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錬金術師は覚悟を決める

「はぁっ、はぁっ、はぁっ!!」



スタミナが切れようとも体のあちこちが痛もうとも止まるわけにはいかない。

後ろには明確な死の気配が着々と近づいてきている。

じわり、じわりと距離が詰められている気配がする。後ろに視線を送り、後方を確認するといまだにワイバーンは俺を付けてきていた。

恐らくあいつは俺のことを殺そうと思えばすぐに殺せたはずだ。

確かに俺はポーションで身体能力が一気に向上した。

だがそれはあくまでまだ人間レベルの変化だ。Bランクのポーションでは人外の力と真正面からぶつかるにはまだ足りない。

それこそAやSランクの最上級のポーションを一気飲みでもしないと無理な気がする。

脳に酸素が回らなくなり、思考があやふやになっていく。足がガクガクと震え始めた。



「あっつ!!!??」



頭上を炎が掠めていく。今のは間違いなく俺に当てられる距離だった。

頭の上を通り抜けていった炎は空中で薄れ、熱を残して消えていく。

今までかいていた汗とは別に冷や汗が垂れる。



「簡単には殺してもらえないってか」



周囲には遮蔽物はほとんどなく、目の前に見える小さな丘やその辺にある大き目の岩ぐらいしか目につくものがない。

何とかして後ろのワイバーンを巻きたいが、はっきり言ってどうしようもない。

俺には派手な魔法も最強の剣もないんだから。

出来ることはどんなポーションでも作れるくらいだ。それも今すぐにぱっと出てくるわけではない。

ああ、俺めちゃくちゃ何もできないじゃんか。

それでも。

それでにシエルにもう一度会わずには死ねない。

シエルが、あのガキたちが生き延びて無事に笑っているところを見るまでは死ぬわけにはいかない。

そう思うと自然と自身の内から何かが湧き出してくるような気がした。

これが、俗にいう『勇気』とか言うくさい奴だろうか。

心なしか自分の力のない目に光が戻った気もする。

既に無い筋力と体力を振り絞って正面の丘を駆けた。

小さな丘をあっという間に上り切り、頂上を蹴って向こう側へと飛び出す。



「お、れはっ!絶対に!あの場所に、帰るんだぁっ!!!」




だが、そこにあると思っていた物がそこにはなかった。

足の裏に伝わる地面の感触がない。

ふわりと体が浮遊感、無重力に包まれる。

予想外のことが立て続け起きたが、一つだけわかることがあった。

あれっ?俺落ちてる?

