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『だっせー』

昨日投稿遅れました!

 路地裏での一幕の後、興奮冷めやらぬ速坂はどうにか平静を装い帰路に着く。帰り道は、なんと屋根の上をぴょんぴょんと渡ってきた。まるでスーパーパワーを手に入れたみたいな気分だ。


『実際そうじゃあないか、ハヤサカ』


 それで、食事と入浴を済ませてあとは寝るだけといったところで、速坂は改めてこの未知の存在との対話をすることにした。


 だが、その前に文句が山ほどある。


「お前なぁ……! 何をするにも僕の周りをふわふわ飛び回りやがって、話しかけられても答えられないんだよ! 風呂にまでついてきて──」


『だぁーっ、小さいことを気にすんなよぉ、ハヤサカぁ』


「断じて小さかねえよ!」


 まだ言いたいことの半分も言っていないが、とりあえず今はがなって終わりだ。その場の怒りに身をまかせる暇がないくらいに、疑問点が多すぎる。

 だいたい、コイツはなんなのだろうか。考えても考えても、速坂の足りない頭では答えどころかそれっぽい仮説すらも出なかった。


『ボクは神様の一人だよ、キミの魂に取り付いたツクモガミだ』


 だか、聞けば答えはあっさりだった。しかし、神様? どうにも信じられない。まだ幽霊とかの方が納得できた。


『幽霊がこんな力持つわけないだろ。あ、ちなみにキミこそ自分の死体に憑依してる幽霊みたいなもんだけどね』


「えっ!? し、死体!? 幽霊!?」


 思わず声が上ずった。ばっと口を押さえて、家族に聞こえてないかそっと耳をすます。反応はなく、速坂は胸をなでおろした。


『ごめん、語弊があった。正しくは、ボクがキミにツクモガミとしての力を明け渡して、キミを依り代にしている。んで、キミはツクモガミとしての力を手に入れ、死体に憑いた。とは言えその体は生命活動を維持してるよ、キミは神通力と生命力を持った幽霊なんだ!』


「イ、イマイチわかんない……」


『まあ、わかんなくていーよ。そのうちわかるって』


 とことん適当な──その、ツクモガミとやらの言葉に、速坂はとりあえず無理矢理に納得して飲み込んだ。


「何が目的なんだ? 僕は何をすればいい?」


『それがね、よくわかんないの』


 忘れちゃったと、あっけらかんに言われては返す言葉もない。結局のところ速坂は突然妙な力を手に入れて、生き返って、安全な部屋の中頭を悩ませている。


「なんだこれ、良いことしかないぞ……しっぺ返しとかないよね?」


『さあ?』


 美味しい話には裏がある、良いことだけじゃ終わらない。それがこの世の道理だ。だから気は抜けないが──、


「そっ、か……」


 とにかく今は、感激に打ち震えていた。


 何度も実感する。速坂星乃は日常から一歩踏み出した。この凄まじい力は明らかに非凡だ。今でも夢のような気がしている、ベットで眠って朝起きたら全部なくなっていて、またあのつまらない日常が始まる気がする。

 だが、同時にそれはないとどこかで確信を持っていた。不思議と、無根拠にではあるが。


「あ、そうだ……お前なんて呼べばいい? っていうか、性別どっち?」


『んぇ、僕のこと?』


 虚を突かれたように首を傾げる。その姿は、少女のようでもありはたまた少年のようでもある。長く流れるような淡い金色の髪は女性的であり、体つきは男女の区別がつきにくい年代のもの。声だって、顔つきだってそうだ。男性と女性を、幼さと優美さを奇妙に両立させた不安定感さえ感じる装いだった。


『どっち、だろ……?』


 そんな彼だか彼女だか分からない存在の答えは、これまたひどく曖昧なもので速坂は思わず眉をひそめた。


『仕方ないだろー?! ボクだって混乱してるんだぜ!?』


「あー、はいはい、そうだね」


『なんかムカつくなあ!』


 まるで餌を取り上げられた小動物みたいに怒り散らして、ツクモガミは地団駄を踏んだ。そんな様子を片目に、分からないことが多いと速坂は頭を抱える。


「あー……」


 再び質問を投げかけようとして、速坂は呼び名すら定まっていないことに気づく。なんてことだ、それくらいは決めておかなければ。


「ツクモとかでいいか?」


『なんだい、それ』


「呼び名だよ、ツクモガミじゃ長いし味気ないだろ。だからツクモ」


 きょとんとする仮称ツクモに、速坂は懇切丁寧に説明してやる。すると、しばらくぼーっとしたかと思えばニンマリと笑みを浮かべた。


『それって味気あるのかい?』


「うるさいな、だったら自分で考えろよ」


 悪戯笑いをするそのニヤケ面に、速坂は仏頂面で返した。速坂は本気で腹を立てているのに、何が面白いかくすくす笑っている。


『いや、いい。ボクはそれでいい──いいや、それがいい!』


「なんだよ、いいのかよ」


『うん、気に入った! ハヤサカ! ボクのことはツクモと呼んでくれ!』


 最初から気になっていたけど、ツクモは微妙にイントネーションが違う。それも含めて、ズレたやつだ。まあ、別段支障もないので指摘もしない。ただ思った。しかしまあ、無邪気に喜ぶものだと。


