出会い
四月に入り数日が立ち、春の日差しが心地よく降り注ぐ昼下がり。
午前中に進級式があり、紫苑は高校二年生となった。
しかし、紫苑は進級したことがいいことだとは思わない。
進級するということは、後輩ができるということだ。それはつまり、面倒事が増えるということ。
そしてもう一つ。
高校生には就職やら受験やらが付きまとう。それが紫苑には煩わしかった。
そんな心身ともに進級式だけで疲れた紫苑が見つけたのは、小さな公園だった。
昼間だというのに、人っ子一人おらず静かであり、紫苑には休憩するのにとても適した場所に見えた。
ふらりと何かに惹かれるかのように立ち寄り、ベンチに座る。
目の前の彩られた花壇は、綺麗なのだろうが疲れた紫苑にはなんの感慨も与えない。
背もたれにもたれながら、見上げる形で目をつぶる。
日の光を瞼越しに受けながら、考えることは家のことだ。
(あー……帰りたくない……。どうせ家帰っても誰もいないし、ご飯作って食べるのも面倒だし……。で
も、冷蔵庫を見て食べてないことバレルのも面倒なんだよなぁ……。栄養にうるさいのは流石看護師って感じだけど、怒るべきはあたしじゃなくていつも外食で帰ってこない親父だろうに……)
グダグダと思いふけっていると、突然、瞼越しに届いていた光が遮られた。
雲が太陽を隠したのか、それともまた別の要因なのか。
紫苑が確かめようと瞼を上げようとしたとき、上から声が降ってきた。
「こんなところで寝てると、風邪ひいちゃうよ?」
紫苑より少し高めの、声だ。
瞼を押し上げれば、目の前には少女の顔。
その顔の近さに驚きながらも、紫苑は声を出した。
「……誰、あんた」
目の前の顔は少し嬉しそうにすると、離れる。
少し離れた場所に立つ少女は、膝まである白のワンピースに薄橙色の薄手のカーディガンを羽織り、花の飾りがついたサンダルを履いている。パッと見た感じ軽い散歩に来た、という感じだろうか。
少女は後ろで手を繋いだのだろうか、後ろに手を回し笑いかけてくる。
「私は菊っていうの。お姉さんは?」
菊と名乗った少女は、紫苑に笑いかけながら聞いてくる。
その笑顔がとても眩しく見えて、目を細める。
きっとさっき太陽を背景に、これの顔が目の前にあったからだろう、などと意味の分からない理由で納
得しながら、紫苑は相手を突き放す言葉を選ぶ。
「あんたに教えて、あたしに何かメリットがあるとは思えないんだけど?」
菊はきょとんとした顔をして、少しの間考え込むと、花壇のほうへ走っていった。
自分から突き放しておいてだが、その去っていく後ろ姿を見て紫苑はなんともいえない感情を持て余した。
そうして、菊のことを忘れるように、もう一度目を閉じる。
(きっとあの子は帰ったはずだ。あたしなんかに関わっても楽しいことなんて一つもないし。それに、あの眩しい笑顔を浮かべる子が、あたしなんかと関わったら笑顔が曇ってしまうし……。って、なんであの子のことを考えてんだろ、あたし)
一つため息を吐いて、近くにおいていたカバンを持つ。
そして目を開いて立ち上がった。