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公爵家令嬢は悪役に向かない

作者: 宇喜たると

たまには男性側じゃなくて女性側がお馬鹿でもいいじゃない、と思い立って書き始めた悪役??令嬢もの。婚約破棄から始まらない婚約破棄に関わる物語。

 特になんの特徴もない大国、アルストリア王国。氷に閉ざされてもいなければ、干上がるような暑さに悩まされていもいない。四季があり、海も山も川も沼もあり。ないものもとくにないが、余るものもとくにない。

 本当になんの特徴もない、国土が広くて輸出入もそれなりにしている、それが私の住む国だ。

 ここ百年ほど大きな戦争もないこの国の貴族達はいかに自国内で優位に立つかに心を砕き、隙あらば他家を蹴落とそうとする。取って食われれば、隙を見せる方が悪いのだと罵られ、嘲笑われる。そんな国だ。

 そんな国の王族として産まれたわけだが、例によって例に漏れずと言うべきか、本人達の意思などお構い無しに公爵家令嬢と婚約を結ぶことになる。


 レティシア・アルバータイン。

 絹糸のようなプラチナブロンドは腰の中ほどまで波打ち、まるで新雪のように白い肌は頬だけがうっすらと桃色に染まり。潤んだ瞳は濡れたエメラルド、ふっくらとした唇はルビーを砕いて散りばめたようだと言われる美しさ。

 まさに公爵家令嬢に相応しい見目であり、所作も非の打ち所のない少女となれば、本人の意思などお構い無しに王族に嫁がされるのもある意味仕方ないことだろう。

 私としてもそのような少女と婚約を結ぶと分かってからはそれまでより一層勉学や鍛錬に励み、父王の政務にも積極的に関わるようになっていった。


 が、しかし。


「えー、あのー、そのー……」

「いいから報告しろ」

「はっ」

 私の不機嫌そうな(実際に不機嫌ではある)声に目の前に立つ付き人の一人がぴしっ、と姿勢を正す。その顔色が若干悪いのは見ないふりだ。どうせ真実そうだったとしても今それは関係ない。

「レティシア嬢の本日の悪行についてご報告申し上げます。

 まず寮の朝食に苦手な人参が入っていたことに腹を立て、給仕の者に『人参を使うなんて大っ嫌いです!』との暴言。その後学園へ登校中にハドルフィン家の次女、スティアラ嬢に『私に話しかけて下さらないスティアラ様なんてもう絶交です!』と傍若無人な振る舞い。

 その後もあちこちの令嬢に『大嫌いです!』『あなたなんてもう知りません!』と――」


「もういい」

 手を振って止めさせる。頭が痛い。

 はぁ、と深い溜息をつきながら出てきた感想は「子供の喧嘩か?」くらいのものだ。それ以上言い様がない。なんだよ、絶交って。

「で?まさかその悪行とやらの報告をしに来ただけではないだろう」

 ぎろり、とつらつらと報告をしていた付き人を睨めあげる。私は執務机に座っており、相手は立っているのだから仕方ない。別にこの部屋の中で二番目に背が低いことは関係ない。って言うかこいつらが高すぎるんだ。

 たらたらと汗を流す付き人は「そのー……」と言葉を濁すばかり。いい加減頭が痛すぎて割れそうだ。

「……ないんだな?」

「申し訳ございません!!」

 頭を床につけそうな勢いで下げる相手にまた溜息が零れる。いい加減にしてくれ。


「よろしいでしょうか殿下」

 頭を下げている付き人の隣りに立っていた男が声をかけてくる。騎士団長の息子であり、本人も騎士団への入団を目指して日々鍛錬を積んでいるヘンリー・ウィルバドル。付き人の中では一番背が高く、正直拳一つ分くらい縮まって欲しい人間だ。

 いつものあまり感情の読めないのっぺりした顔を見つめながら「なんだ」と先を促す。こんなに表情が死んでいるのにそこそこ見目が良いんだから世の中間違っているよなぁ。

「マデリン・アレクサンドルをご存知ですか?」


 マデリン・アレクサンドル。その名前に頭の中の情報が次々と浮かんでくる。もっとも、そのほとんどがゴシップ程度のものだが。

 アレクサンドル男爵とその妾(実際にはただの下働きだった女に手を出したら身篭ったから慌てて妾にしたとか)の間に産まれた娘で、色々な確執の末に母子共々屋敷を追い出され、長らく庶民として生活してきたとか。

