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『バカと煙はなんとやら』

「うわああああああああ!!!!!!!」


 硬く冷たいコンクリートから飛び起きて、初めて上げた絶叫は暗い路地に反響した。

 

「なんだ今の!? 夢──!」


 バタバタと動かせる体には痛みはなく一瞬そう錯覚するが、破れ血に染まった服や、何より目の前で唖然と目を見開く殺人鬼の姿に、今のが全て現実であったことを悟る。


「……じゃない、みたいだな」


『ああ、相棒。君は生まれ変わったんだ』


 さらにそれを裏付けるように声がした。後ろを見れば“それ”が速坂の周りを泳ぐように漂っている。目を剥いた、やはり驚きだ。そんな存在に溢れんばかりの疑問をなげかけようとした時──引きつった声が上がった。


「なんで生きてんだお前ぇ……ッ!?」


 目を剥いて、理解できない現象に男は金切り声を上げる人を幽霊でも見るみたいに、無理解と恐怖と嫌悪が混在したみたいな表情だ。

 それでも、そうまで動揺しつつもわなわなと震える血濡れのナイフの切っ先は、相変わらずこちらを向いている。その醜悪な姿に、速坂は思わず目を細めた。


「生きてちゃ悪いかよ」


 すくりと立ち上がる。不思議と恐怖はなかった。多分、状況のせいで色々麻痺してる。


『おい、相棒。言っとくけど次はないぞ。うまく力を使って、アイツをやっつけろ』


「力? 何のことだよ」


『お前が選んだんだろ? お前らシガイは、自分が一番嫌いなものを異能として自由自在に使えるんだよ。モノによっちゃ、物理法則も無視できるんだぜ?』


 シガイ? 異能? 訳の分からない単語や現象が多過ぎだ。しかし、サブカルチャーにしっかりと侵食された速坂の脳はそれを確かな意味で理解した。その上、臨死体験後の頭は妙に澄み切っていた。


「へえ、で……それが僕は」


『自分ってワケだ。どうなるんだろうな!』


「人ごとだからって楽しそうにしやがっ──」


 文句を言おうとして、すぐ近くで殺人鬼がナイフを振りかぶっているのが見えた。

 まずい、流石に油断しすぎた。もうあんな痛い思いは嫌だ。避けなきゃ、どうにかして、あのナイフを。


 ──あれ?


 そう高速で思考して速坂は気付く。ハッキリと、相手の動きがよく見えた。妙にスローな世界で、情報が全て入ってくる感じだ。数秒先の動きが読めるくらいに、目が冴えていた。それから、体も驚くほどに軽く俊敏だ。ナイフを余裕を持ってかわし、続く2回目3回目も何の苦もなく避けることができた。


「何だこれ……」


『だから、それ与えてやった力だっての。基本人間ってのは自分のポテンシャルの半分も出せてない生き物だ。けど、今のお前は違う。100%、いや、引き出そうとすれば200%だって行けるぜ?』


「倍!? マジかよ!」


『いや、知らん。ノリで言った』


「なんなんだよっ!」


「何一人でブツブツ言ってんだテメェー!」


 と、どうやら速坂以外の人間にはその姿は見えていないらしい。この言い合いも、向こうから見ればただの激しい独り言だ。だが、今は都合がいい。向こうが速坂をただ運良く生きていた無力な獲物と勘違いしている間に、とにかく全力で倒す。自分の力はそれから確かめればいい。


