受身を取ったおかげでかろうじて命こそ失わずに済んだものの、気を失い骨折も数箇所に及んでいる。もはやそこから動く事は不可能だ。


 いきなり空から人が落ちてきたことで通りは騒然となった。中には悲鳴を上げる者もいる。


「誰か衛兵を呼んでくれ!」


 人々の喧騒に混じりそんな声も聞こえる。



「ユニーク魔法だと……。この小娘……」


 茶装束の顛末を見届けた黒マントは驚愕の顔をした後、それを怒りの表情に変えた。


「貴様、よくも!」


 下に向かってシンボルを描く。マジックミサイルの次の対象はマチュアだ。


「いけない!」


 それに気づいたフェイランは、モヒカンと相対したままタテナシの発動準備を開始する。モヒカンはそれを好機と捉えた。


「馬鹿め!」


 不用意に背を向けたフェイランに剣を構え走り寄る。 

 その眼前にふいに迫る光を放ち輝く物体。彼はとっさに足を止め、それを剣で薙ぎ払った。弾かれたカイムの短剣は回転しながら建物の壁に打ち当たる。それにより勢いを殺され、彼女に打ち込むチャンスを見失った。


 マジックミサイルが光の軌道を描いてマチュアへ迫る。

 こかげを抱きしめ、うずくまるマチュアの上にカイムが覆いかぶさった。左手の盾を真上に掲げ、彼女を庇うその体に着弾した。それに少し遅れてマチュアの全身がタテナシの光に包まれる。


「カイム!」


「いてええ……。盾貫通するのかよ……。お前、こんな物騒な魔法使えるんだな」


 息も絶え絶えなカイムが歯を食いしばりながら、体下のマチュアに無理やり笑ってみせた。


「俺が麻痺してる間、こかげを守ってくれてありがとな」

 

 自分の魔法が無駄に終わった事に悔いる間もなく、フェイランはすでにモヒカンとの戦闘を再開させていた。


「こっちこそ助けてくれてありがとね。けど、あんた起きるの遅いのよ。いいから、そこどきなさい」


 マチュアはカイムを押しのけ立ち上がり、屋根上の男に向かって人差し指を突き出した。素早くマジックミサイルのシンボルを完成させる。

 

「その魔法はあんただけの専売特許じゃないのよ!」


 マチュアから報復とばかりに放たれた光の矢が、黒マントの体に炸裂した。男はその激痛に悲鳴を上げ屋根の上で膝をついた。そこから転落しなかったのは彼にとって不幸中の幸いだ。


「これでもまだ、やり合うつもり? こっちにはフェイランがかけてくれた防御魔法がある上に、いざとなったらまたカイムが庇ってくれるのよ!」


 味方の他三人はすでに一度ずつマジックミサイルを食らっている。一度それを受けた者は次のダメージがほぼ半減する。マチュアは黒マントにすでに他の有効打が無いと睨んで、そうけしかけた。


「お前なあ……。例え半減してもめちゃくちゃ痛いんだぞ……」

 

 麻痺の効果が未だわずかに尾を引いている。そこへ痛烈な魔法のダメージを受け、カイムはすぐにフェイランたちの援護に参戦できない有様だ。


「カイム。あたしの右ブーツの先にセイゲツかけて」


 マチュアは上を睨みながら唐突にそう言った。その腕の中のこかげもモゾモゾと動き始めている。


「え?」


「お願い、あたしの言う通りにして。時間がないの」


「……わかった」

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