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聖ドグラニカ国の五大元素魔術の勢力均衡は連日の三十八度を超える猛暑日により脆くも崩れ去りました

作者: 白峰暁

聖ドグラニカ国には長きに渡り伝えられた創世神話があった。創世神が火、水、氷、風、雷の五つの元素を創り、その力をそれぞれ魔力として人間に与えた。それを以てこの国を興したのだと。


ドグラニカは魔術が発達した国であり、国の機構は魔術師により支えられている。そして、その魔術師は五大元素のいずれかに属する慣習があった。勢力が出来れば頂点を目指して争い合うのが世の常だ。五大元素の魔術師たちもそれには漏れなかった。


創世神話の魔術師の子孫とされる五人の魔術師がいた。彼らは各地の魔術師の長として互いに話し合いを重ね、どの元素の魔術師が国を治めるか決めようとした。各々の権利を優先した結果、話し合いに決着が付くことはなく、戦争間近にまで至ったという歴史もある。


この争いに終わりはないように思われた。


だが、その勢力を巡る争いはある日を境に終わりを迎えることになる。


――三十八度の猛暑がこの国を襲った日から。




「あっつ…………」


照りつける日差しを受け、火の魔術師の長はぐったりと呟いた。


「しっかりしろ。もうじき避暑地に辿り着く」


雷の魔術師の長は暑さにへばる火の魔術師の肩を抱き、目的地を目指す。


従来の聖ドグラニカ国は温暖な気候と豊かな自然を有する過ごしやすい土地であった。だがある日を境に変わった。三十八度、いやそれを超える記録的な猛暑の日から、ずっと太陽はこの国をぎらぎらと照らしている。日中も夜も普通に歩くだけで倒れる者が後を絶たず、社会の機能は停止した。


そして、五大元素の中で特定の魔術師が重用されるようになった。

最も重用されたのは水の魔術師である。次点で氷、風の魔術師と続く。理由としては、"涼しくなるから"――これに尽きる。


水と氷は街を冷やし、嗜好品としての冷たい食べ物を作り出す。風は熱を一時的に冷まさせる。故にこれら三元素の魔術師は国を挙げて保護され、手厚い待遇を得るようになった。そして、火の魔術師と雷の魔術師は街から追放され、迫害された。火の魔術師はこの炎天下では嫌がられる者筆頭だ。雷の魔術師はなんだか熱そうだから・火を起こしかねないから――という理由で同様に遠ざけられていた。


「着いたぞ」

「――ああ」


目的地の洞窟に着いた火の魔術師は息をついた。

平常ならば他の魔術師とこんな風に助け合ったりしない。自分の元素以外の魔術師は全員権利を争いあう相手であり、敵だ。だが今ばかりは力を合わせるより他無かった。こうして涼める場所を探して、各地の迫害されている魔術師たちは息を潜めている。長たる自分たちも力を貯めていつか蜂起出来るように――


火の魔術師は洞窟の清涼なる空気を吸い込んだ。


「……いやぬるっ!涼しくねぇ!あっつ!あっつい!外よりましとはいえあっつい!」

「おかしい……。先日まではもう少しひんやりしていた筈……。……そうか、猛暑日と一括りにされているが、温度は日ごとより高くなっている。事態は悪化しているのか。はは……」


火と雷の魔術師はどさりと洞窟に倒れ込んだ。

いつもは炎を想起させる火の魔術師の逆立つ髪は、なけなしの水浴びでぺたりと垂れている。鋭い雷を想起させる雷の魔術師の切れた目は、濡れタオルの下でぴたりと閉じられていた。