「死ねってぇ!!」


 振り下ろされたナイフをかわし、その手を難なく掴む。そのしっかりとした手応えに、速坂は獰猛に笑った。


「よし、掴めた!」


「こ……の! 離しやがれ!」


 束の間の安堵。男はすぐに暴れ出す。だが、どうやら今は速坂の方が力が強いらしい。それなら手を叩きつけて、ナイフを落とさせよう。それから──、


「糞がァア! 無駄に足掻くな生きようとするなよ!! てめぇらはよ! 足掻くにしても、惨めにだ……っ! オレに大人しく殺されとけばいいんだってッ!」


 耳ざりな声に思考が、動きが止まった。


「何言ってんだ、お前──」


 目を血走らせて唾を飛ばして、男はがなり立てる。地団駄を踏むその姿は、背丈ばかり大きくなった聞き分けのない子供そのものだ。嫌悪を通り越して、哀れとすら思った。


「お前つまんねえよ! なんだよなんだよなんだよ! 気持ち悪い、思うようにいかねえ! 結局最初にやったガキが一番良かったんだよ!!」


「ガキ──あー、わかった。だいたいどういう感じかわかったよ」


「はは、オレの息子(ガキ)だよ……! あんまり聞き分けがねえから、少し躾けたら死んじまった。まあ、殺す気だったけどな! ははは!」


「だからもういいって、聞いてないから」


「いい声で泣いてよお、諦めも悪かった……へへ、最後までおかあさーんおかあさーんって──」


「…………」


 光悦とした表情で、こんな状況にも関わらずニヤつく男。その顔面を、速坂は気づけば殴りつけていた。


「てめぇもいっぺん死んどけ、クソヤロー」


 足運びも、体重移動も、腰の回転も、拳を突き出すタイミングも、全てが完璧に行った自信がある。思うままに、望む通りに体は動いた。


「──ぁ」


 そして、想像の10倍以上の威力を繰り出した拳に男は景気良く飛ばされる。完全に意識を刈り取られた男は、硬いアスファルトに何度も体を打ちつけながら大通りへ消える。人を殴ったのなんていつぶりだ。拳の痛みと殴りつけた肉と骨の感覚はリアルなのに、その効果が嘘みたいだった。


「……なん、だこれ」


『何してんだ! 逃げるぞ相棒!』


 言われて、速坂は道の向こうから聞こえた悲鳴やざわつきに気付いた。まずい、人が来たらなんて説明すればいい。だが、逃げようにも──、


「逃げ切けるのか? それなら隠れた方が……」


『馬鹿か! その方が見つかるぞ! 脳みそちゃんと詰まってんのか!?』


「お前言い方悪いんだよ! くそ、どこに逃げれば……!」


 速坂が情けなくそう叫ぶと、それを受けて人差し指をピンと立て──言う。


『上』


 平然と言ってのける先は、建物の合間から覗く夜空だ。ここを、登れというのか。


『今のお前なら行けるよ。さあ、早速チャレンジだ相棒!』


「まじかよ……」


 そうこうしているうちに、遠くの方からウーウーとサイレンが聞こえ始めた。本当だ、時間がない。やるしかない。なんでも、やらなくちゃできやしない。


「ハハ……やってやるよ!」


 ヤケクソ気味にそう言って、速坂は膝を曲げた。惰性で生きるのはもうおしまいだ。そんな呟きと共に、思い切り地面を蹴る。


「う、ぉ……」


 軽く二メートルは飛んだ。そっから、伸ばした手で階段の手すりを掴み、体を引き上げる。そんな、まるで曲芸師みたいな身のこなしで、手すりに飛び乗りそこからまた跳躍。雨どい、窓枠、換気扇。次から次へ取っ掛かりにして、気付けば速坂はビルの上に立っていた。


「はは、まじかよ」


『マジだよ、相棒』


 夜の街並みはいつもより輝いている気がする。殺人鬼を一度倒したように思えたあの時。それとはまた違う、高揚感と“生きてる感”があった。全身がぶるぶると震える。これが、武者震いってやつなのだろうか。

 速坂は、本当につまらない日常をぶっ壊したらしい。理由も原因もよくわからないけど、それだけは確かだ。速坂星乃は、もう背景なんかじゃない。


『なんだよ、熱視線向けちゃって。ヤケドしちゃうぜ?』


「いや、後でちゃんと話し聞かなくちゃって思ってな」


 コイツの存在も、この力もまだ謎だらけだ。家に帰ったらゆっくり話を聞こう。でも、とりあえずその前に。


「んで……どうやって帰るの?」


『さあ?』


「──────知ってた」


 速坂は、高すぎるビルの上で呻くように呟いた。


読んでいただけで嬉しいです!ありがとうございます!

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