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『非日常を望んで』

初めての投稿になります、どうぞ楽しんでいってください。最初は毎日ペースで投稿します!

 ──人生って、つまんねー。


 それが、高校卒業を間近にした少年──速坂星乃が出した、人生への価値観だった。


 特別不幸というわけではない。ただ、つまらないだけ。特に大きな可もなく、それでいて不可もなし。

 ただ普通に生きて、なあなあで生きて、自分を騙して小さい幸せをうすーく引き伸ばして、マニュアルみたいな人生をそれなりに謳歌して、最後にはいい人生だったって、そう言い聞かせて死んでいく。それがこの世界の普通というやつだ。

 だが、速坂は劇的な何かをずっと待ってる。全部をぶっ壊すみたいな出来事をだ。このつまんなくて退屈な日常を、予定調和で平坦な人生を、刺激の足りないこの世界を、ぶち壊してくれる何かをだ。


「──と思うんだけど、どう?」


「どうってお前……」


 肩をすくめて早坂が言うと、前に座る親友──和泉智也は眉をひそめた。


「一言でいうと漫画の読みすぎ」


「あはは、容赦ないなあ!」


「だいたい、何の挑戦も努力もしないでただ待ってんじゃねーよ。つか、今の幸せを享受しろ、欲張んなってんだこの厨二病患者」


「ハハ! 言えてる!!」


 ぐうの音も出ない。正論だ。これには速坂も、声を上げて笑うしかない。笑う。机を叩いて腹を抱えて、このつまんない答えを笑い飛ばす。正直そこまで思い悩んでない。


「ってか、もうすぐ受験生だぜー? バカなこと言ってる場合かよ」


「うるさいな……お前だってまだ何にも考えてないだろ? なりたいモンとかやりたい事とかきまってんかよ学年トップ。勉強が全てじゃないんだぞ」


「うっわー、ぐうの音! ブービーに論破された! 世の中ぶっ壊れちまえー!」


「お前も一緒じゃん! つかブービーではないからな!?」


 教室の隅で二人で顔を合わせて大笑い。結局二人は同じ穴のムジナだった。くだらなくてなんの解決にもなってないけど、とりあえず今はそれが心地いい。お先なんて真っ暗だけど、薄っぺらい幸せが確かに楽しかった。それでいい。もうめんどくさい。そうやって思考停止するのが、一番楽なだけだ。


「おい速坂、和泉。てめぇらうっせー、ぶっ殺すぞ」


 と、仮初ながらも楽しくなった雰囲気をぶち壊す声が一つ、無遠慮に背後から飛んできた。その語気の強さに思わずひゅっと黙り込んで、居心地悪そうに縮こまる。


「あ、ごめ……」


「ダッセー、静かにしてろや底辺が」


 謝罪すら許してはくれない。彼の名前は末堂和彦。スクールカーストの最上位。ハヤサカの高校生活をつまらなくする一因だ。

 悔しい話だが、速坂達は弱い。弱者だ。だから言い返せないし、従うしかない。それに、そっちの方がずっと楽だ。


 それに、僕らは底辺ではない。


「おい、こいつマジでやったぜ!」


「ギャハハ! サイテー!」


 そんなネガティブ極まりない考えのもと視線を向けた先は開く教室の扉。俯いて入ってきた生徒を、末堂を含む五人組が嘲笑う。なぜか服を着ていないが、どうせ彼らの悪趣味な遊びだろう。


「ヒッデェ……」


「可哀想だけど、見て見ぬ振り、見て見ぬ振り。変な気起こすなよ、速坂」


「何もしない。ってか、何もできないよ」


 ダッセーと和泉。こちらへ向けてか、それとも和泉自身へ向けての言葉なのかはわからない。その言葉が胸にチクリと刺さって、速坂は盛大に顔をしかめた。


「もう懲りたよ……」


 以前一度声をあげた事があったが、その後校舎裏に呼び出され、顔が変わるくらい手厚い洗礼を受けた。いじめの標的がこちらに向かなかったのは奇跡だ。

 自分の身を守る為、つまらない正義感は身を滅ぼす。そんな言い訳をして、速坂は目を背けた。ここの教室にいる人間はみんな一緒だ。みんな自分が被害者になりたくなくて、目を背けている。


「──ッ」


 教室に入るなりいじめられっ子は頭を叩かれた。名前は確か、井本だったか。いじめの原因は忘れた。そんな彼が叩かれたたらを踏む姿を嘲笑うギャハギャハと煩い笑い声。本当に耳障りだった。


