第三話 監視役
「いやー、君も災難だったよねー。突然腕切り裂かれてさ、大変だったよね?」
「校長、アールグレイティーが出来ました」
「ん、ありがとう」
縦長帽子はそう言って秘書のような人から紅茶を受け取り、啜る。
俺は何故か、椅子に縄で縛られており、全く動けない。
俺達三人がいる空間も、真っ暗闇の中で、どうしてかお互いのことは鮮明に見える。
「えっと、校長ですっけ? これ、誘拐じゃないですか?」
俺がそう言うと、縦長帽子は紅茶を突然現れた台に置き、こう言った。
「いやいや、この交渉で君が駄目って言うなら、僕は君を家に帰すよ。君がその分の慰謝料が欲しいなら渡すし」
「はぁ、で、その交渉とは?」
「君に鷹政学園への編入届を出して欲しいんだ」
俺は一瞬、何を言ってるのか分からなくなり、もう一度聞き直す。
「えっと、今なんと?」
「君に鷹政学園への編入届を出して欲しいんだ」
うん、今度はちゃんと聞き取れた。
つまり、俺は鷹政学園の関係者に誘拐されてて、その人達の目的は俺を鷹政学園に編入させることで、て頭痛くなってきた。
ていうか、なんでいきなり?
「どうして、俺なんですか?」
いつの間にか、俺はそう聞いてしまっていた。
縦長帽子は笑いを堪えながら言った。
「だって、君面白いもん!」
「………は?」
それだけのことで、入学許可を? 鷹政学園はどうなってるんだ? 世界屈指の名門じゃなかったのか?
「それと頼みたいことは、瑠璃ちゃんの監視くらいかな?」
「………どういうことですか?」
監視? どういうことだ? 何でそんなものが必要なんだ?
考えるなら考えるほど疑問が浮かび上がってくる。
縦長帽子はもう堪えられなくなったようで、腹を抱えて笑い出す。
「君なーんも知らなかったんだね! それであそこまで頑張るの? 腕切られてまで? あはは! 超おかしい!」
「校長、はしたないですよ」
そう言うと、縦長帽子はまた笑いを堪えた。
「すいません橘くん、これ以上は編入してからのお話しということで、宜しくお願いします」
そう秘書が頭を下げると、俺は椅子ごと急落下した。
「ちょ、ええぇぇええ!?」
俺がいなくなった後も、縦長帽子は笑いを堪えていた。
「彼、本当に面白いよ」
「えぇ、編入が楽しみですね」
そう言うと、縦長帽子と秘書はどこかへ消えてしまった。
俺は目を覚ますと、病院にいた。
隣では母さんが林檎を剥いていたが、俺が目を覚ましたことに気がつくと、すぐに俺を抱き締めた。
「ごめんね、お母さんが買い物なんかに行かせるから……私が自分で行けば良かったのに………」
「大丈夫だよ、母さん。仕方なかったんだよ」
俺は母さんに圧迫されながらも、剥かれた林檎の置いてある机に目が行った。
そこには、林檎と共に編入届が自然に置かれていた。
「………編入届、変な二人組が置いていって、あんたがそこへ入学出来るってことも聞いた。始はどうする気なの?」
俺は真剣に考えた。確かに、あの学園は謎で満ちている。きっと、俺が知れば消される事案なんてのもあるのかもしれない。
そういう所だと言うことは、あの人達と話して理解できた。
だが、それよりも登坂。あいつが心配だ。
何があってこっちへ来たのかは分からないが、約束したんだ。
『俺が、お前を助けて見せるよ』
俺が言った言葉を思い出し、母さんへ自分の思いを告げる。
「………行ってみたい」
「そう、じゃあ行ってきなさい」
母さんは俺の背中を強く叩いて抱き締めるのをやめた。
「その学校、寮生活らしいから暫く会えなくなるけど、一人でも頑張りなさいよ?」
「うん」
俺は綺麗な眼差しで答える。すると母さんも、安心したように病室を去ってしまった。
机の上には、いつの間にか編入届には母さんの名前が書かれていた。
「本当に、母さんは俺のこと分かってるんだなぁ」
俺が感傷に浸っていると、また病室の音が開く音がした。
母さんが忘れ物でもしたかと思い見るが、それは登坂だった。
「えっと、橘くん?」
「あっ! 登坂!」
俺は登坂に俺のベッド近くの椅子に座るよう指示する。
登坂は座ると、会話を始めた。
「橘くん、見舞いに来たよ」
「そうか、それはどうも。一つ食っていいぞ」
俺は机の上にあった林檎の置いてある皿から一つ取ると、登坂の方に皿を押してやった。
俺達は林檎をむしゃむしゃと噛じる。
俺は唐突に話題を切り出した。
「あの後、どうなった?」
「どうって、私がまた鷹政学園に通い直して、あの犯人は牢屋行きだよ」
「………お前、また通い始めたのか」
「うん、それが一番安全だって分からされたからね」
俺は内心、酷く驚いていた。これであの人達との話が見えて来た。多分俺が「監視」するのは、「登坂が襲われないように」か、「登坂が学園を出ないように」のどちらかなのだろう。
まず考えて、前者は有り得ない。圧倒的に他のセカンド持ちの方が俺より強いだろう。
じゃあ後者か。
俺は登坂に、あの人達との交渉の件であったことを全て話した。
「………そうなんだ、橘くんが………」
登坂は突然立ち上がり、俺の両肩を強く掴む。
「きっと、来ない方が君の身のためだよ」
「いやだ」
「なっ………!?」
登坂は驚いて手を離してしまった。
俺の意思は、それほどに固かった。
「鷹政学園に通えるなんて、早々あることじゃないし、それにほら、約束したろ?」
「え、約束って?」
「お前に包帯巻かれた時にさ」
そう言うと、登坂は怒ったのか顔を赤く染め出した。
「そんな約束知らない! もう勝手にして!」
登坂はそう言い放つと、病室のドアから出て凄い音をたててドアを閉めた。
「……あはは、少しキザだったかな?」
俺はその後、編入届に丁寧に署名した。