 それを長年正妻との間に子が生まれないのを理由に、正妻が渋々昨年母子を再び屋敷に招き入れる許可を出したと聞いた。

 近々縁戚の男子を婿養子としてマデリンに付ける予定らしい。

 そしてこのマデリン、長らく庶民として暮らしてきたからか、私たち貴族の通う学園に転入してきたが、まぁ浮いている。

 しかも本人はのし上がり精神が強いようで、上流貴族の子息たちに擦り寄ってきているらしい。それを許す上流貴族の子息もどうかと思うが、物珍しさもあって受け入れられているとか、いないとか。

 まぁその上流貴族というのが私たちなわけなんだが。受け入れた覚えは断じてない。


「会ったことはないが……まぁ、知っているとも知らないとも言えないな。噂に聞く程度だ」

「そのマデリン嬢とレティシア嬢はどうやらここ最近交流があるらしく、交流が始まった頃とレティシア嬢があのような振る舞いをし始めた頃が重なります」

 ヘンリーの言葉にもう溜息も出てこない。ただひたすら頭を抱えるしかない。なんでどうしてそうなった?

「……なぜ、男爵家のマデリンと公爵家のレティシアに交流がある?」

 俺の言葉に答える声はない。ようするに分からないらしい。それはそうだろう。私も分からない。


 本来レティシアは度が過ぎるお人好しで、それでよく公爵家令嬢として生きてこられたなと言いたくなるほどの平和主義者。むしろ平和しか知らない。なんなら公爵家令嬢でなければ野垂れ死にしていてもおかしくないほどお人好し。頭の中はお花畑のような、そんな人物なのだ。

 そんなレティシアがここ最近、先程の頭痛を覚える報告にあったような言動を繰り返しはじめた。挙句の果てに私に「私、悪い令嬢なのです」と得意顔で言いに来た。馬鹿なのか。……馬鹿だった。

 そんなレティシアの思惑を探るべく、こうして調べさせて報告させているのだが……


「マデリン・アレクサンドル、な……

 はは、私に近づくためにレティシアに何か吹き込んだか?」

「有り得ますね」

「あの頭の緩そうな感じだと有り得そうですね」

「どっちも緩いからなぁ、頭」

「まぁでもレティシア嬢の方がまだ可愛げがある」

「顔はマデリン嬢の方が好み」

「うちの次期王妃、あれかぁ……」

 全員の溜息が重なる。勘弁してくれよ。

 とは言ってもレティシアの場合は頭は緩いが悪意はない。愛想も良く、喋らなければどうとでも誤魔化せる。頭が緩いとは言っても勉強ができない訳では無く、語学も堪能で、自国だけでなく他国の知識もしっかりと身に付いている。

 しかしマデリンは言っては悪いが学園の成績も下から数えた方が早い上に、悪意と言うか、下心というか、そういうものが透けて見える。愛想はいいが、何かうっかりとんでもないことをしでかしてくれそうなところがある。

 こう比較するとレティシアが次期王妃でもなんら問題ではない。……比較する相手がそもそも間違っている気はするが。


 かと言ってこのままでは足の引っ張り合いだけが得意な馬鹿どもが、いつ私にレティシアとの婚約を破棄させて自分に都合のいい令嬢を差し出してくるか……

 待てよ?婚約破棄……まさか……

「もしかしてマデリンは、本気で私の正妃の座を狙っているかもしれないな……」

「殿下、それはさすがに……ない、ですよね……」

 不安げな目の前の男に何とも言えないでいれば、ヘンリーが難しい顔で頷く。どうやらヘンリーも気が付いたようだ。

「いや、殿下の仰るとおりだ。あのお人好しなレティシア嬢のこと、殿下に懸想したから婚約者の座を譲ってくれと友人に言われれば……」

 しん、と部屋の中が静まり返る。有り得る。誰もがそう思っていることだろう。私も思っている。と言うかそれ以外答えが思い浮かばない。

 絶対にそうだ、と確信を抱きながら私は口を開く。

「……私はこう見えてレティシアを心から慈しんでいる」

 何か言いたげな視線に構わず立ち上がる。馬鹿な子ほど可愛いではないが、私は本気でレティシアを好ましく思っている。馬鹿な子だとは思っているが。現在進行形で。

「であれば……やることは分かっているな?」







「あの、ベルナール殿下……?」

 戸惑った顔のレティシアににっこりと微笑む。緑豊かな学園の中庭。私の付き人たちはもちろん、その他の学生達も多くいるため、どうしても視線が集まる。それも今話題の公爵令嬢と、その婚約者であり、何よりもこの国の王太子とその付き人達が揃っているのだから仕方ない。

