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錬金術師は天秤と出会う

ざぶざぶと水をかき分けながら前に進んでいく。

空に浮かぶ夜空はいまだに美しく輝いているが、今の俺の気分は最悪だ。服が体に張り付いて気持ちが悪い。

どこかに上がれそうな場所はないのだろうか。

先程確認したがポケットに入れておいたもう一本のSランクポーションをは無事だった。川底にぶつけたのが後頭部だったからだろう。当たり所がよくてよかった。いや、これはよかったのだろうか。



「とにかく今はどこか上がれる場所を――」



いや、まてよ?なんだかこの身体能力なら壁を無理やり力任せに登りきることもできるんじゃないか?

それどころか全力で跳躍したら崖を飛び越えるなんてことも……。



「怖すぎだろ俺の体」



なんだかあまりにもあっけないパワーアップだったせいでいまいち実感が持てない。

つい先ほど俺は人間をやめてしまった。

自分で作ったSランクポーションを飲んだことで肉体が劇的に強化された。

その上寒さに対する耐性も手に入れた。

そんなすごいことが何の苦労もせずに手に入れられてしまったせいでうまく自分自身で信じられていない。

というか喜びがとてつもなく薄い。



「異世界でチート能力といえばもっとこう、なんかあったと思うんだが……」



以前日本にいたころに読んだ小説や漫画でのテンプレは、女神様や神様にチート能力をもらって可愛い女の子たちとイチャイチャハーレムを築くというものだった。

だが俺の場合はどうだ。



「大した説明もされず、辺境の街のカーストワーストワンでしかも今はワイバーンに追われて谷の底でびしょ濡れ。しかも覚醒した理由が寒さを凌ぐためとはこれまた酷い」



誰に言うでもなくぐちぐちと思ったことを口にしていく。そもそもであの女が適当に能力だけ渡して説明も何もしないで放り投げたのが悪い。

つまりはすべての元凶はあの女なのだ。次にあったら絶対に文句を言ってやりたい。

「異世界に送るのは良いが、もう少しまともな説明をする場を設けろ」と。

女神か何か知らないが、それくらいしてもらわないと職務怠慢だ。

また俺のような犠牲者が出ることになる。



「はぁ、そもそもでなんで俺なんだ。もっとすごい奴なんて世の中にごまんと――ん?」



手を壁に添えながら進んでいたが、中で壁が途切れていることに気が付いた。

水より高い位置で、崖の側面から奥へと続く空洞。所謂洞窟という奴だろうか。



「丁度いい高さだな。今日はここで夜を明かそう」



暗いと何も見えなくて上りやすそうな場所も見つけられない。とにかく今は陸地に上がりたかった。

両手をついて体を水から持ち上げる。

予想以上に軽く動いた自身の体に、そうだったとため息をつく。

早くなれないと自分で怪我や事故を起こしかねない。これはどうにかして自分の中でモノにしなくては危ないな。



「よっこらせっと」



足をかけて洞窟内に上がる。

ようやく水から解放された。流石にSランクポーションを飲んだとはいええら呼吸はできないだろうし、寝るには陸地がどうしても必要だった。

こうも早く上がれる場所が見つかったのは幸運だったと言えるだろう。

その場で腰を下ろして洞窟の奥を窺う。

すると、洞窟の奥から小さな光が目に入った。



「なんだ?あんなところに光源があるのか?」



暗闇の中に小さく光る何か。それが気になって足は自然とそちらへ向かう。

洞窟の奥に進むにつれてひかりはどんどん大きくなっていった。

しばらく歩くと、ひときわまばゆい光に目を背ける。

明るさに目が慣れ、まともに目が開くようになり、視界に入ってきたその瞬間の感想は森、だった。

ここが洞窟だという事も忘れさせられるような木々の密集地帯。

この場所はどうやら洞窟内に上にも横にも大きく開けた場所のようで、かなりの大きさがあるようだった。

この空間はまだしもどうしてこんなところにこんなたくさんの木が?

という疑問がまず一番い浮かんできたが、まだこの場所にたどり着くことになった原因を見つけていないことに気が付いた。



「そういえばまだこの場所の光源にたどり着いてないな」



奥へと進んだ木々の間からはいまだ先ほど見た光があふれている。

まだ先があるのなら、このまま調べに行きたい。この場でとどまって野営することもできるが、それではこの光がもし何か危険な物だった場合に俺が死ぬ。

そう思い再び前に進み始める。

地面は先程までの岩肌むき出しの洞窟ではなく、だんだんと柔らかい土になっていった。

辺りでは水の流れ出す音が聞こえ始め、涼し気な風が吹いている。

盛り上がった木の根をまたぎ、生い茂った枝をくぐってたどり着いたそこにあったのは――――

――小さな植物の苗だった。

しかし、その根がある場所は普通の大地ではない。



「これは、天秤、か?」



大きな黄金の天秤の上にポツンと小さな光る苗が置かれている。

天秤自体が地面に掘られた深い穴の中にあり、もう片方の皿はあの穴の中にあるため何かがあるのかもしれないが、全くと言っていいほど見えない。



「それにしてもこの苗、これだけ近づいたのにあんまりまぶしくないな。ここに入ったときは目を覆うほどだった気がするんだが……。というかこれって明らかに人工物だよな」



黄金の天秤は細かな装飾が施されており、とてもじゃないが自然にこの形になりましたというのには無理がある。



「という事は誰かが意図的にこんな人里離れた場所にしかもこんな大掛かりなものを置いてったことになる。随分と暇な人もいるもんだな」



などと特に意味のない独り言をつぶやいてみる。

当然誰からの返事も帰ってこない。



「とりあえずこれを何とかしてみるか……」



他にこれと言ってすることがないので朝になるまで暇をつぶせるのはありがたい。

先程Sランクポーションを飲んだせいか目がギンギンに冴えている。ゆっくり休んで明日に備えるどころか数日間不眠不休で働けそうなくらい体が軽いのだ。

こんな状態だとどうしても寝ようなんて気持ちになれない。



「これは天秤なんだから、とりあえずもう片方を持ち上げたいなら片方を重くすればいいんだよな」



片方が重くなればもう片方が上がってくる。これはこの天秤に見えるものが本当に天秤であればそう動いて当然のはずだ。



「それなら安直だがこの苗を成長させればいいんじゃないか?」



ここに来るまで道らしい道なんてどこにも見当たらなかったし、他にギミックがあるようにも見えなかった。

もしかしたら見つからなかっただけであったのかもしれないが、その時はその時という事でとりあえずこの苗を成長させてみよう。



「手持ちのポーションは……Sランクが一本か。ちょこっとだけ垂らしてみよう」



しまってあったポーションを取り出し、栓を開ける。

夜空色、とでも言えばいいのかわからないが、液体を一滴苗に垂らす。



「これでどうだ?これで成長してくれれば――うおっ!?」



ポーションの効果が出るかと思い、顔を近づけた瞬間今までの比ではないほどに苗が輝きだす。

視界が真っ白に塗りつくされ、その空間すべてが一瞬で光に飲み込まれた。







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