錬金術師は新たな感情に目覚める
「どうも」
「あん?おお!へっぽこ錬金術師のボウズじゃねえか!今日もポーション売りに来たのか?」
街の冒険者ギルドの換金所にポーションを持って行くと、いつもの暑苦しいオッサンが出迎えてくれる。
この厳つい男の名前はバッカス。
換金所にいるのにこの街の冒険者ギルドで一、二を争う体格の良さだ。
噂では昔は凄腕の冒険者だったが、今では昔の傷で満足に剣も振るえないとか。
まぁ、今はそんなことはどうでもいい。
さっさとポーションを金に換えて行かなくてはいけない場所があるのだ。
「そうだ。さっさと換金してくれ」
「なんだよ、つれねぇなぁ。じゃあ持ってきたポーションを見せてくれ」
腰に付けたポーチから試験管を4本取り出す。
その液体はどれも若干白く濁った液体だ。白くなり方もそう深いものではなく、水にミルクを少しだけ溶かしたような色合いだ。
「Gクラスのポーション4本な。せめてお前も早くFクラスを作れるようになれば今の安宿生活からぬけだせるんじゃねぇのか」
「まぁ、努力はするよ」
別に最高位のポーションも作れないわけじゃないんだよ。
作ってもその他の問題が発生するだけで……。
「それじゃあ一本あたり石貨12枚で合計石貨48枚だ」
「確かに受け取った。また来週くるからな」
「おう。早く一流錬金術師になってくれることを祈ってるぜ」
俺のことを少し煽りつつもあたたかな眼差しで見守ってくれる。
なんだかんだ言ってこの街で二番目に俺のことを心配してくれているのはあのオッサンだ。
若いのに身寄りもない俺を気にかけてくれているのかもしれない。あの話が本当なら出来ればそのうちあのオッサンの傷も直してやりたいと思っている。
この世界に来てからできた数少ない縁だ、大事にして行きたい。
前回の世界ではできなかったことも多かったからな。後悔は、あまりしたくない。
もう、自分の人生をつまらないものだったなんて思いたくない。
死んだ直後は実感があまりなかったせいかそうでもなかったが、いざしっかり認識してみると少し寂しかった。
この世界で、俺の探すモノは見つかるだろうか。
貴方を肯定してくれる人、か。
あの女はそう言っていたけれど、実際それを本当に求めているのかもあまりよく自分じゃわかってない。
これから先、それについてもしっかりと向き合っていく必要があるだろう。
そうこうしているうちに目的地に着く。
俺が向かっていたのはこの街の孤児院だ。
この街は魔族との戦争の最前線付近であるためか街から少し離れるだけで強い魔物がたくさん出る。
そのせいでこの街の冒険者の死亡率はあまり低いとは言えない状況だ。
すると夫婦そろって冒険者をやっていた者達や、夫を亡くして家族を支えきれなくなった者がここに子供を預けに来る。
そういったことになるのは街の人たちも仕方がないと思っている部分があるようで、この孤児院は街の寄付金で成り立っていた。
そんな場所に何の用かと言うと―――。
「ヒサメー!今日も来てくれたんだね!」
「ああ、シエル。おはよう」
俺のことをはじめに見つけてくれた少女、シエルと会うためだ。
ここに来て日は浅いが彼女にはいろいろと良くしてもらっている。
さっきのバッカスが街で二番だったのはシエルがいたからだ。
彼女は俺がこの街に来てからいつも俺のことを気にしてくれる。まるで本当の家族のように。
俺もこの街に来てから一番彼女のことを信頼していた。
それだけ彼女の存在は俺の中で精神的な癒し、支えとなっていたのだ。
「おはよう、ヒサメ。いつも朝からごめんね」
「いや、俺がやりたくてやってるんだ。それにシエルの手伝いができるだけで俺はうれしい」
「ふふっ、ありがとう」
きれいな空色の瞳で見ているこちらが自然に筋肉が弛むような微笑みを見せてくれる。
ああ、本当に、彼女は。
なぜだかシエルを見ているととても満たされる。