「レティシア、最近の君の行動は目に余るものがある。君らしくないのではないかな?」

 私の言葉にレティシアは少しだけ嬉しそうな顔をする。彼女が私との婚約破棄を望んでいることはすでに裏が取れているため、その表情にはなんら不自然はない。

 個人的に腹は立つが。

「ベルナール様、聞いてください!レティシアさん酷いんですよ、私のものを取ったり、悪口を言ったり!」

「レティシア、君は将来私の妻として、この国の正妃として皆の上に立つのだから、もう少し自覚を持ってくれないと困るな」

 何か小バエの羽音のようなものが聞こえたが無視。そちらを見ることなくレティシアの美しい髪を一房掬って口付けを落とす。やはりキィキィと甲高い何かが聞こえたが耳障りなので無視。


 レティシアは戸惑った表情のまま私と隣にいる何かを見比べながら、「マデリンさん……」と呟いている。もっともそのマデリンにかき消されてしまっているが。

「ベルナール様!こんな女ベルナール様に相応しくありませんわ!!」

「そ、そうですベルナール殿下、私悪い令嬢ですから、未来の王妃なんてそんな……」

 言い募る二人に溜息をつく。それも憂いたっぷりに。ちらりと周囲を見れば、あらかたの事情を察した生徒達が同情的な視線をこちらに向けている。

 後ろでは付き人達が「レティシア嬢もおかわいそうに……」「友人に騙されているとも知らず、」「お優しい方だからな」などと少々わざとらしく話している。それも周囲に聞こえる声で。

「レティシア、私はこのままでは君に婚約を破棄する旨を言い伝えねばならなくなる」

 さも苦渋の決断をしなければならない、とでも言いたげな表情を作る。実際にするかと問われればいいえだ。誰がこんなおもしろ……美しい女性を手放すか。

 頭痛の種であることは認めるが、それもまた政務のいい息抜きだ。


 レティシアが私の顔をじっと見つめる。まるで死刑宣告を受ける囚人のような様子に思わず笑いそうになる。そんな思い詰めた顔をするくらいならば、こんなことしなければいいのに。

 相談すらしてくれない婚約者に、心の奥底がちくりと痛み、しかしそれはなにやら騒ぎ始めた小バエのせいですぐに苛立ちに変わる。うるさいにもほどがあるぞ。

「レティシア、そんな顔をしないでくれ。確かに決められた婚約ではあるが、私は君のことを気に入っているし、何よりも君以外の女性に興味など小指の先程もない」

 レティシアの手の甲をとって口付けを落としながらその顔を見る。驚いたような顔で「殿下……」と呟く彼女に目元が緩む。

 本当に今回のことは心外だ。たとえレティシアに興味がなかったとしても、なぜ婚約破棄すればマデリンがレティシアの後釜に入れると思ったのか。王家の威信を軽んじる考えだ。

 何よりも私がこれを好むと思われたのが腹立たしい。好みにかすりもしない。


「君は私では不満かな?」

 私の問いにレティシアの唇がふるりと震えた。それから私と隣の小バエを交互に見る。

 その小バエは「私に譲ってくれるって言ったじゃない!」とかなんとか騒いでいる。

「……そうか、レティシアは私には興味が無いのだな」

 悲しげに微笑む私。これでもそこそこ顔立ちは整っている方なのでそれなりに絵になるだろう。周囲の令嬢から「おいたわしい……」なんて声が聞こえてくる。

「分かった。それならばレティシア、君との婚約を破棄できるようにしよう」

「殿下……申し訳」

「その代わり」

 レティシアの謝罪の言葉を遮る。それを最後まで聞いてしまったら色々不具合がある。言質というものは面倒なのだ。

 私は周囲を見渡しながら朗々と宣言する。


「この私、ベルナール・デュバル・アルストリアはレティシア・アルバータインとの婚約を破棄した場合、いかなる場合であっても今後妻を娶ることはない!」


 そう、繰り返しになるが、言質というものは面倒なのだ。

 ざわり。周りが途端に激しく動揺したのが手に取るように伝わってきて思わず口角が上がりそうになる。

 それもそうだろう。周囲の令嬢たちは「正妃は無理でもあわよくば側室くらいには」と思っている者達もいる。それなのに私が正妃も取らないとなれば……なぁ?