最早見る影もない姿だが、でも仕方が無いではないか。使う魔術が熱寄りとはいえ、熱に強い訳ではないのだから。



暑さにうだった声で火の魔術師は問いかける。


「雷の。今の気温は何度だ?」

「四十二度……、はは。もう多少の冷却アイテムに頼って暮らすには限界か。ここいらが潮時なのかもな」

「それは……」

「水、氷、風。奴らに頭を垂れて勢力下に入れてもらうこと。これが雷と火の生き延びる道なのではないか」

「……!」

「そう睨むな。俺とて雷の仲間たちを守りたい。だが彼らを守るためには、奴らの庇護下に入るのより他は無いのでは無いか」

「……いや、まだだ。まだ諦めん!」


火の魔術師はがばりと身体を起こした。そして魔術詠唱のための陣を書く。

ここで奴らの傘下に下れば、結局は虐げられた状態から脱することは出来ないのではないか。ならば抗う道を探すよう努めるべきだ。自分たちの今の状態は所謂異常気象が原因だ。ならば自分の魔術を磨くことで解決出来るかもしれない。例えば暴走する太陽を上回るエネルギーを魔術で放出して解決する、とか。


「まだそう言うか……。しぶとい男だな」

「ああ、俺は諦めない。火種は絶やさない。それが俺だ」


そうだ。自分は自分一人だけの存在ではない。この国の火の魔術師たちを率いる者だ。迫害されている彼らを守って、今こそ復権しなければいけない……。……ああ、あつい。その為にも魔術をより鍛えて、我々の地位を取り戻さなければ。あっつい。つらい。あつい。


「天にまします神よ、御名において我が魂に力を与えたまえ。我が魂を昂ぶらせ気高き炎と為したまえ。神よ……、我が身に灼熱の熱を……、はあっ。神よ……、どうか最高気温を二十五度にしたまえ……」

「おい、自分の願望出てるぞ」

「うるっさいなしょうがないだろ今この詠唱詠むの辛いんだよ!」

「はぁ。相変わらず暑苦しいね」

「……!」


火の魔術師は声のした方向を見やる。そこからひんやりとした風が吹いてきた。

風の吹いた方角から、それぞれの元素を模した衣装を身に纏う三人の女性が現れた。


「風の、氷の、水の……。ここがわかっていたのか」

「おい、火の魔術師よ。水様、氷様、風様と呼ぶべきだろう。風の魔術師様、出来ればもっと自分に強い風をどうか」

「おい雷のっお前にはプライドはないのかっ」

「はいはーい。雷くん、どうぞー」


火の魔術師のたしなめる言葉も気にしない様子で、風の魔術師はその風力を強くした。風の魔術師は他の魔術師に比べるとどこか穏やかだ。とはいえこの状況下では、こちらを抱き込もうとしてわざとそうしているのかもしれないが……。


「はあ。あんたらが潜伏するところなんてもうここくらいしか残ってないからね。実際、すぐ見つかった。単純なこと……」


水の魔術師はかぶりを振っている。火の魔術師はかちんときた。魔術師の長の中でも水の魔術師には特に対抗心を燃やしてしまう。主に相性的な意味で。


「なんだよっ、こっちだって必死でっ」

「まあまあ、落ち着いて。水さん、すぐに見つかって良かったでしょう。火さん、私たちも貴方を探していたの。よかった、合流出来て」

「……?」


自分たちをいなす氷の魔術師を見やって、火の魔術師は奇妙な表情を浮かべた。


「何言ってるんだ。この状況だとお前たちはさぞいい生活を送ってるんだろう。国民たちがどれだけお前たちを有り難かってるかなんて嫌でもわかる。何故俺たちにわざわざ会いに来たんだ。あざ笑いに来たのか?水や氷の魔術のお裾分けでもしに来たのか?」

「それは……」

「水さん。見せてしまった方が早いと思うよ」

「……仕方ないなあ。はい、水の魔術」


渋々といった様子で水の魔術師が手を挙げた後、火の魔術師を襲う感覚がある。


「うわっ、べたってした。今なんかべたってした。なんだよ嫌がらせかよ」

「ち、違うし。これが……今の、私の力だし……」

「……は?」


弱々しい水の魔術師の声を聞いて、火の魔術師は虚を突かれた。じわりと濡れる程度の、吹けば飛ぶような水滴が今の力だと?いつも強気で、それに見合った力を持つ水の魔術師の言葉とは思えない。