そう自覚したときにはすでに遅く、俺の体は自由落下を始めていた。

今まで視界に入っていた青空が上昇していき、目の前には真っ暗な谷があった。

体は風を切って落ちていく。

ゴツッという鈍い音と共に視界がぶれ、後頭部に強烈な痛みが走る。

目の前が暗くなっていくなかで最後に見えたのは、真っ青な空と空中を旋回するワイバーンの姿だった。






「うっ…、あぁ……」



ぼやけた意識の中で口から意味のない音が漏れる。

頭がくらくらする。

特に後頭部がひどく痛む。

何がどうなっているのか現状が理解できない。とにかく全身が痛い。

周囲は薄暗く、普段見慣れたぼろ宿ではない。

冷たい風が体に吹き付けられる。

寒さと全身に風が染みる感覚で徐々に意識が深いところから登ってくる。

一度強く瞬きをし、ぼやけた目を覚ます。

視界は段々とクリアになっていき、今自分が置かれている状況が呑み込めてきた。

俺はあの時崖から落ちたのだ。

崖の亀裂のこちら側が盛り上がって傾斜ができていたせいで崖があることがわからなかった。

しっかりと意識があった状態なら気が付けたかもしれないが、あの時は疲労と酸欠でかなり集中力も散漫になっていた。

過去の失敗は今考えてもどうしようもない。とにかく今はこの現状をどうにかすることだけを考えよう。

体のあちこちが痛いという事はあの後さらに下に落ちたという事だ。

上を見てみると、この崖はアルファベットのVのような形をしており、左右からごつごつとした岩が突き出している。

俺は上から落ちてきてそれらに階段から転げ落ちるようにぶつかってきたのだろう。

Bランクポーションを飲んでいたおかげか、全身が壊れた人形のような悲惨なことになっているというわけではないらしい。

左腕、右腕、腹部、下半身と順番に力を入れていくが、どの部分にも痛みを感じる。

まだ痛みがあるという事はその部分が体にくっついているという事だ。



「それにしても、随分とひどい目にあった」



昨日の今頃にはワイバーンに丸一日追いかけられるとは思いもしなかった。

谷の裂け目から見えるそらは赤紫色をしている。太陽は見えないが、今の時刻はきっと夕方だろう。

朝焼けだとはあまり思えない。

それなら俺はここで一夜を過ごしたことになる。

こんな簡素な防具でしかも日の当たらない場所で夜を過ごそうものなら今が冬ではないとはいえ凍えてしまっただろう。

まぁ、その疑問についてはそのうちでる。空が見えるのであれば、朝なら昼に、夕方なら夜になるのが見てわかるだろう。

それよりも今は自分の安全を確保することを優先すべきだ。



「いっ、てて……」



ミシミシときしむ右腕をだらりと重みを岩に預けていた状態から力を込めて持ち上げる。

何とかゆっくり持ち上げていくのが精いっぱいだが、動くのであれば問題はない。

ようやく胸の前まで持ってきた右手でポーションを生成する。

作るのはCランクのポーションだ。

とにかく今は動けないのはまずい。もしかしたらここにも魔物が住み着いていて襲い掛かってくる可能性もあるのだ。

何とか抵抗ぐらいできるようにならなくては、無抵抗のまま食い殺されるなんて御免だ。

Cランクのポーションを作ることを意識して右手に集中すると、最近では見慣れた青白い靄のようなものが発生する。

それを確認して腕の力を抜く。

パタリと右手は自分体の上に落ちるが、光はその場で発行を続けている。

これであとは時間がたつのを待つだけだ。

Cランクのポーションができるには三十分ほどかかる。

それまでに気を失ってしまっても体の上で生成を開始したので下に落ちることは無いだろう。

ポーションが出来上がるまで別のことを考える。

痛まない程度に体を動かして周囲を確認した。

どうやらこの岩はそれなりの大きさがあるらしく、俺が転がっている部分以外にも人がもう一人寝転がれるくらいはスペースがあった。

下はまだ見えない。

もう少し移動しないと岩から下を覗けないのだ。こればかりはしょうがないのでポーションの完成を待とう。

それから俺を追いかけ回していたワイバーンだが、どうやら今この上空にはいないらしい。

もしかしたらこの崖を上り切った上に待ち構えているかもしれないが。



「もしそうだとしたらどんだけ俺のこと好きなんだよ……」



そんなに俺が石ころ顔にぶつけたの怒ってるなら謝ってなんとか許してもらおう。

それぐらいしかもうどうにかする方法が思いつかない。



「はぁ…それにしても、シエル達は無事だろうか」



あのワイバーンがここにいない場合またダンダリアに向かった可能性もゼロではない。

そう思うと心がざわざわする。自分が死に目に会っているというのになぜ俺は他人のことをここまで気にかけているのだろうか。

自分を馬鹿かと思うが、それでもその気持ちは間違っているとは思いたくない。

前の世界では他人に関心なんてなかったからこんな時どうしていいかもわからない。

しかし、この世界に来てから自分の内面におきた変化を俺自身驚いてはいるものの心地よく感じていた。誰か信頼できる人間がいるというのは心地いいことであることに気が付いたのだ。



「とはいえどの道ここから出ないと話が始まらないか」



シエルにもう一度会いたいなら俺がまずはこの状況をどうにかしなくては。そう考えて一抹の不安を振るい捨てる。

そうこうしている間にポーションが完成した。

青白い光が収縮していき、その中心に光の筒が現れる。

光は小さくなっていき、筒状だったものは試験管になって姿を現す。その中には黄色く発光する液体が入っている。

ポーションはゆっくりと降下し、胸の上にことりと落ちた。

その試験管を持ち上げ、栓になっているコルクを引き抜く。するとキュポンという耳馴染んだ音がした。

そのまま口の中に流し込む。

体の中にポーションが溶け出していく感覚を覚える。

その直後に体中の傷という傷が温かい感覚に包まれ、怪我が治癒していくのが分かった。

一通りの反応が終わった後にゆっくりと体を起こす。

どうやら全身にあった痛みはほとんど引いたようだ。

一瞬出直ったせいでなんだかまだ痛みが残っているような不思議な感覚があるが、見た感じや動かしてみた感覚上問題はない。

ゆっくりと岩の端から下を覗き込む。

どうやらここはだいぶ崖の下の方らしい。ここから一番下までの距離は大体建物の二階くらいだ。

恐らく6,7メートルくらいだろうか。

見たところ細い川が流れているようだった。

そして周囲に魔物を含めた生き物の気配はない。

ここで少し迷ったことがある。



「Sランクのポーションを作るべきか否か……」



俺のこの力は材料を必要としない。

無尽蔵かどうかはわからないが、魔力と呼ばれるものを消費しているような感覚もない。

特に自分の中から失われたような感じがないのだ。

その代わりと言っては何だが目に見えて失われるものがある。

時間だ。

FランクのポーションやEランクならそうでもないが、Sランクを4時間もかかる。

どうして今まで作ったことのないポーションの所要時間がわかるのかと聞かれると何とも表しにくいが、なんとなく、としか言いようがないのだから仕方がない。

だが、今はそうも言っていられない。

今から作れば夜の一番冷える時間帯までには間に合うかもしれない。

Bランクのポーションで強化された肉体がどこまで耐えられるか分からないが、周囲には食べられそうな物もない。植物はちらほら見えるが焚火を作るためには足りなすぎるし、火を起こす道具もない。



「背に腹は代えられないな」



諦めてSランクポーションを作ることにした。覚悟を決めて手を空中に添え、Sランクポーションの製作を開始する。

今までのポーションを作った時とは違うひときわ強い光が現れた。

これであとは待つだけのはずだ。



「ん?ちょっと待てよ」



今まで勝手に一度に一個までしかポーションを作れないと思っていたが、同時進行で製作を進めることはできないのだろうか。

今空中に漂っている青白い光の隣にもう一つ先程と同じようにSランクポーションを作るようにしてみる。

すると驚いたことに全く同じ二つ目の反応が発生したのだ。



「まさかとは思ったが、同時進行もできたのか」



続けざまにさらに隣にももう一つ創ろうと試みるが、光自体は発生したもののすぐに霧散してしまった。

もう一度やってみても同じようにしかならない。

どうやら現段階では二つで精いっぱいのようだ。



「これはSランクだからか、それとも個数の制限か、はたまた練度が足りてないだけって可能性もあるな」



ワイバーンに追いかけられて崖から落ちるなんて酷い一日だと思っていたが、これはまさに怪我の功名というやつか。

なかなか興味深いことが分かった。

Sランクポーションができたらその効果次第では朝から周囲の探索ができるかもしれない。

そんな淡い期待を込めて二本のポーションができるのを待った。







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