「殿下、顔のニヤケを抑えてください」

 後ろからヘンリーがぼそぼそと注意してくる。危ない危ない。


 レティシアは私の言葉の危険性を十分に理解してくれたようで、さぁ、と顔を青ざめさせている。なにせこの国の王子は私しか居ない。しかもちょうどいい具合に私以外に王位を継げる人間はみんな私より年上で、私より先に逝く人間。その血筋の者達も継ぐ権利はあるが、どれもこれもどんぐりの背比べ、私の子供が居なければこぞって玉座を狙って争い始めるだろう。

 この状況で私が妻を娶ることがなければ……よくて王家断絶。悪くて王位争奪戦により国力の低下、そこを狙った他国からの侵攻。そんなところか。


 いやぁ、そんな国運を左右するのが魑魅魍魎が跋扈する社交界の場ではなく、貴族の子供たちが通う学園の中で起こった事件とは。我ながら情けない通り越して笑うしかない。

 一部の聡い生徒もその可能性に気がついたらしく、王宮に使いを出すべきでは、なんて囁きも聞こえてきた。お、あそこで倒れているのは宰相の娘じゃないか。頭のいい子だと聞いている。一瞬で最悪の事態まで想定したんだろうな。


「――さて、レティシア。もう一度問おう。

 君は私では不満かな?」

「いいえ、殿下……」

 諦めたように微笑むレティシアに、私は満足して「それなら良かった」と微笑み返した。







 それから暫くしてマデリンの父親は地方に左遷。という名の実質王都からの永久追放。また、今回の騒動を引き起こした原因とされるマデリンも学園から退学。マデリンの母親ももちろん男爵について行っている。

 ちなみにアレクサンドル男爵の正妻殿は今回の件で男爵にほとほと愛想が尽きたらしく離縁。その後公爵家筋の隠居した貴族の後添えとなり、以前より心穏やかに、そして贅沢に暮らしているらしい。と言うのもこの隠居した貴族、昔から「私があと二十歳若ければ私の妾に、いや、妻にしたものを!」と騒いでいたらしいから、社交界では「なるべくしてなった」と言われている。


 そしてレティシアは今後、余計な虫が寄り付かぬよう良家の子女たちが周りを固めることになる。いずれもレティシアに憧れがあり、と言うかその憧れが行き過ぎて声すら中々かけられなかった者達。今後はマデリンのような人間は寄りつけぬだろうよ。

 執務室でくつくつと笑っていれば、唯一同室しているヘンリーが呆れたような溜息をつく。


「なんだヘンリー、悩みがあるなら聞いてやるぞ?」

「そうですね、麗しの公爵家令嬢があわや王族の妾になるところだったことを思うと今も夜もねられませんよ」

 ヘンリーの言葉ににやりと笑う。そう、もしもレティシアがあの場でそれでも婚約破棄をと言った場合、私の妾にするつもりだった。妻は娶らないといったが、妾については言及していないからな。

 たとえ反対意見が出たとしても、それこそ例の最悪の事態を引き合いに出せば大半の貴族が黙らざるを得ないだろう。何せうちは戦争を体験した者など残っていない、平和ボケした国なのだから。だからこその愚か者はいるが、そんなもの闇に葬ってしまえば居ないも同じだ。


「なんにしろ、レティシア含め、みなに私がどれほどレティシアを想っているか伝わったのだから良いではないか」

「……そう言えばアレクサンドル男爵の元奥様、ご懐妊されたとか」

「あぁ、目出度いことだ。すでにお祝いの品はたっぷり贈っている」

「……ご存知だったのですか?」

 ナニをだ?私の問いかけにヘンリーは「ナンデモナイデス」と首を横に振る。それでいい。

「それにしてもレティシアも馬鹿な子だなぁ。私がレティシアに興味が無いから、それなら私に恋い慕っているマデリンの方が婚約者として相応しいと思ったなどと」

「えぇまったく。あなたがレティシア嬢を溺愛しているのはすぐに分かることですのに。

 ……方向性がおかしい気もたまにしますが」


 まったくヘンリーの言う通りで、私がレティシアを深く愛しているのは言わば公然のこと。あれほど裏から表からあらゆる手でレティシアに近付く男を、危険を排除してきたというのに。

 今後はもう少し本人を可愛がる必要もあるかもしれない。想像しただけで面白い。

「ほどほどになさってくださいね」

「安心しろ、政務に支障をきたすようなまねはしないからな」

 そういうことではない、と言いたげなヘンリーを無視して政務の続きに取り掛かる。さて。次はあの子はどんなことをしでかしてくれるのか。楽しみで仕方ないと口端が少しばかり吊り上がるのを自覚しながら書類に没頭していく。

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