「どういうことだ。俺は見たぞ。街では皆水浴びをして涼んでいたじゃないか。あれは……」

「火さん。えい」

「うわっ」


ぱしゃりと勢いよく冷えた水が飛んできた。氷の魔術師の方から。


「気持ちいい……ありがとう……いや、ちょっと待て。なんでお前が水なんだ。それは魔術じゃなくて道具を使ったのか?」

「違いますよ。これが今の私の力です」

「えっ」

「辛うじて氷水は出せるけど、氷の塊は出せなくなっちゃった。私も水さんも、全力を出すならともかく、通常出力だともう普段の力が出せないの。私たち……、力を使い過ぎて、魔力が枯渇しかけてるんです」


当初はこの異常気象に喜びの声をあげたらしい。長らく拮抗状態だった五大元素の戦いから頭ひとつ抜け出せると。

だが、終わりの見えない猛暑日が続くにつれ状況は変わってきた。最も需要があり、酷使された水の魔術師たちは一人また一人と脱落していった。氷の魔術師たちが密かに水の魔術師の代わりに国民に奉仕しているのだと。 


「なるほど、国民は魔術師たちを衣装で見分ける。衣装を替えてしまえば気づかれないのか……」

「ええ。……でも、ばれるのは時間の問題。我々の魔力が尽きる前に、元凶を解決しないとって話し合ったの。だからあなたたちの力が必要なんです」

「……いつもは暑苦しくて敵わないって思ってたけど、諦めが悪くて助かったよ。雷のと、あんたの協力が必要なの。お願い。力を貸して」


頭を下げた水の魔術師を前に、火の魔術師は考えた。

――火と雷の魔術師は迫害されたが故にその魔術を長らく披露していない。つまり魔力の蓄えは十分だ。特に火の魔術師は力を温存しているから主力になれるだろう。自分に加えて他の元素の力も集まったなら――。


火の魔術師は他の四人を見渡し、そして言う。


「……雷の。さっきは悪かった。どうやらお前が正しかったらしい。今こそ我らの力を合わせる時のようだ。行くぞ!」


五人の魔術師の長は、飛んだ。

――正確に言うと、風の力で空へと浮かしてもらった。そして雷の力で推進力を強めた。そして宇宙へと飛んだ。その先には煌々とぎらつく太陽がある。この異常気象の源だ。


「天にまします我らの神よ!今、我らの力をひとつに!」


五大元素の力が火の魔術師に集まった。

元素は火の魔術師を渦巻く閃光となり、光はひとつの星と並ぶ力を有し、その衝撃波は灼熱の太陽とぶつかり合って――その熱を晴らしていった。


かくして、聖ドグラニカ国の気象は元に戻った。


現在の聖ドグラニカ国の気温は二十七度、火の魔術師が祈った値を超えているもののまだ過ごしやすい気候だ。人々は活気を取り戻し、社会は平和になった。


平和になるとはどういうことか。

平常通りに戻るということである。


「……まあ、この異常事態をなんとか出来たのは、主に俺が力を振るったからということで。火の魔術師が五大元素の頂点ってことに異論はないな?」

「何言ってんのよ一番の切欠になったのは私が頭を下げたからじゃない!あんた最初は自分一人で行こうとしてたみたいだけどきっと自滅してたわよ!」

「まあまあ、落ち着いて。ちょっと頭を冷やして考えてみてください。長期的に見て今回の異常気象に一番力を振るったのは氷の魔術師では?」

「ではこう考えるのはどうだろう。俺たち皆で力を合わせなければこの異変に立ち向かうことは出来なかった。協力をいち早く提案したのはこの俺だ。つまり雷の魔術師こそが上に立つのにふさわしいのではないかと」

「ああ、それなら私が日頃から一番実践してると思うよ~。私が出向くと国民のみんな、ふわって笑顔になってくれたし。だから風の魔術師が一番だよね。ふわっと結論づければそうなると思うんだよね。ねっ」


異常気象が解決した後、五大元素の魔術師たちは団結するということもなく、今日も結論の出ない会議に勤しんでいる。


終わらない会議を天から見下ろす創造神はため息をついた。やはり人間は共通の敵がいないとかくも醜く争い合うものか。五大元素の力を真に引き出すには協力が必要、それをわからせるにはまだまだ試練が必要らしい。――そう考えた創造神が聖ドグラニカ国に記録的な大寒波を引き起こす日までそう遠くは無い。

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