*弐拾弐
▼扇
今、私は九十九堂に来ている。ろくろ首とデュラハンが先客として来ていたが、彼女らは普通に食事をしているだけなので気にすることはないだろう。
迎えに来たのは真那さん――屋取真那、両面宿儺の女性だ。
「この間はありがとうございました」
「いや、いい。私達は仕事をしただけだからな」
返ってきた答えは、実に真那さんらしいものだった。
「案内する」
「やあ、君が噂の“通り魔さま”ってことで、合ってんのかな?」
目の前の、名も知らぬ少女。
黒髪、赤メッシュ、黒い帽子、赤いセーラー服、素足履きのローファー。
見たところ、私と同年代あたりだろう。
「合ってますけど、それが何か…」
「いいよ、そんな畏まんなくて。私はパトリシア・ファーレンハイト。種族名はアクロバティックサラサラ、八尺様の亜種だ」
八尺様の、亜種――こいつ、瀬田礼麻の仲間か?ということは、もしかして、もしかすると…!
「…じゃあ、駿河の…!」
「警戒しなくていいって。礼麻とは仲良くしてっけど、駿河のやり方は気に入らねェし。ってかさ、あいつを倒したいって、本当?」
「本当だよ。嘘だとでも思うの?」
「いいや。代わりに倒してこよっか?そいつの事」
「……その必要はないよ」
振り払った。
誰かに「提案」と名付けられ、目の前に伸ばされたその手を。
「なんだそれ。英雄にでもなるつもりか?」
「違う。英雄になんてなれないことはわかっているし、なろうとも思ってない。ただ、誰かに代わってもらったものを復讐なんて呼びたくはないだけ」
「そう、なのか…?」
「だってそうでしょう?あくまでも“酷い仕打ちを受けた者が”相手に対してやり返すことを復讐と呼ぶの」
そうだ。それが第三者に代行される時点で、それは復讐とは呼ばれなくなる。そもそも相手から何もされていないのに、やり返すも何もないだろう。
「未練がましいことをしているなんて、思わないで。…私は復讐がしたいの」
決して思いもしないことを言っているわけではない。これが私の本心だ。皇さんに力をもらいこそすれ、それを使っているのは紛れもなく私だ。
駿河に決着をつけるのは、誰でもない私の筈で。
「…なるほどな、やっぱ復讐者はそうでなきゃな!私は君みたいな骨のある奴とか結構好きだ!」
「あっそう」
「いつか私とも戦ってみっか?」
「どうしてそうなるの。…ねえ、こっちの学校に新しい担任来るらしいけど、何か聞いてる?」
「ああ、それ…カチューシャ先生のこと?」
カチューシャ先生というあだ名から察するに、おそらく北欧系だろう。
「…うん、多分その人」
「だよな。エカチェリーナ・パヴロワ、通称カチューシャ先生。英語担当で、種族はサキュバス。元々は三年A組の副担任として契約を結んでたらしいんだけど、C組の塩田だっけ?とかいう先生の代わりとしてC組の担任に昇格したってよ」
副担任の予定が昇格することなんて普通あるのか。それと塩田じゃなくて塩原な。
「…ありがとう。用済んだから帰るね」
「またなー!」
***
「皇さん、新しい担任の情報聞きました。エカチェリーナ・パヴロワ、サキュバスだそうです」
忘れないうちに報告しておく。
「…サキュバスか。やりづらくなるな…」
「どんな種族なんですか?」
「サキュバス。異形ランクB、一般的には女性型の夢魔を指します」
ニアさんがアンドロイドそのものの声で解説をした。夢魔は人を襲ったりするのだろうか。
「まあ、C組には菊里がいるし大丈夫だろう。それに、あいつは嶋村とかなり仲が良いそうだ」
嶋村先生、それは私達の担任の名前だ。
確かにその二人がいるならば、とりあえずは安心だろう。