第二話 朝の始まり
――――と言って立ち上がったはいいものの、とてつもなく痛い。
当然だ。俺は、刃物で切り裂かれたのだから。俺は結局、その場に座り込んだ。
登坂は俺の横に座る。
「だから駄目って言ったのに……」
「本当に痛いな、これ。初めてだわこんなの」
「本当に、ごめん……」
登坂は膝を抱え込み、その中に自分の顔を埋めた。
「登坂、あれはなんだ? なんでお前を襲うんだ?」
登坂はそう言われると目を逸らしてしまった。言いたくないのだろう。
「別に言えないならいいけどさ、俺もこんな大惨事になってるんだ。知る権利はあると思う」
そう言うと、登坂はやっと俺と目を合わせた。
「誰にも……言わないでよ?」
登坂は近くに置いてあった商品に手を向けた。すると、それがふわふわと動き出し、遂には空中に浮かんでしまった。
「何コレ? 状況よく分かんないんだけど」
俺は目の前で起こった奇妙な現象を受け入れられなかったのか、彼女に問う。
「これを俗に「超能力」って呼ばれてるけど、私たちの中では「セカンド」って呼んでる」
俺はその上手に聞こえる説明でも、よく理解できず、頭を掻く。
ただ、ひとつだけ理解できることがあった。それは―――
「お前は、「これ」を狙われてるってことか?」
「………うん。私たちは裏で結構売れるらしいから」
「恐ろしい奴等に狙われてるもんだな。じゃあ、あの黒いのもその「セカンド」って奴なのか?」
「多分そう、影の中でしか動けないみたいだけど」
「ふぅん………」
俺は外を覗いた。外を歩く人を見たが、何事もなく去ってしまった。
きっとこの相手には、なんらかの俺達を特定する手段があるのだろう。
俺は店の中を見渡す。
そこには、やはりスーパーの中だからか、何も対抗できそうなものは無さそうだった。
やはり、移動するしかないだろう。
「俺は外に出て敵を探してくるから、これを持っといてくれ。多分あれは、登坂にしか反応しないんだろうし」
俺はそう言ってもう一度立ち上がる。
あぁ、やっぱ痛てぇ。
それでも俺は足を進めた。
「なんで? なんでそこまで出来るの? 私、あなたに何も関係ないでしょ?」
俺は彼女の方を見て言う。
「関係なくなんかないよ。俺は君に約束した、それを破る気はない」
俺はそう言って、自動ドアから店を出た。
店を出ても、あの影は俺を襲うことはなかった。
やっぱり、あの影は登坂だけを狙っているようだ。
一体何を使ってる?
もしくは「それ」すらも超能力なのか?
それはもしかして、「命令」や「指示」によるものなのかもしれない。
例えば………
俺は背後に視線を感じ、振り返る。すると、黒いものが俺に斧を振りかざしていた。
俺は咄嗟に斧を避けた。我ながら素晴らしい反射能力だ。
だがなぜ突然……
そう考える間も無く、俺は黒いものに包囲された。
「あぁ、なるほど。やっぱり俺の考えは正しかったんだな」
俺はそう呟くと、笑いを堪えずにはいられなかった。
「橘くん、大丈夫かしら……」
私、登坂 瑠璃はそんな一言を呟く。
もうこの店には、時間も時間で数人程度の人しかいなくなってしまった。
私の問題なのに、人を傷つけて、しかもその本人に助けられるなんて……
でも、
「見つけましたよ、犯人さん」
私は近くにあった商品棚に手を向ける。そしてセカンドを使用し、商品棚を雑誌を読んでいた男性客の方へ倒した。
その男性客は驚いて、咄嗟に身構え、そして、商品棚から生まれた「影」から黒いものを生み出し、それを使って支えた。
私はその男に近付き、見下すように見た。
「やっぱりあなただったんですね」
私がパチンッと指を鳴らすと、近くにあった商品が体当たりのようにその男の方へ飛んでいく。
男は為す術もなく、それらに必死で耐えるのみ。
「これ、見えます?」
私はその男に橘くんに渡された「あるもの」を見せた。
男は商品の猛烈な攻撃を受けながらも、それを見る。
それは、ただのメモ用紙で、こう書いてあった。
「犯人は近くにいる」
そう、あの行為こそが橘くんからの、犯人にばれないようにするための偽装行為だったのだ。
「あとは私が自力で見つけるだけ。そしてあなた、私が悲しそうな顔をしてたら、ずっと見てるじゃないですか。バレバレでしたよ」
「はぁ? 第一、なんで俺がここにいるって分かったんだよ! 他の方法だったかも知れねぇじゃねぇか!」
「いや、それは有り得なかった」
私たちが話している最中、何があったのか、制服を脱いだ橘くんが姿を現して会話に入り込んだ。
「俺の勘に間違いはない」
「はぁ? 勘だと?」
男が何言ってるんだと言うように言った。
「あぁそうだ。この店から、俺達への殺気を感じたから、俺は彼女にメモを渡したんだ」
「ざけんな! しかもなんで、俺のセカンドを潜り抜けてやがる! 今も発動中の筈だぞ!?」
確かにそうだ。あれはどこまで行っても、影があれば襲ってくる。そういう物だった筈だ。
橘くんは冷静に解説を始めた。
「あれ、ただの「絞り込み」だろ?」
…………え? ただの、絞り込み?
男の方を見ると、表をつかれたような顔をしていた。
「例えば、登坂の特徴をあの影たちに教えれば、勝手に登坂を追ってくれるって仕組みだ。突然俺に標的が切り替わったのも、ただその設定を変えたってだけの話だろ」
「ちっ、くっそがああぁぁあ!!」
男は服の中から拳銃を取り出し、すぐにその銃口を橘くんへ向ける。
私は男が拳銃を所持していることを把握できておらず、反応が遅れてしまう。
まずい、間に合わない………。
そんな中、男は躊躇なく発砲した。
激しい発砲音が、店内全域に響き渡る。しかし、その銃弾が橘くんを撃ち抜くことはなかった。
突然、消えてしまったのだ。
代わりに、橘くんの前に、見覚えのある二人が現れた。
一人は縦長帽子を着け、紳士服。
もう一人は、秘書のような服装で金髪で雪のような肌。とても美人だ。
「校長、この方はどのような処分で?」
「ん~、めんどいから警察でいい?」
「了解致しました」
そう言って秘書は男に近付き、蹴飛ばす。すると、後ろにあった黒い穴から、男はどこかへ行ってしまった。
いつの間にか、縦長帽子によって橘くんも眠らされていた。
縦長帽子は私に近付くと、手を伸ばす。その顔は無邪気な子供のようだった。
「さぁ瑠璃ちゃん、帰ろうか。鷹政学園に!」
縦長帽子の顔は、窓から覗く月明かりによって、無邪気な顔が恐ろしく見えた。