彼女の笑顔があるだけで俺はなんだってやれるような気持になる。
この気持ちは何なんだろうか。
今までの冷め切った人生では感じたことのないあったかい感情だ。
胸の内からあふれ出してくるような熱い感情の波がずっと俺の中で行ったり来たりを繰り返している。
ああ、本当に。
本当に、この気持ちは何なのだろうか。
「ああ!ヒサメ兄ちゃんだ!!」
朝日に照らされた教会の庭で二人で佇んでいると、教会の中から小さな子供が飛び出してくる。
その少女は俺の腰元ほどの背丈しかなく、まだまだ幼さを残した顔つきだ。
桃色の髪を団子にして結んでいる。
少女がそのままの勢いで俺に向かって飛びついてくるので飛びつかれた勢いを流すようにつかんだまま軽く一回転して受け止めた。
「おう、ラーニャ。おはよう」
「おはよう!ヒサメ兄ちゃん!」
元気いっぱいの挨拶を返す彼女はラーニャ。この孤児院に在籍している子供のうちの一人だ。
シエルはこの孤児院で子供の勉強や世話を手伝っている。そして俺はそのまた手伝いと言うわけだ。
当然この孤児院に出入りしているわけだからこの孤児院のメンバーとは顔を合わせる。今では大体の子供の名前と顔が一致するようになってきた。
「他のガキ達はどうした?」
「他のみんなはねー、まだ寝てる子がほとんどだよー!あたしが一番に起きたの!偉いでしょ??」
「ああ、偉いぞラーニャ。一番に早起き出来るなんてお前はいい子だ。でも今日だけじゃだめだ。毎日しっかり早寝早起きするんだぞ。今日できたラーニャならこれから先もできるはずだ」
「うん!わかった!あたしがんばる!」
「よしよし、頑張れ」
そう言ってくしゃくしゃと頭を撫でてやる。それを気持ちよさそうに受けながら俺の腰にぎゅっと抱き着いてきた。
可愛い奴め。
「ヒサメって子供を伸ばすのうまいよね」
「そうか?俺はシエルがやってるのを見よう見まねでやってるだけに過ぎないと思うんだが」
「ううん、そんなことないよ。ここの子達ヒサメが来てから明るくなった気がするもん。やっぱりヒサメは才能あるよ」
「どうだろうな」
もと居た世界ではこういった褒め方や伸ばし方をしてくれる教師が少なかった。
少なくとも感情に流されるままに怒鳴り散らしていざとなれば無責任に放逐するような奴にはなりたくない。
それぐらいにしか意識していなかったが、誰かに好かれるのは嫌なことじゃない。これはこれでいいだろう。
「それにヒサメ自身もちょっと変わったと思うの」
「ん?俺もか?」
「うん」
シエルは胸に手を当てて目を瞑る。何かを慈しみ、思い出しているようだった。
「ヒサメと出会ったのはついこの間だったけど、私にはもうずっと昔のことに感じるよ。それってやっぱりヒサメが変わったのが一番の理由だと思う」
「俺が変わったか…。特に自分じゃ意識して変えたような部分はなかったんだけどな。何かあったか?」
「あんまりうまくは言えないんだけどね?纏ってる雰囲気が前よりあったかく、柔らかくなったと思う。初めて会った時はもっと冷え切っていて、今にも凍えてしまいそうな氷柱みたいだった。でも今は、春のお日様に照らされて温かくなった春風みたいな感じ…かな?ごめんね、うまく言えなくて」
あはは、と照れ臭そうに笑うシエル。
今にも凍えてしまいそうな氷柱と、春の風か。
後者はいまいちわからないが、前者は少しだけわかるかもしれない。あの時は少し気が動転していたが、元の世界では俺はあまり周りに関心を持てなかった。
そのせいで周囲に対して近づいてくるなと言わんばかりの雰囲気を出してしまっていたと思う。
でも、今は違うらしい。
春風か。
お前は気づいていないかもしれないけど、冷たくて寂しい冬を終わらせて春を導いてくれたのはきっと―――。
「おい、愚図錬金術師」
背後からのその声で一気に意識が引き戻される。
後ろを振り向くとそこにはガラの悪い輩が数人立っていた。
