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錬金術師は龍種と走る

結局その日はシエルに手当をしてもらったうえで医者に行くふりをしてポーションを飲んだ。

普段から服の下には自分で作った小さなポーション立て、とでも言えばいいのだろうか。左右合わせて計6本のポーションの試験管を立てられる革製のスペースを作ってある。

Cランクのポーションが5本とBランクが1本常備されている。

A,Sを持っていない理由は、その効果そのものに少し不安があるからだ。

A,Sランクのポーションの効果、服用した者の能力でさえ大幅に底上げするという凄まじいものだ。

それさえあれば、週間的に飲んでいれば俺でも凄腕冒険者になれるかもしれない。

しかし、そんな簡単な話が本当に存在するのだろうか。

本来肉体とは破壊と修復を何度も繰り返して強くなっていくもののはずだ。

それをほんの数ミリリットルの液体を飲んだだけで最低限界を伸ばすことなど可能なのだろうか。普通に考えて何らかのリスクがあるはずだ。

消費するはずだった時間、要する寿命を取られるか。それともそれに伴って想像もできない苦痛を受けるか。

どちらにせよもうそれに頼るしかないような事態に陥ったときにのみ服用することにしよう。

ポーションと言う名前とはいえこれは薬なのだ。

あまり多用していいものではない。

魔法なんてどうなっているのかわからない存在がある以上そこらへんは俺にも断言はできないが、気を付けておくことに越したことは無いだろう。

そうこうしているうちに宿についてしまった。

明日はとりあえず手に包帯を巻いていこう。

シエルに変に思われないようにしなくては。

安宿の自分の部屋にたどり着き、これまた安くてぼろいベッドに背中から勢いをつけて倒れこむ。

全身の力を肺の名の空気と共に抜いていく。

少し汗をかいたせいで首元がべた付いて気持ちが悪い。

この世界に来てから風呂と言うものに入れていない。

この世界では宿代に追加でお湯代を払ってお湯と拭くものを貸し出してもらうのだ。

逆に言えばそのおかげでこの時間から寝てしまってもお湯を持った宿の経営者がドアをノックしに来るので目が覚める。

さっきはアドレナリンが大量に分泌されていたせいか痛みをあまり感じなかったが、今になってようやく心臓が先程とは違う意味でドクドクと動き出す。



「っ―――、ぁぁあああ……」



自分が先程した行為を思い出して深いため息をつく。

なんであんなことをしたんだろう。

今思えば相当な無茶をしてしまった気がする。もうすでにふさがっているはずの手のひらが今さら痛くなってきたような気がした。

手を顔の前まで持ち上げてちょうどバンデのナイフが当たっていた場所を見るが、傷や血は跡形もなくなっている。

傷跡などなかったかのようにいつも通りの自分の手のひらだ。

先程の光景を思い出して少し額に冷や汗が滲んでくる。

額の汗をぬぐい、そのまま手を胸の心臓の上に載せて深呼吸をする。

とにかく一緒にいたシエルとラーニャに何もなくてよかった。

瞼を閉じた状態でそう考えてしばらくすると、段々と落ち着きを取り戻してくる。

ああ、ようやくこのまま眠ってしまえそうだ。

本来の目的を思い出し、そのまま昼寝をしてしまう体制に入る。

今寝てしまえば夜寝られないかもしれないが、その時はポーションでも作って暇をつぶそう。

さっき使ってしまった分のCランクを補充しなくてはいけないしな。

そう決めてそのまま睡魔に身を委ねた。






カン、カン、カン、カン!!!!!!



「な、なんだ!?」



けたたましい金属音にたたき起こされてベッドから飛び起きる。

部屋はうす暗く、すでに俺が昼寝を始めてから随分とたっている様だった。辺りを見回すが、部屋に変化はない。

しかし、その窓の外に異変があった。

この宿の窓は木の扉になっているが、チカチカと灯りが差し込んでいる。

それだけならば朝まで寝過ごしたと思えるが、それとはまた少し状況が違った。

光が付いたり消えたりしているように見える。

この世界には当然だが街灯など存在しない。

だとすればこの光はいったい―――。

言い知れぬ謎の恐怖を胸に抱きながらゆっくりと窓まで近づき、扉を開けた。

すると次の瞬間予想していなかった熱い風と焦げ臭い匂い思わずに顔を両腕で覆う。

ここまで状況が来れば目を開けられずともそとがどうなっているのかわかった。



「火事か!!」



自分の腕をどけた先にはまさに地獄のような光景が広がっていた。

今朝まで青空の元で活気ある営みをしていたダンダリアと同じ街とは思えないほどにそこかしこの建物が焼け落ちている。

このあたりはまだ無事だが、少し先に行った区画ではあちこちの家からさらに別の家屋へ燃え移り続けているようだ。

そこまで見てこの火事のおかしな点に気が付く。

燃え広がり方がおかしい。

本来なら一か所の火元から出火し、そこを中心に燃えて行くはずだ。風向き等の他の要因があったにせよ、燃えている部分があまりにも飛び飛びすぎる。

目の前には燃えている区画があるのにその先には燃えてない区画があってさらにその先には燃えている家がある。

これはどう見てもおかしい。この二か所だけならまだしも、ほかの燃えている場所でもそういった燃え方がある。

それに燃えていないのに壊れている家屋もいくつかあった。

誰か人が故意的に燃やしたのか?いや、ここは異世界だ。自分の中にある元の世界の物差しで断定してはいけない。

何か意志のある生き物の仕業か……?

