*弐拾壱
▼扇
「昨晩、中等部三年C組の塩原教諭が、本人の自宅にて遺体で発見された。死因は異能力の暴走による自滅と思われる。塩原教諭は以前、生徒の顔に雷管をかけて軽傷を負わせたという報告も残っている。大方雷管が原因と見て、調査を進めているそうだ」
担任の嶋村先生が淡々と告げる。
中等部三年C組は菊里が潜入しているクラスのはず。菊里は皇さんから私と同じ命令を受け、それに沿って始末したのだろうか。それならば。
――アヴァロンに始末された異形の死体はどうなっているのだろうか。
不意に頭をもたげた疑問を、私は一瞬でかき消す。
妖狐である彼女は、たとえその武器のククリナイフで異形の体を何遍も切り裂いたとしても妖術でカバーできるだろう。あえて自分でカバーせずに皇さんに頼んでいるのか。あるいはその死体をアヴァロン元構成員の水谷に引き渡しているのか。――確かに、あの死体マニアなら喜んでそれを受け取るだろう。
けれど塩原先生の死体はその場に残っていた。ならば、一体誰が…?
「どうしたの扇ちゃん?」
「あ、いや…何でもないよ」
しまった。知らない間に、考え込むのに没頭してしまっていた。
「そっか、それなら仕方ないね」
忍は心配して声をかけてくれたのだろうが、それが有難いのかどうかは私にはよくわからない。
「…塩原先生」
「千石?」
ぽつり。呟いた千石の顔は妙に晴れやかだ。
「私、あの人に軽傷を負わされたことがあって、それ以来ちょっと顔を合わせ辛かったんです。やっと…やあっと顔を合わせなくて済むのだと思うと…何だか、すっきりしますね」
物事の捉え方というのは人それぞれなものだ。
自分に被害を負わせた者に対し、私のように「自分の手で復讐を成し遂げたい」と思う者も居れば、千石のように「とりあえず遭遇したくない、顔を合わせたくない」と思う者も居るのだろう。
***
「ああ、あの死体のことかい?それなら本人が暴走したとこを始末したんだけど、何の証拠も残さないってのはかえって不自然だろうと思ってね。これは皇さんからの命令でもあるんだ。決して未練があったわけではないから、安心するといい」
そう語る菊里は笑っている。まるで本当に何もなかったかのように。妖狐が故にその笑顔が張り付いているのか、それとも元々の性格からしてこうなのか。声の調子からすると後者だろう。
「それに、C組には新しい担任が配属になるらしいし」
「…そっか。新しい担任のことは聞いてる?」
「いや、全然聞いてないんだよね、それが。せめて種族ぐらいは教えてほしかったなー」
「なるほどね…」
二人で話していると、皇さんが来た。
「…皇さん!」
「扇、ちょっとこっち」
「はい!」
何を言われるのだろう。
「明日か明後日ぐらい、九十九堂に行ってみてはどうか?」
「九十九堂に…ですか」
「また続報もらえるかもしれないぞ?それに、従業員の誰かが生徒会の誰かと提携しているという噂だ」
「そんな噂が?」
「まあな。とにかく行ってみろ、誰が出るかは私も知らないがな。もしかしたら新しい担任も、従業員の誰かと知り合っているかもしれない」
「それもそうですね…はい、行ってみます。では」
それだけ言って、皇さんの部屋を後にした。