「ヘンなやつ」


 そう言って、もう一度速坂も笑った。



「速坂ー、どこ見てんだー?」


「……え?」


 気がつけば目と鼻の先の至近距離に、和泉の半目があった。それに速坂はギョッと目を見開いて、今が話の途中であった事を思い出した。


「あ、えっと……和泉は宇宙人と結婚して不正がバレた政治家が生んだ子だったんだっけ?」


「俺はどんなバケモンだ」


 そんな感じの話だと思ったのだが、ごっちゃになっていた。なんて嘯いて、速坂はとぼける。和泉は呆れ果てたと言う顔だ。


「ってか制服どうしたんだよ」


「ん、ああ……破けちゃったんだよ」


 昨日あんなことになってしまった制服は当然新調することになった。両親にはきつく叱咤されると覚悟して近道をしようとして引っ掛けたと言ったが、血みどろのそれを見て青ざめただけに終わった。怪我はないので、誤魔化すには苦労したが。


「へー、で、そのダサいジャージ姿なのね」


「お前も体育の時に着るだろ、やめとけよ」


 和泉と軽口を交わしつつ、速坂は考える。こうして、今はこの力をひた隠しにしているけど、これを隠してどうなるのだろうか。得体の知れない存在も力も、公的機関に相談してしっかりと原因究明するべきじゃないのか。だが、それで分かる保証もない。それどころか実験動物紛いの扱いを受けてもぞっとしない。よくわからない人類の進歩のための尊い犠牲になるだなんてことはごめんだ。


 ──大いなる力には、大いなる責任が伴う、だったか。


 なるほど、なんで自慢しないのかと幼い頃は疑問を持っていたが、自分の力をひた隠すスーパーヒーローの気持ちもわかるというものだ。社会の中での圧倒的な個など、危険物以外の何者でもないのだから。


 言うに言われぬ、知るに知れず。そんな状況にも、不遜なことに速坂の子供じみた心は踊っていた。自分だけの秘密、特別な存在の自覚、今この空間にいる誰よりも強いという全能感。それが、これこそが速坂が望んでいたものでもあったからだ。頭では馬鹿な話と考え捨てても、この胸の高鳴りは腹の底の高揚感は、どうしても消えなかった。


「……って、またかよ、聞いてるのか?」


「あ、いや、うん」


 なんて、この繰り返しだ。現実的な考えと、楽観的な思考と、平凡な会話の無限ループ。それが終わるのは、教室の扉が開いた時だった。


「ゔっ」


 いつもの悪趣味ないじめだ。背中を蹴られて教室に転がり込んだ小柄な体は、机と椅子を盛大にぶちまけて転がる。強く頭をぶつけた井本はその痛みに呻くが、誰もそれを助けようとはしなかった。


「ぶはっ! やべぇー、かっこわり〜!」


「ちょ、東山! まじでひどいー!」


「いーじゃん? ウケねえ?」


 それのどこに面白さを感じたのか吹き出すと、ぞろぞろと五人組男女の集団が入ってくる。その姿は自信と自尊に満ち溢れていて、同時に自分以外の他者を心の底から見下していた。


「あ? なんだよその眼」


「えっ、なにキレてんの? やばーい!」


 そんな仕打ちに怒りの感情が表に出ていたのか、井本の視線に末堂達は敏感に反応した。だが、その威圧にも井本は怯まない。潤んだ瞳は堅い決意が宿る、我慢に我慢を重ねた。だが、さすがにもう限界だった。勝てないにしろ、このまま完全に屈したくはない。衆目に晒されされるがままコケにされるのは、井本の心に僅かに残ったプライドが許さなかった。


「また校舎中、センコーに捕まるまでパンイチで走るかぁ? お前逃げ足だけは速えもんな、イモムシ〜」


「──ッ」


 だが、そんな儚い反抗心は一瞬にして萎縮する。ニヤニヤと、髪を掴んで引き寄せ末堂は嗤う。だからこそ、井本はいじめられっ子なのだ。


「今度は全裸で言っとくかー?」

「やだ〜! キモいー!」

「ちょ、やめてよーっ!」

「コイツ変態だし喜ぶっしょ! な? な? フルチンダッシュ!」

「ぎゃははは!!」


 投げかけられる言葉が頭の中で歪んで反響する。吹き出した脂汗は止まらず、数秒前の決意など嘘のように心臓は縮み上がる。奥歯が噛み合わない、膝が笑っている。情けなさで涙が止まらない。