「やめてくれよ……」


「あ? 口答えしてんじゃねえよ」


「ゔっ」


「オイオイ、もう吐くなよ? 後片付け大変だろー? この前も雑巾ねえから、お前の制服で拭いたっけな。もうやだろ? あんなの」


 心底楽しそうに言う。ああ言う奴は、本当に理解できない。他人の痛みとか考えないのだ、絶対。同じ人間とはとても思えなかった。思いたくなかった。


「あの日は臭くて臭くて仕方なかったな!」

「いやっ、コイツが臭いのは元から〜!」

「あ〜、そっか、風呂入ってねえもんな!」


 好き勝手いって、5人で爆笑。いつものことだ。周りはかわいそーとか、容赦ないーとか、楽しそうにほくそ笑んでいる。部外者面した傍観者目線。内心は彼を見下して、僅かばかりの優越感に浸っているのはわかっていた。そして、きっと自分もそうだ。


「おーい、授業始めるぞー。末堂、何してるー! 井本も早く席につけ」


「はーい、スンマセン」


「はい……」


 見るに耐えないショーは何とか終わった。主催者は苛立ちげに、傍観者たちは少し憂鬱な気持ちで授業に臨む。被害者の彼は──どんな気持ちで席に着いたのだろうか。


「あー、つまんねぇ……ぶっ壊れちゃえよ、クソ」


 吐き捨てるように呟いて、ぼーっと授業を受ける。そうしていたら、いつも通り学校が終わるのはすぐだった。




「ダァー、寂しー。下校デートしてぇー。何でお前と帰ってんの俺。あー彼女ほしー」


「先、帰るぞバカ」


 頭はいいのに、相変わらず発言がバカな和泉に、速坂は低い声で言う。すると冗談だってと彼は笑った。


「けど確かに欲しいなぁ」


「あん!? お前には吉野ちゃんがいるだろうが!」


 そんな愉快な和泉にほだされて、速坂も呟く。すると、自分で振った話のクセに、和泉はがなり立てた。吉野ちゃん。吉野玲奈は、速坂の小学生からの同級生だ。


「まあ、話した事も数回しかないけど」


「ほんとかー?」


「ああ、ただの憧れだよ。それに眼中にないって、向こうはきっと名前も知らない──、」


 言葉は途切れた。艶やかな長髪の少女が隣をすり抜けていく。口をつぐむがもう遅いだろう。それは偶然にも速坂の意中の人物、吉野玲奈だった。したたかで聡明で美しく凛とした様は多くの人の心を掴む。その内の雑多な一人が、速坂でもあった。

 そんな彼女は、こちらには見向きもせずスタスタと正門へと歩いて行った。


「……ほらな」


「あらら、寂しい」


「ほっとけ」


 口を尖らせて先を行くと、和泉がケラケラと付いてくる。こんなくだらない話をして、下世話な話題で笑って帰る。それはそうだ、彼女なんてできるはずもない。ましてや、彼女が振り向いてくれるなんてことも──。


