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×3 波乱の日常  作者: 有栖川優悟
3/7

*拾玖

早苗さなえ

 人というものは、何故なにゆえ自分から破滅はめつへの道を歩みだしてしまうのだろう。

 昇降口に向かう長い廊下を歩きながら、私は考える。


 かの詩人、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェはこう言った。

 ――「ああ、もう道はない」と思えば、打開への道があったとしても、急に見えなくなるものだ。「危ないっ」と思えば、安全な場所は無くなる。「これで終わりか」と思い込んだら、終わりの入口に足を差し入れることになる。「どうしよう」と思えば、たちまちにしてベストな対処方法が見つからなくなる。

 ――いずれにしても、おじけづいたら負ける、破滅する。相手が強すぎるから、事態が今までになく困難だから、状況があまりにも悪すぎるから、逆転できる条件がそろわないから負けるのではない。心が恐れを抱き、おじけづいたときに、自分から自然と破滅や敗北の道を選ぶようになってしまうのだ。

 確かにそうかもしれないが、私が求めていたのはそういう結論ではなかった。

「わ、千石せんごくさんじゃん」

「どうかしましたか?」

 私を見てすぐ声を掛けたのは穂香ほのかさん。

「今帰り?」

「そうですね。少し考え事してて」

「私は間宮さんと帰るところなんだけど」

「何を話しておられたのですか?」

「ごめん、内緒」

「内緒のこと、ですか。羨ましいです…それって、もう私が入る余地なんてないようなものじゃないですか」

 その通り。私が入る余地なんて、どこにもない。そう、初めから、どこにも――



***



『早苗ちゃんっていうの?』

 転校したてで、まだ誰も友達のいなかった私を引っ張ってくれていた彼女が、記憶の中で微笑む。

『私は莉乃りの宮園みやぞの莉乃。ここには慣れた?』

『…まだ、ですね。友達も、まだいません』

『そっかあ。じゃあ――』

 彼女――莉乃ちゃんは私の手を両手で握りながら、確かこう言っていた気がする。

『私が早苗ちゃんの友達になるね!』


 けれどそんな彼女は去年の夏頃に、誰かに斬りつけられて、そこから段々彼女の身体が血の色へと染まって、それからは――それからは覚えていない。印象に残っていないということではない。むしろ、思い出したくない。


「…千石?」


 その声で、現実に引き戻される。振り返れば生徒会長の駿河するがさんが、プリントを抱えて立っていた。

「駿河さん、何しに…」

「なんか顔色が凄いことになっていたけど、嫌なこと思い出したりした?」

「あ、はい…大体合ってます」

 見透かされた。

 この人ってそういう種族だっただろうか…いや、ハスターにそのような能力はないはずだ。それとも能力云々ではなくて、この人自身の洞察力が高いのだろうか。

「まあ何かあったら私達生徒会なり、学級委員の相方の…岸波きしなみとかに相談するといいよ」

「ありがとう…ございます。ではまた…」

 帰り道への足取りが少しだけ軽くなる。その勢いで、悪い思い出にそっとふたをした。

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