「ぁ、あ……ぁ」


「んだよ、泣くなよキメエな」


 そんな無様を気の済むまで嘲笑うと、井本の胸ぐらを掴んで末堂は立ち上がらせ、それから耳元で低く言った。


「言っとくけどギャグじゃねえぞ。マジでやるからな。あと、センコーにチクっても無駄なのも、わかってんだろ?」


 もちろんだ。忘れもしない。彼が勇気を振り絞り相談し、決死の思いで縋った担任はむしろ逆に井本を責めた。ふざけてるだけだ、大袈裟に言うな。そう言った担任の目は、言い訳を探すように彼の方を見ていなかった。目の前が真っ暗になる思いだった。


「てめえは逃げ場ねえんだよ。さァ、行くか。昼一番。今度は反省文じゃ済まねえかもなぁ、退学か? ハハッ!」


「ぅ、ぁ」


 引きずられる。声が出ない。言い返したいのに、自分はどうしようもなく臆病で、勇気がないから。こんなんだから、友達もいない。当然、味方をしてくれる人もいない。ここには一人だ。自分は独りだ。


「──てめぇら、いい加減にしろよ!」


 なんて、そんな思いを吹き飛ばすように、怒声が教室に響き渡った。


「はや、さか……」


 あんぐり口を開けて、和泉がこちらを見ている。一瞬、速坂は自分が何をしているかわからなかった。だから、その驚愕の意味がわかった時、ひどく青ざめた。


「あ……? んだてめえ」


「どーした? ヒーローぶっちゃって、やめとけハズいぞー?」


「いつもみたいに見て見ぬ振りして座っとけや、底辺」


 末堂達はまるで憎き仇みたいに速坂を睨みつけて、低い声で言う。


「──っ」


 それに、長年染み付いた負け犬根性が、謝ってしまおうと叫んでいる。後ろの女子二人はともかく、末堂を筆頭にした男三人は一人一人でも勝てるビジョンが浮かばない。桑野はラグビー部のエース、東山はバスケ部の主将、末堂なんかに至ってはボクシングの元インハイチャンプだ。万年帰宅部の速坂では本来、勝負すら成立しないほどの差。どう考えたって普通なら勝ち目はないだろう。


『──やっちまえよ、スーパーヒーロー』


 だが、耳元で悪魔が──否、ツクモガミがそう囁く。速坂星乃に、好き勝手をやってしまえとそう囁く。


『普通なんてクソ喰らえだぜ。だいたい、相手になんないだろ。こんなしょうもない学生くらいさ。変わるんだろ、なあ、ヒーロー』


 大人しく黙っていると思っていたら、機を見つけたとばかりに饒舌だ。横目に見える小馬鹿にした笑みが腹立たしい。


「何黙ってんだ……? テメェが喧嘩売ってきたんだろ?」


「そうだぜ、ビビってチビッたか? オラ、なんとか言えよ!」


『ほら、くすぶってんなよ。悪い癖だぜ。深く考えるな、やっちまえ』


 何やら煽りの声が一つ多いがしたが──確かに、そうだ。


「うるせえよ……」


 嫌だった。この感情は、ずっと抑圧してきたものの一つだ。目を背けたくなる非道も目を背ける非情も、酷い行いも弱い自分も許せなかった。それでも周りに準じて流されて、何度も言い訳を重ねて、出来もしない反撃を妄想し続ける内にそれで満足している自分に気付いた。舞台から降りて傍観を決め込む楽さに、悪くないと思う自分に気付いた。そうだ、主役になれる権利を捨てて、観客席に座ったのは他でもない自分だった。


「我慢の限界だってんだ」


 いつからだ。いつから速坂は、間違ったことを間違ってると言えなくなったのか。嫌な事を平気なフリして我慢するようになったのか。思えばそんな頃からだ、人生がつまらなくなったのは。格好悪い生き方しかできなくなったのは。変わってしまったのは。


「下がってろ、井本。和泉も、手ェ出すなよ」


 だったら、もう一度変わればいい。感情のまま思うまま衝動のまま怒りのままに、その全てをぶつければいい。恥や恐れを捨てて、全力で格好つければいい。


「相手してやるよ。まとめてかかってこ──」


 そうして勇み叫んだ速坂の鼻っ面に、拳が炸裂した。


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