そしてその答えはすぐにわかることになる。

視界の上の方に突如謎の飛行物体が飛び込んで来た。



「ま、まさか――――」

「グルルルル、グギャァァアアア!!!!!!」



大きな羽をはばたかせ、空中で停止したその生命体を見て大きく目を見開く。



「ど、ドラゴ――いや、あれはワイバーンだな……」



ドラゴン胴から直接四本脚が生えているのに対し、ワイバーンは羽に直接前足が付いている。その点からあの生命体はワイバーンと言えるだろう。

でもなぜこんなところにワイバーンがいるのだろうか。

ワイバーンもドラゴンもこんな火山の近くにない場所に生息するような生き物ではないはずだ。



「考えてる暇はない、か」



徐々にこちらへと火の手が近づいてきていた。

このままでは今いる宿屋もすぐに火に吞まれるだろう。ここに居ては危ない。

急いで数少ない身の回りの物を集め、宿屋の外に出る。

先程の教訓から外に出る時には熱気が襲ってくると分かっていたので今はしっかり最初から顔をかばった状態で外に出た。

外はさながら地獄絵図だった。

そこら中で悲鳴と怒号が聞こえる。

親とはぐれてしまったのか、それとも親は死んだのか、燃え盛る家の前で泣きわめく子供。

こんな時にまで何にそんなに腹を立てているのか、人間どうしで殴り合う集団。

あまりの恐怖にその場でうずくまる老婆。

俺も急いで行動しないとああなってしまう。

俺はどうしたらいい、その時即座に脳裏に浮かんだのはシエルだった。

急いで火の海の中を駆けだす。

幸い協会の方へはまだ火があまり回っていない。急げばまだ間に合う。

熱い空気の中で息を切らして全力疾走する。

肺の中に煙や高温に熱された空気を吸い込んでしまわないように口元を布で覆った。

シエルがあの子供たちを置いて逃げ出すとは考えられない。いるとしたらまず間違いなく教会だ。

教会に在籍している子供は十数はいる。その全員を連れて脱出するのはかなりの時間を要するだろう。

もし教会には誰もいなくて全員逃げ出した後なら良し、俺もそのままここから逃げる。

でももし、もしシエルやラーニャ達が逃げ遅れていたとしたら、俺は―――。

自分が行って何ができるかなんてわからない。正直に言って衝動的に駆けだしただけだ。そうすべきだと、そう直感したから走り出した。

非力な俺にできる事なんてポーションで怪我を治すことぐらいだ。瓦礫や木が倒れて来たら俺にはどうしようもない。

それでもいてもたってもいられなかった。

こんなこと、前の世界じゃなかったのに。

このところいつもそればかりな気がするなと心の中で思いながらも教会まで必死に走る。

あとはここの角を曲がれば教会だ!

ようやくここまでたどり着いた。曲がりながら上空を見るとさっき見たワイバーンはどこにもいない。

街の外にでも飛んで行ったのか?それならそれでうれしい誤算だ。

そう考えながら曲がり角を曲がる。

その時視界の中に飛び込んできたのは――――――





――――子供たちを背にかばい、ワイバーンと対峙しているシエルだった。

その目には後ろにいる子供たちだけでも守るという強い覚悟がうかがえた。

自分自身も恐怖で足は震え、目には涙が溜まっているくせに、それでも誰かを庇おうとする。

彼女のその姿は、今まで俺の人生で見てきた誰よりもかっこよく見えた。



「おらぁっ!」



気が付いたときにはワイバーンの顔めがけて道端の石ころを投げつけていた。

コツン、弱々しくぶつかってきたその衝撃にワイバーンがこちらを向く。

それに気が付いたシエルも驚いたようにこっちを見た。



「ヒサメ!?何やってるの!!早く逃げて!!!」



言われなくともに逃げるに決まってんだろ!!!!

俺が逆方向に向かって駆けだすのとほぼ同時にワイバーンが飛び立つ。

どうやら俺の望み道理ブチぎれてくれたらしい。



「ギシャァァアアアアア!!!!!!!」



先程とは違う大気を震わす怒号を叫び、ワイバーンがこちらへ向かってくる。

どうやら本気で怒っていらっしゃるようだ。

鳴き声も先程までの太くて低い音ではなく耳をつんざくような高音になった。

これがどういう意味を成しているのかはわからないが、相当頭に来ているという事だけはわかる。

走りながら服の内側に残った5本の内の一本であるBランクのポーションを口に流し込む。

青色の若干発光している液体を口の中に流し込むと、それは喉を通って落ちていく。

ポーション特有の飲んだ時に『胃に流れるのではなく体の中心から全身に滲んでいく』ような感覚を感じる。

すると飲んだ直後から体が少し軽くなったような感覚が全身に走った。

そしてそのまま力を込めて一歩を踏み出すとさっきより早く走れていることに気が付いた。

Bランクでもこんなに変わるものなのか!?

あからさまに身体能力が向上している。

俺は元からそこまで足が速かったわけではない。それなのに今はまるで陸上選手にでもなったかのような気分だ。

Sランクなんて飲んだ日には最早人間じゃなくなるんじゃないかこれ……。

そんなくだらない思考からワイバーンの大きな鳴き声で引き戻される。

ようやく街の門を超えた。

シエル達も恐らく別の門かどこかから避難しようと動いているはずだ。

後ろを一瞬だけちらりとみる。



「うわぁ……そりゃまだ来るよな」



今だに追いかける気満々のワイバーンを視界に捉えた。

その表情はよくわからないが、トカゲを大きくしたようなその顔は「殺すまで絶対許さん」と言っている様に見えた。

目の前には広い平地が広がっている。

何とかしてここからこいつをまかなくちゃいけない。

まだこんなところで死にたくはない。

そう覚悟を決めて足に力を込めた。

ここから俺とワイバーンの丸一日の長い長い追いかけっこが始ることになる。








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