家
紫苑が家に着くと、珍しいことに父親の車が止まっていた。半年ぶりに帰ってきたらしい。
紫苑の家は一軒家で、車が二台停められるスペースがある。その半分が黒の軽自動車で埋まっていたのだ。
「ただいまー……」
扉を開けて玄関に上がれば、靴は二種類あり、父親と連れのだろう。
マツバボタンの植木鉢を玄関の隅っこに置くと、静かに靴を脱いでリビングの扉の前に向かう。そして、扉に耳を当て、中の様子をうかがう。
「ははは、ったく、エミは可愛くて仕方ないなぁ~」
「もぉ~、こうちゃんったらぁ~」
男のほうは父親だろう。女は、母親の声ではない。どちらも正常とは思えないほどハイテンションだ。扉の間からツンとした匂いが鼻を刺激するから、酒でも飲んでいるのだろう。
浮気か。
冷めた思考が頭を占める。
関わることを早々に諦め、扉を離れようとした瞬間。
「なぁにこれぇ~。きったないはな~。すてちゃいましょうよぉ~」
「どうせアレのやつだし、すてていいぞ~」
グシャリ、と何かが袋に入れられる音がした。
女は、汚い花、といった。
では、すてられたのは……?
頭がカッと熱くなる。
目の前が白く染まる。
どこかで叫び声がする。
手が、異様に熱い。
目の前がだんだん白から黒に染まっていく。
そして、黒にすべてが覆われたとき、紫苑は意識を失った。
ふと気が付くと、そこは病院のベッドの上だった。
起き上れば、頭が異様に痛く、頭の中で鐘を鳴らされているかのようだった。反射で頭を押さえれば、頭に包帯が巻かれているのがわかった。
「起きたのですね、紫苑」
声がしたほうに顔を向ければ、紫苑の母親が立っていた。
「お母さん……」
「何があったか、覚えていますか?」
母親の静かな温かいその声に、首を振る。
「そう、ですか……。紫苑。あなたは浮気していたあの人と相手の女と会い、乱闘騒ぎを起こしました。結果的にはあちらが悪いということになり、あなたに罪はない、ということになりました。……後ろから殴られて、脳震盪を起こしたんです。あなたは一週間、入院です。様子見なので、それ以上症状が続くようならもっと入院期間は伸びますけどね」
「……あの、今日は何日でしょうか」
「二十日です。あなたは一日寝ていました。……何か、予定でもありましたか?」
「二十九日に、友達の家に行く予定で……」
「ならそれまでに頑張って治しなさい。嘘はつかないように」
「……はい」
俯いて小さく返事をする。
母親はそんな紫苑の姿を見て、部屋を出て行こうとする。
「……あの」
母親が扉の前で立ち止まる。
「あの人たちは、どうなりましたか……?」
「ほかの病院で入院しています。退院次第、逮捕されるそうです」
「そう、ですか」
二人の間に沈黙が流れる。
ふっと、母親が振り向き、紫苑に聞こえるか聞こえないかくらいの音量でつぶやく。
「花は、無事です。あなたがお友達からもらったという花は、あなたがきちんと守り抜きました。あなたが入院中は、あなたを救ってくれた隣の家の人が世話をするそうです」
「え……」
紫苑が顔を上げたとき、すでに紫苑の母親は部屋を出て行っていた。