俺に話しかけてきたのはそのリーダーである戦闘の少年。
歳は俺とそう違わないであろう黒髪の少年は、俺のことを自分より下の弱い人間だと見下した視線を向けている。
「バンデ、何の用だ」
「何の用だと?わかってんだろうが。おら、出せよ」
何の遠慮もなく片手を差し出してくる。
その表情は自分より下の立場にいる人間を甚振るクズの顔だ。
彼の名前はバンデ。自分より弱い他の同世代を集めてチンピラまがいのことをしている。
俺がこの街にやってきた初日から目をつけられていた。俺のような見るからに貧乏な奴から金をとってもたいした額にならないことはわかっているが、逆にそういった無力な人たちからしか金をたかれないやつらなのだ。
様は自分より弱い奴にはでかい態度でいられるが、自分より強い奴が現れたら何もできずに逃げ出すタイプだ。
「わからないな。用がないならさっさと帰ってくれ。早朝から目障りだ」
「あんだとテメェ!さっさと金出せって言ってんだよ!」
バンデは目に見えて苛立っている。簡単に感情を露わにする奴らは御しやすいと知らないのだろうか。
腰に抱き着いていたラーニャを後ろに下がらせてバンデと対峙する。
「なんだ、金が欲しかったのか。残念だが俺は今大した額は持ってないぞ」
「良いから出せって言ってんだろうがァ!!」
「ちょっとバンデ!いい加減にしなよ!子供の見てる前で恥ずかしいと思わないの!?」
「うるせェ!!さっさとしねェとぶっ殺すぞ!!」
そう言って腰の後ろ側にあったナイフを取り出す。
刃物をちらつかせればこちらが屈すると思っている。典型的な安保だ。
刃物を持つことで自分が急に強くなったと勘違いしている。
こういう手合いは実際に自分が傷つけてしまったと理解すると途端に冷静になる。
普段習慣的に何か動物でも殺してる人間ならそうでもないが、こいつは基本弱者からたかった金で生活している。ろくに魔物とも戦ったことは無いらしい。
常備しているCランクのポーションもあるし、多少の痛みは我慢するとしよう。
何よりシエルとラーニャに危害が及ぶのだけは避けたい。
「ちょっ、ちょっと!危ないじゃない!」
「うるせェ、つってんだろ!お前も早く金出せ!!」
「うぅっ、ヒサメ兄ちゃん…怖いよ…」
「ラーニャが怖がってるじゃないか!」
そこで何かに気が付いたようにバンデの動きが止まる。その直後に彼の顔がニチャリと下卑た笑いを浮かべた。
「おい、シエル」
「な、なに」
シエルが急に態度が変わったことに少し驚いて少し後ずさる。
そんな彼女にダンテは予想外の一言をぶつけた。
「お前、俺にヤらせろ」
「はっ、はぁ!!?」
あまりに唐突な話にシエルが驚きの声を上げる。
ダンテの取り巻きは口笛を噴き、ニヤニヤと笑っていた。
「ダンテ、何を言ってるの…」
「だからヤらせろって言ってんだ。そしたらこの愚図もガキも無事に見逃してやる。いい提案だろ?」
ダンテは嫌らしい笑いのままシエルの体を舐めまわすように見ている。
その目つきに対してひどく嫌悪感を覚えるとともに自身の中から怒りが湧き上がってきた。
心臓がひどく大きな音を立てて動いている。ドクリ、ドクリと血が流れている。
頭がくらくらするぐらいに血が沸いているのがわかる。ここまで頭に来たことなんて向こうの世界で生きていて一度もなかったのに。
どうしてかはわからないけれどシエルにその汚らしい視線を向けているという事に対して殺意がふつふつと沸き起こる。
誰にその汚らしい目を向けてるんだ。
シエルはお前ごときが汚していい相手じゃない。
「ダンテ…最低だよ…」
シエルも自分の体を抱いてダンテに嫌悪感のこもった軽蔑の目をしていた。
それをよく思わなかったのか、さらにダンテは口を開く。
「さっさと決めろ!じゃねェとこいつを殺―――」
「やってみろ」
こちらに向けられていたナイフの刃の部分をしっかりと素手で握り締める。
