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資本主義の瞳孔が開きっぱなしのタイムズスクエア

 私がアメリカに向けて出発したのは2019年4月22日のお昼。成田空港に先輩や友達が見送りに来てくれたので、空港内で売っているビールで乾杯し、私は飛行機に乗った。格安チケットを購入していたので、韓国の仁川空港を経由してニューヨーク(以下、NY。別にツウぶっているわけではなく、単に入力しやすいという理由です。)のJFK空港に辿り着いた。合計約20時間の移動であったが、時差の関係上、NYの時間で22日23時頃に宿泊先ウィリアムズバーグに着いたと記憶している。

 飛行機でたっぷりと寝ているから、少し休憩をとってすぐにUberを呼んで、そのままタイムズスクエアに向かった。単に気が昂ぶっているという理由だけでもなく、初日の深夜にいきなりマンハッタンのど真ん中に繰り出すということはこの時しかできないことだったからだ。旅行とかに限らず、その時にしかできない経験には一定の価値があると思っている。だから、とりあえず行ってみたわけである。Uberからウィリアムズバーグの街(ここはタイムズスクエアのあるマンハッタン地区ではなく、ブルックリン地区)を眺めると明るくはないし、綺麗でもないし、人気も少ないし、夜一人で歩くのは少し怖いな、とこの時は思った。しかし、完全に安全な場所などは銃社会のアメリカではないにしても、この数日後には普通に歩いていたくらいには治安が悪くなかった。治安に関してはまたいずれ書くとしよう。なんにせよ、この時はアメリカに来て、まだ数時間で警戒心もすごく高かった。

 さて、この二段落で大した心理描写もせず、さっと成田からマンハッタンのど真ん中タイムズスクエアまで来た。私はタイムズスクエアに来たら、その煌びやかさ、あるいはギラギラとした感じにもっと衝撃を受けることを期待していたのだが、なんのことはなかった。単にデカくて派手な広告のためのディスプレイがただ並んでいるだけなのだ。それだけ。「東京に同じような場所があるか」と問われたら、たしかにそれはないのだけれども、想定の範囲内に過ぎる。人は全然おらず、閑散としていて、巨大なディプレイからの光が夜のタイムズスクエアを照らしていた(だけだった)。私はこの期待の「裏切り」をどう捉えればいいのか正直分からなかった。

 とりあえず、アメリカに来たのだからアメリカらしいことをしようと思い、マクドナルドでハンバーガーとコーラーを買って、屋外のベンチに座り、タイムズスクエアの眩い(だけの)光を見ていた。アメリカの典型的な場所で、典型的なものを食べ、なんとかアメリカの特別感を自分の中で演出したかったのかもしれない。でも、次の出来事で早速、そのアメリカ感を私は自分の予期しない形で体験することになる。

 急に一人の身なりの綺麗な身長の高い男性、というかとっぽいニイちゃんがこちらに話しかけてきた。旅行者に見える。彼は「お前、それ(マック)どこで買った?」と言った。私は(今でも)英語は苦手だし、まだ初日で緊張もしている。ただマックの方向を指差した。普通ならそれで彼はマックに行って終わり。それだけのやりとりだ。しかし彼は「1ドルくれ」と言う。もちろん、私は断るわけだが、彼は食い下がる。正直、私はビビったのだろう。彼に1ドルを差し出した。彼はそれを受け取るなり、そそくさとマックの方向に向かって行った。彼は1ドルで何をするのだろうか。どうして100ドルとかではなく、1ドルだったのだろうか。そうした疑問が浮かびながらも、その疑問を思案する時間さえアメリカは与えてくれなかった。

 その彼が離れたら、私の目の前に一人の浮浪者に見える歳をとった男性が座ってきた。彼は「俺にも1ドルくれよ」と言ってきた。たかってきたわけである。「…No…」と私は行った。当然彼も食い下がるわけだが、私は再度、「NO…」と言った。渡航前にジョー井上さんというYoutuberの方の動画を見ていて、その影響で「アメリカはナメるか、ナメられるかの国」という意識があった。ナメられてはいけないと思った。さっきのとっぽいニイちゃんにはナメられ、それを見ていたこの浮浪者にもナメられていたわけである。浮浪者が飯を買うお金が必要というから、私のフライドポテトを一緒に食べようとすすめた。もちろん、片言の英語とジェスチャーで。相手も金を諦めて、そしてポテトには手をつけず、普通に話すことに切り替えた。彼は私が日本人だと知るなり、「カルフォルニア・ロールを作っていたんだ」と言い、そのジェスチャーをしていた。私に英語力があり、タイムズスクエアが安全な場所であると知っていたら、もっと話したかもしれないが、話が続かないし、ハンバーガーを食べ終えたので、私は席を離れようとした。すると彼は食べ残したフライドポテトを見て、「もう食べないのか、俺が捨てておいてやる」みたいに言った。結局、あとで食べるのだろう。なんでその場で食べなかったんだよ、と思ったが、単純にその場はお腹がすいてなかったのかもしれない。でも、もしかしたら、その場で物乞いして食べるなんて嫌だという彼なりの、ある種のプライドの示し方だったのかもしれない。今となってはもう分からない。

 僕はタイムズスクエア周辺をぐるぐると何時間も散策した。散策したというか、ぐるぐると徘徊していた。でも、そんなにタイムズスクエアから外れた場所に行く勇気はなく、一本大通りを外れるくらいだった。それでもあの巨大ディスプレイがないと一気に暗くなったように思えて、警戒心は高まった。徘徊していると、別の浮浪者っぽい人にも「1ドル」と言われた。無視して、さっと通り過ぎた。日本では、少なくとも東京ではホームレスが通行人に話しかけることはまずない。だから、その時はこの違いが頭の中では言語化されていなかったけれど、不慣れな出来事にビビっていたと思う。のちに分かったことだが、アメリカでは割とホームレスにお金をあげるという事が一般的だ。少なくとも日本よりはそうだと思う。地下鉄に乗っていいても「1ドルください」「小銭をください」とか乗車客にお願いするホームレスは多いし、それに応じる人も多い。ここはそういう社会なのだ。ホームレスになる前に社会福祉的な再分配をするということが他国に比べると少ないアメリカでは、ホームレスになった後に(日本とは違い)すぐに1ドルを渡す、そういう国なのだと思う。

 朝陽が昇っても、夜と変わらず、巨大ディスプレイは光り続けている。変わったのは夜から昼になったという外部環境だけで、その資本主義の象徴たる大企業の広告は何も変わらない。私にはこれがすごく気味が悪かった。資本主義が瞳孔開きっぱなしで、誰か個人を見るわけでもなく、そこにあるような気がした。そして、その周りにはホームレスがいるわけである。

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