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ネモフィラ

 二人が次に会えたのは、最初の邂逅から半月後のことだった。


 その日、紫苑は部活に入れと騒がしい先生から逃げ帰ってきたところだった。


 紫苑は必ず部活動に所属しなければならない高校に通っているが、一年次はずっと帰宅部を貫いてきた。


 面倒事が増えるのが嫌であったことと、親が二人とも帰ってこないことが理由だった。


 帰ってこない親の代わりに家事をやるのは、紫苑だ。


 食材は定期的に冷蔵庫に収められているとはいえ、それを調理するのは紫苑であり、部活動で疲れた身体で料理など作りたくなかった。 


 それに、紫苑は学校が好きではない。


 幼いころから一人でいたために、人が多い場所が苦手なのだ。どうしても家に帰った時の静けさが辛く感じる。ゆえに、騒がしい場所に近付かないようにしていた。


 しかし、学校は毎日たくさんの人が騒がしくしている場所だ。だから、特に苦手だった。


「……あ」


 紫苑が公園に入ると、菊が花を摘んでいた。その手に持っているのは、青い小さな花だ。ゆっくりと近づくと、不意に菊が振り返り紫苑を見た。


「あ! 紫苑ちゃん、久しぶり!」

「……久しぶり」


 紫苑がまっすぐベンチに向かうと、菊も青い花を持ったままちょこちょことついてきた。


 二人はベンチに座り、前回よりも色とりどりになった花壇を見渡す。


 菊は嬉しそうに、紫苑は菊が持つ青い花をしり目に。


 青い花はとても小さく、花は二センチくらいだろうか。縁が青く、中心が白い。雄しべや雌しべだろうか、花の中心から伸びている小さな糸の先端は少しだけ太く黒い。


「……それ、その青い花は?」


 菊はきょとんと紫苑を見ると、青い花に目を移した。


「これはネモフィラっていうんだよ。最近、この公園の近くを通る紫苑ちゃん、遠くから見てて疲れてそうだからこれを選んだんだよ」


 紫苑は目を開いた。


 まさか、登下校を見られているとは思わなかったのだ。


 菊の家はこの公園を見れるほど近くにあるのだろうか?


 紫苑が浮かべた疑問に気づかず、菊は花の説明を続ける。


「これはネモフィラっていって、『どこでも成功』って意味があるんだよ。それに、失敗しても、『あなたを許す』って意味もあるから、誰かを応援するにはちょうどいい花だと思ったんだけど……どうかな?」

「応援、か。確かに、新学期が始まってちょっと疲れてたから、その……嬉しいよ。…………ありがとう」


 小さくしぼんでいく言葉に、紫苑は情けなさを感じながらも言えたことに少しだけ安堵する。


 菊は紫苑に気付かれないように口元に手を当てて小さく笑うが、耐えきれなくて少しだけ声が漏れる。


「ちょ、笑わないでよ!」


 抗議の声がきっかけで、菊は笑い始めた。


「だ、って、しお、ちゃ、かわいい」


 笑いながらも話すため、言葉が途切れるが、しかし紫苑にはきちんと伝わった。


「あたしなんてかわいくないでしょ! かわいいのはどっちかというと菊のほうで……!」


 顔を赤くしながら紫苑は抗議を続けるが、菊の笑い声は止まらない。


 しかたないので、ネモフィラの花を菊の手から奪い取って、立ち上がった。


「もう! 菊のいじわる! 今度会ったとき、覚えといてよね!」


 鞄を持ち、公園を走り出て家へとまっすぐ帰る。


 その手にはネモフィラを潰さないように大事に持っていた。


 公園に残された菊は、紫苑の後ろ姿に微笑み、胸に手を当てた。


 その姿は、何かに祈りを捧げている姿に見えた。


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