「はっ、は?お前、何やってんだ」
「ヒサメ!?そんなことしたら手が切れちゃうよ!」
「ヒサメ兄ちゃん!!」
思い切り刃を握り締めた手のひらからはビチャビチャと血が流れ落ちる。
俺の唐突な行動に対して動揺したのか、ダンテとその取り巻きは呆けた顔をしていた。
シエルとラーニャは泣きそうな顔でこちらを見ている。
普通に考えればこれだけ手のひらから血が出るような切り傷を負えば、一生残る大きな傷跡になるだろう。だが俺は違う。高ランクポーションで今日中にはケロリとしていられる。
だが、そうでなくとも俺はこうしただろう。
それぐらい今俺は頭に来ているんだ。
「俺を殺すんだろ?やってみろ。さぁ、殺してみろ。なんなら俺が手伝ってやろうか」
力の抜けたダンテの腕ごとナイフを移動させる。
ゆっくり、ゆっくりとその刃は俺に近づき、そしてシャツの上から心臓のある部分へとたどり着いた。
そこにお構いなしにぐりぐりとナイフの先端を擦り付けてやる。
「ほら、刺せ。ほんの一歩、お前がこちらにナイフ事踏み出すだけでお前があんなになりたがっていた人殺しになれるぞ。さあ!やってみろ!!!」
「なっ、なんなんだよ、いっ、いきなり何なんだよ」
こちらの勢いにダンテはあからさまに動揺している。まるで俺のことを化け物でも見るような目で見ていた。どうやら本当にただの腰抜けのようだ。
「ほら、殺れよ。なあ!!!」
「いっ!?ヒッ!?」
最後の一押しと言わんばかりにそのままダンテへ数歩近づく。
ナイフはダンテが後退したことで今以上に俺に刺さることはなかった。
既にダンテには戦意はない。だが、これから先もシエルに付きまとうようなことがあればそれは許されない。許容しがたいことだ。
そんなことは無くしなくてはいけない。
「これに懲りたら二度と俺達の目の前に現れるな!次はこれじゃ済まさないからな!!」
「なっ、なんだよ…。血まみれの癖に。き、気持ちわりぃ。い、行こうぜ」
そう言うとナイフから手を放して取り巻きを連れて教会の敷地から出て行った。
俺の手からナイフが滑り落ち、地面にコツリと落下した。
そのすぐ後にハッとしたようにシエルが近づいてくる。
「ヒサメ!大丈夫!?」
「ああ、少し手と胸を切っただけだよ」
「少しって…、こんなに血が出てるのに……」
「ヒサメ兄ちゃん、おてて痛い?」
「大丈夫だ。このくらいへっちゃらだ」
「どうして―――」
シエルがわなわなと肩を震わせている。
しまった、少しやりすぎただろうか。
シエルはうつむいたまま自分のこぶしを強く握り締めている。
謝った方がいいだろうか。
いや、でもあの時は頭に血がのぼっててあれ以上にいい策が思いつかなかったというかなんというか。
頭の中で言い訳を考えているとシエルが顔を上げる。
「どうして、どうしてこんな無茶したのさ!!」
その顔には大粒の涙が伝っていた。
空色の瞳から透明な涙が大量に滲み出す。溢れたそれらは次々に頬を伝って地面へと流れて行った。
てっきり怒られるものだと思っていた俺は驚いて目を見開いた。
何か取り繕う言葉を探すが何も出てこない。
「あ、いや、その、ごめん」
「もう、あんなことしないで」
「でもあの時はああするしか――」
「約束して!もっと自分のこと大事にしてよ……」
そう言ってシエルに正面から抱きしめられる。
温かい、それに安心する優しい匂いがした。
その背中を血で汚れていない手で抱きしめ返す。
「危なっかしいことして悪かった。でも、シエルがあいつらに好きにされるなんて、俺は嫌だったんだ」
「そ、そう思ってくれるのはうれしいけど…。あんまり無茶しないでよ」
シエルは顔を赤くしながら顔を俺の肩にうずめる。
そのまましばらく無言の時間が続く。
先程まで怒っていたと話思えないほど急にしおらしくなってしまった。
そのしぐさがとても可愛らしくて、尊いものに思えた。