「なあなあ、最近通り魔出るらしいぜ、ここら辺。こえーよな、気をつけろよ」


 夕日に目を細めた速坂に、和泉は突然耳打ちした。別に誰も聞いちゃいない、十中八九悪ふざけだ。


「突然何でだよ。絶対ビビらせようとしてんじゃん」


「あ、わかった?」


「くだらないなあ」


「くだらないから楽しいんだろーが」


 その通りだ。くだらない会話をずっとしてればいい。こんなつまんない人生を楽しむコツは、そう言うものだと思う。


「つまんない人生を楽しむコツ、か」


「ん?」


 だが、和泉はそんな言葉に反応した。彼も速坂と同じく夕日に目を細め、珍しく神妙な調子で呟くように言う。


「──なあ、速坂ァ……この世界がさ、このつまんない世界がぶっ壊れるなら、お前は何を捨てられる?」


「え、捨てる? なんで」


「ほら、こういう系って結局なんかしわ寄せくるだろ? だから、どんくらいのもんならって思ってさ」


「えー、どうせ妄想の話なら良いことだけ考えればいいじゃん」


「いや、信憑性あった方が楽しいだろ?」


 やっぱり発言が馬鹿だ。まあ、自分もあまり変わんないけど。しかしてどうだろう。何を捨てられるか。──速坂星乃が今持ってるものの内、何が捨てられるのか。


「んー、全部かな。こんなつまんなくてどうでもいい世界にあるもんなんて」


「うわ、マジかよ」


「マジだよ。それこそ、絵空事なんだから言えるんだけど」


「だなあ……」


 二人して夕暮れ時の空を眺めて、ため息。やっぱり夕焼けはセンチメンタルになる。それに今日は気分が悪いものを見た。それでも、帰って少ししたらきっと忘れてるんだ。

 それが日常。その程度が日常。ああ、ほんとうにつまらない。そう、速坂は零した。


「じゃあな、和泉」


「ああ、じゃーな」


 友達と馬鹿な話をして帰って、家に帰って飯を食って、テレビで笑って風呂で一息ついたら、ゲームやってLINEしてtwitterを触って、眠くなって寝る。それから、また登校の繰り返し。特に劇的なこともない。生きてる感じが全くしない。

 考えれば考えるほどくだらなくて贅沢な悩み事で、それでいいような感じがしてくるけど、やっぱり胸にどっか引っかかる。いつかこれが壊れて、本当にすげえ事が始まるのを夢見てる。何となく、その時に後悔しそうなのが少し怖いけれど。


「いや──怖くない」


 虚勢をはって、速坂は歩く。きっとこんなくだらない悩みも、大人になるに連れて忘れていく。自分も晴れて、つまんない人間になっていく。社会の歯車になって、やっぱり最後は、いい人生だったって笑うのだ。まあ、そはそれでいいんじゃなかろうか。

 そう言えば、一番世界が輝いていた子供の頃、自分は何になりたかったのだろうか。


「はは、つまんねぇー……っと、」


 考えるまでもなく切り上げて独り言を呟くと、目の前から人が歩いてきた。恥ずかしいぼやきをイアホンをいじる事で誤魔化しつつ、速坂は道の端に寄る。近道で入った狭い裏路地だから、あまり離れられないけど。とりあえず聞かれてないことを願いつつここを通ろうとした。




 ──その時、鈍い銀色の光が視界の端をかすめた。


「うお……っ!」


 横っ飛びに跳ねる。ビビり過ぎと言われるかもしれないが、熟考中に何か目に入ると驚くだろう仕方ない。とりあえず恥ずかしいから早く帰ろう。とりあえずこの場から離れて、


「いっづ……っ」


 ふと、左肩に痛みを覚えた。


「何だよ、くそ」


 思わず手で覆って、気付く。なんか湿ってる。雨も降ってないのに、もしかしてあの人か。汗とかだったらキモいな。いや、けど厚着だしフードつきのコート着てるしありえないか。今冬だし。


 とか何とか、そんなことを考え手を見て、絶句。


「なんだこれ……血?」


 真っ赤だった。痛いはずだ。こんなに血が出てるんだから。思い切り斬れているんだから。


「でも、なんで」


 嗄れた声を漏らす速坂は、チラリと後ろを見る。横を通り抜けたはずの男はこちらを見ていた。手には、鈍い銀色のナイフが握られている。


「うっそだろ……」


 ──“通り魔”。数分前の会話が頭の中にフラッシュバックする。


 まさかそんなこと、自分に限って。そう思っていた。今だって思ってる。緊張で思考が鈍って不鮮明だ。現実感がまるでない、白昼夢か何かのようだった。だが、肩に発生する痛みは神経が焼けつくようにリアルで、吐き気がするほど鮮明だ。


「なぁ、にィちゃん。こんな世界よォ、つまんねぇーって思うだろ?」


「は……?」


 突然、男は目深に被ったフードの影から覗かせる口元で歪な弧をつくり笑い声の混じった声を出した。


「だからよ、ぶっ壊すんだよ、つまんねーから全部ぶっ壊す」


「い、意味わかんねーって……!」


 もう分かってる。これは現実だ。すぐさっきまで日常だったのに、目の前には速坂が望んだ非日常が広がっている。これが現実だ。


「オレはそうする。そうしたいからなァ、」


 点滅する蛍光灯に飛んだ蛾が、一瞬の閃光と共に地に落ちた。あっけない死。あっけない生の終わり。


「じゃあよ、にィちゃん──お前はどうする?」


 待ち望んだ非日常が、真っ暗な底の見えない風穴が、迷い込んだ哀れな存在を歓迎するように大口を開けていた。


第一話、お読みいただきありがとうございます!

明日もこのくらいの時刻に投稿させていただきます、お楽しみに!

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